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2020年10月 5日 (月)

ファイターズが球団創立以来5000敗に到達。

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日、ファイターズはホークスに敗れ、1946(昭和21)にセネタースとして球界に参入して以来、通算5000敗となった。球団創立以来の敗戦が5000に到達したのは五球団目だが,パ・リーグの球団ではファイターズより歴史が長いバファローズに次いで二番目。栗山英樹監督は例によって「申し訳ない」とのコメントを残したそうだが、それはこの敗戦によって今季のファイターズが自力でクライマックスシリーズに進出する可能性がゼロになったことを重く見てのコメントだろう。栗山監督になってから5000敗した訳では無い。5000敗目を喫した時の監督が栗山監督だったというだけに過ぎない。

 

 

 



ファイターズは親会社の変遷がめまぐるしいパ・リーグにあって親会社が日本ハムになって変わっていないという点では現在のパ・リーグではロッテに次いで長い。だが今回は日本ハムとしての歴史の長さとは関係なく、1945年(昭和20年)に産声を上げ、翌年からプロ野球に参入したセネタースを起源として今日に至るこの球団の積み重ねとして、5000敗に到達したと言うことだ。


現在の十二球団を敗戦数が多い順に並べてみる。
(ファイターズが通算5000敗に到達した2020年10月2日現在。以下同じ)

球団名(現在) 参入年 勝利 敗戦 引き分け 勝率
横浜DeNA 1950年(昭和25年) 4108勝 5079敗 298分 勝率.447
オリックス 1937年(昭和12年) 5286勝 5070敗 368分 勝率.510
阪神 1936年(昭和11年) 5363勝 5044敗 322分 勝率.515
中日 1937年(昭和12年) 5323勝 5039敗 355分 勝率.514
北海道日本ハム 1946年(昭和21年) 4641勝 5000敗 357分 勝率.481
東京ヤクルト 1950年(昭和25年) 4273勝 4898敗 310分 勝率.466
福岡ソフトバンク 1938年(昭和13年) 5386勝 4798敗 375分 勝率.529
広島 1950年(昭和25年) 4403勝 4724敗 354分 勝率.482
千葉ロッテ 1950年(昭和25年) 4586勝 4562敗 373分 勝率.501
巨人 1936年(昭和11年) 6054勝 4319敗 329分 勝率.584
埼玉西武 1950年(昭和25年) 4866勝 4299敗 367分 勝率.531
東北楽天 2005年(平成17年) 1004勝 1172敗 53分 勝率.461
【参考】
近鉄 1950年(昭和25年) 3261勝 3720敗 271分 勝率.467


ファイターズより歴史が長くてまだ5000敗に到達していない球団もあるものの、ほぼ球団史の長い順に5000敗に到達しているというだけだ。ただ、既にお気付きの方もいると思うが、パ・リーグの六球団のうち、四球団が創立以来の勝率で五割を超えており、いかに東京時代のファイターズと、2004年のシーズンを最後にオリックスと合併した旧近鉄バファローズが他球団にやられ放題だったかといえる。東京時代からのファンとしては悲しい現実を受け止めなければならない。


また、不運にも5000敗目の監督になってしまった栗山英樹監督だが、在任期間が長いこともあって歴代監督の中で二番目に敗戦数が多い。


歴代監督を敗戦数の多い順に並べてみた。なお、短期間の監督代行者はそれぞれの監督代行時の勝敗を記録した。

大沢啓二      1976年~1983年、1984年、1993年~1994年
                1361試合 631勝 636敗 94分 勝率.498
栗山英樹 2012年~   1237試合 617勝 588敗 32分 勝率.512
水原茂  1961年~1967年 983試合 526勝 429敗 28分 勝率.551
岩本義行 1956年~1960年 626試合 267勝 344敗 15分 勝率.437
上田利治 1995年~1999年 648試合 310勝 326敗 12分 勝率.487
ヒルマン 2003年~2007年 683試合 349勝 320敗 14分 勝率.522
井野川利春1949年、1952年~1954年
                              506試合 215勝 285敗 6分 勝率.430
梨田昌孝 2008年~2011年 576試合 301勝 261敗 14分 勝率.536
高田繁   1985年~1988年 520試合 235勝 255敗 30分 勝率.480
大島康徳 2000年~2002年 413試合 181勝 225敗 7分 勝率.446
田宮謙次郎1970年~1973年 385試合 155勝 209敗 21分 勝率.426
近藤貞雄 1989年~1991年 390試合 173勝 208敗 9分 勝率.454
中西太  1974年~1975年 260試合 104勝 138敗 18分 勝率.430
安藤忍  1950年~1951年 222試合 89勝 125敗 8分 勝率.416
保井浩一 1955年、1960年 200試合 74勝 121敗 5分 勝率.379
苅田久徳 1947年~1948年 198試合 79勝 109敗 10分 勝率.420
土橋正幸 1973年、1992年 195試合 84勝 105敗 6分 勝率.444
松木謙治郎1969年~1970年 192試合 84勝 99敗 9分 勝率.459
横沢三郎 1946年     105試合 47勝 58敗 0分 勝率.448
大下弘  1968年    80試合 30勝 46敗 4分 勝率.395
植村義信 1984年  67試合 21勝 37敗 9分 勝率.362
飯島滋弥 1968年      55試合 21勝 33敗 1分 勝率.389
皆川定之 1948年  61試合 31勝 26敗 4分 勝率.544
住友平   1996年、1999年 17試合 7勝 9敗 1分 勝率.438
神谷定男 1969年         8試合 4勝 4敗 0分 勝率.500
白井一幸 2005年         6試合 2勝 4敗 0分 勝率.333
矢頭高雄 1984年     2試合 2勝 0敗 0分 勝率1.000
高代延博 2002年  2試合 2勝 0敗 0分 勝率1.000

さすが、大沢親分。栗山監督をも上回る636敗。これには「あっぱれ!」を送りたい。栗山監督も敗戦数は二番目に多いが、勝利数も大沢啓二監督に次いで二番目に多い。ただ勝率では東映フライヤーズ時代に球団発の日本一を成し遂げた水原繁監督の.551、前任者の梨田昌孝監督の.536、北海道移転後では初の日本一に輝いたトレイ・ヒルマン監督の.522に劣る。ファンの中には勝手に「今年は勝負の年」、「今年は勝負より育成の年」等と決めて不成績に終わった年を擁護するが、前任の梨田監督、その前のヒルマン監督にはそんな必要は無かった様だ。


因みに梨田前監督は在任四年間全てで勝率が五割を上回っていたが、栗山監督は四年連続で勝率五割以上を記録したことは無い。また、大沢監督時代には就任三年目から六年連続Aクラスを記録しているが、栗山監督は最高でも三年連続。


だが一人で二度優勝しているのはヒルマン監督と栗山監督だけ。
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ジャイアンツの原辰徳監督がV9の名将、川上哲治監督の勝利数を抜いて球団歴代最多勝利監督になった様に、栗山監督にも大沢監督の記録を目標に頑張って欲しいところだが、そのためには今季の成績を…。


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5000敗という結果は,歴史の長さを表しているだけでそれがたまたま栗山監督の時に、それもよりによってクライマックスシリーズへの出場を自力では出来なくなった日に重なっただけだと思っているが、こういう節目の時にこの球団の歴史の重みを考えるのも一興かと思い、いろいろと調べてみた。もっと日頃から、長くこの球団を応援している人が誇りを持てるような工夫があっても良いように思うが…。

 

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