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2020年10月13日 (火)

菅野智之、連勝止まる。

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13日に行われた対カープ戦に先発したジャイアンツの菅野智之は四回までに4失点し、6イニングを投げて4失点の内容で敗戦投手になった。今季初黒星で、開幕戦からの連続勝利は13で止まった。ジャイアンツが先のドラゴンズ戦からこれで三連敗となった事もあって大変なことが起きたかのような報道も見受けられるが、一年間を24勝0敗で終えた2013年の田中将大には及ばないとはいえ、立派な好記録であることは間違いない。


(写真:13日の対カープ戦で今季初黒星を喫した菅野智之。 2019年2月撮影)



今季の菅野智之の安定感、相手を圧倒する力感は素晴らしいものだった。“開幕投手として開幕戦から13連勝”というのが最高記録だと言われているが、そんなまどろっこしい記録など関係ない。見ていれば菅野の素晴らしさは充分伝わってくる。


冒頭にも名前を出した、2013年のゴールデンイーグルスの田中将大と比較して、今年は公式戦の試合数が少ないため連勝の数では届かないのが明白だから、何とか田中を上回る指標はないかと探して、2013年に田中が開幕投手を務めていないことに目を付けて“開幕投手として開幕戦から13連勝”という着眼点を見出したとしか思えない。2013年という年は公式戦開幕前にWBCが行われた年なのでそのWBCに参加した田中の疲労を考慮して開幕戦を回避しただけで、ことさらに開幕投手からの連勝を騒ぎ立てる必要性を敗戦処理。は感じない。当たり前のことだが、上に田中の24連勝という記録があるからと言って、菅野の13連勝という記録にケチが付くものではない。


今日(13日)の登板にしても、6イニングで4失点ということでいわゆる“クオリティ・スタート”にも当たらないが、たかだか4失点だ。打線が挽回して、勝利投手にはなれないまでも黒星を消して連勝記録継続中の状況に持ち込めなかったのか、打線の援護の無さを情けなく感じた。


菅野の13連勝は単純に考えても一人で13の貯金をチームに与えていることになり、この試合の前までのジャイアンツの貯金が28だから、一人で約半分を稼いでいることになる。とはいえ、強いて言えば“エース”としていささかながら物足りなく感じる点がある。


菅野は勝利投手になった13試合に限定しても、平均で2.08人のリリーフを仰いでいる。24連勝の時の田中が24試合に平均で1.63人のリリーフを仰いだのと比べるとやや多い。敗戦処理。はエースにいわゆるイニングイーターぶりを求める。拙blog5月20日付“1981年の江川卓はエースではなかったのか。”-週刊ベースボール6月1日号を読んで考えた江川卓論で書いたように1982年の、当時のリリーフエース角三男を頼りにしなかった江川卓が理想型だ。何度かtwitterで呟いたが、六連戦主体の今季、長いイニングを投げられる菅野には火曜日でなく金曜日に投げてもらって、六連戦の真ん中にリリーフ投手を休める日を作る存在になって欲しかったのだ。だが実態は火曜日に先発。前日の月曜日には試合が無いことが多いので、リリーフ陣は休養充分で、少なくとも連投にはならない状態で菅野をリリーフするのである。菅野が13連勝した13試合の内、クローザーのルビー・デラロサにセーブがついたのが4試合、セットアッパーの中川皓太が投入されたのが5試合ある。原辰徳監督はエースが投げることによる、リリーフ陣の登板過多回避よりも、エースが投げる日に万全の状態でリリーフ陣もサポートする形を取ることで、六連戦を白星スタートすることを選んだのだ。いろいろな考え方はあるだろうが、この考え方は敗戦処理。が考える“エース”像とは異なる。もちろんこの“エース”像は“昭和脳”的発想だ。


上述した江川の1982年は、江川が先発した試合で角にセーブが記録された試合は0だった。
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田中が24勝0敗だった2013年にゴールデンイーグルスで最多セーブを記録したのはダレル・ラズナーだったが、田中が勝利した試合でラズナーにセーブが記録されたのはわずか1試合だった。それらと比べるとデラロサに4セーブと助けられた菅野は“エース”としてはやや物足りないと言える。今季の菅野と2013年の田中を比較すると、勝利投手になった試合での平均投球回数は菅野7.76回、田中7.88回。勝利投手になった試合の平均投球数は菅野111球、田中109.5球とどちらもほぼ遜色ないが他のリリーフ陣を休ませるというエースならではのプラスアルファという点では菅野は田中に差を付けられている。


とはいえ、今季は新型コロナウイルス禍で例年通りの調整方法をとることが出来ない特殊なシーズンである。開幕からフル回転したカープのエース、大瀨良大地は早々と離脱した。(リリーフ投手にも当てはまるが)先発投手にも過度な期待は禁物なシーズンであることは間違いない。菅野はドラゴンズの大野雄大とともに2020年型の先発投手としては理想的なシーズンといって差し支えないだろう。
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それを裏付けたいがための“開幕投手として開幕戦から13連勝”というこじつけのような記録を探してきたのかもしれないが、テレビを見ていれば、そんなお墨付きが不要なことはよくわかるはずだ。苦心して探し出した人には申し訳ないが…。

 

ところで菅野には今季の大活躍を置き土産に、大リーグへの移籍が噂されている。ジャイアンツも昨オフにはそれまで認めていなかったポスティングシステムを利用しての移籍を山口俊に対して認めたことで現実味が増しているとみられている。何度も比較している田中がゴールデンイーグルス7年間で通算99勝、先輩格のダルビッシュ有もファイターズで同じく7年間で93勝とともに日本球界で通算100勝に到達する前に大リーグに行ってしまったが、菅野は10月6日の対ベイスターズ戦で平成生まれの投手としては初めてとなる通算100勝を挙げた。ジャイアンツでは8年目。田中とダルビッシュを前例とすれば、菅野は田中やダルビッシュの様に高校から入った訳ではなく、大学卒で、しかもドラフトで一年遠回りしている。もう卒業させてあげても良いタイミングだ。

 

しかし、よくよく考えれば、本当にメジャーを目標に置いていたとするならば、あの時にファイターズに入団していれば、今頃とっくにメジャーの一員になっているだろう。菅野の一年後にファイターズからドラフト1位指名された大谷翔平がもうメジャー三年目なのだ。おじさんのいるチームで投げたかったのだろうが…。

 

菅野は通算100勝目を挙げた6日の試合後のヒーローインタビューで

 

「まだまだジャイアンツのために腕を振っていきますので、これからも応援よろしくお願いします」

 

と主張した。菅野がジャイアンツのために腕を振るのは日本シリーズまでか?その先もあるのだろうか?昭和脳では理解できない新しい“エース”像でチームを引っ張る男をもう少し応援したいものだが。

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