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2020年5月13日 (水)

“コロナウイルス禍”後のプロ野球

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個人的にはまだまだ油断禁物と気を引き締めているが、日々発表される新たな感染者数を見るともう峠を過ぎたようだし、何よりもNPBがようやく今季の公式戦を行う方向で具体的に前に進んでいる。ただ開幕するといっても当面は“無観客試合”での開催。プロ野球も興行であるから観客収入を見込めないのは経営的には大打撃。球団だけではない。球場に来る観客を相手に商売している企業も同様だ。


“コロナウイルス禍”後のプロ野球に関して敗戦処理。が今の時点での想いを書いてみる。

 

 

 

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今季のオープン戦は“無観客試合”で行われていた。CS放送で何試合か中継を見たが、ホームランがスタンドに飛び込んでも歓声が上がることはない。無人のスタンドに「ドスン」と無味乾燥な音をして突き刺さるのを見て敗戦処理。は大きな違和感を覚えた。おそらくこの違和感は敗戦処理。だけのものでは無いだろう。


個人的には球場のスタンドで生観戦する時にも極力内野席に座り、一球ごとに大声で声援するファンとは距離を置いている身だが、もはやあの大応援は野球観戦の一部になっている。敗戦処理。が日本のプロ野球に興味を持ち始めた頃にはまだなかったが、現在では完全に定着している。好き嫌いは別として普通に当たり前の光景になっている。無観客試合の中継を見てそれを痛感した。球場によっては(観客を入れての本番を想定したのか)効果音を従来通りに流していたところもあったが、観客が全くいないスタンドというのは異常だった。この先開幕しても当面は再びあの光景が繰り返されるのだ。


個人的には観客間での感染リスクを鑑みて席と席の間を空けて座らせるとか、飛沫による感染を防ぐために応援の禁止、飲食物の提供も控える等との配慮が必要な間は無観客でやった方が良いのではと漠然と考えているが、野球観戦に来る観客を相手に商売をしている人達にとっては死活問題になる。


◆ プロ野球のジェット風船応援、“飛沫感染リスク”で消滅か
NEWSポストセブン5月13


飛沫感染対策で観客にも一定の制約を課さざるを得ないというのは以前から報道で見かけたが、グッズを扱う企業にとっては死活問題になる。


もちろん、そうした商売を生業にしている方々には死活問題になるというのを踏まえた上で、個人的に“コロナウイルス禍”後のプロ野球について考えてみた。


古い話になるが、2004年のシーズンに勃発した“球界再編騒動”。大阪近鉄バファローズの球団経営が成り立たなくなり、同じパ・リーグのオリックス・ブルーウェーブと合併することを表明した。これに端を発して、球団数が奇数になったら不具合が出るからさらなるもう一組の合併が発生するとか、一リーグ制に移行するなどとどんどんと悪い情報が流れる中、ファンの間でも“俺達ファンも何か出来ないだろうか?”という意見があり、“ジェット風船を飛ばすのをやめれば、飛ばしたあとのグラウンド整備の人数を削減できてコストを減らせる。ファンがコストアップの要因を作らないことだ”という意見が出たのだ。その人の意見では野球の試合を行うのに、必ずしも必要でないものを省くことでコスト削減につなげるというのだ。ジェット風船を飛ばさなくても試合の進行には全く影響がないからだというのだ。敗戦処理。は同感したが、けっこう反対意見が出た。ジェット風船を作っている会社や売っている人達を心配する意見が相次いだのだ。球団合併によって選手や球団の職員がリストラされることを危惧しての議論だったのに、選手よりグッズの方が大切だと思う人が当時は少なからず存在したのだ。


敗戦処理。自身も2011年の東日本大震災のあとに、当時のファイターズの名物応援“稲葉ジャンプ”を辞めた方が良いのではと拙blogで書いたところ、コメント欄やツイッターへの返信で反対意見が多数を占めた。実際に公認の応援団『闘将会』が自粛を表明すると、「稲葉ジャンプをやらないのであればドームに行く必要がない。テレビで見る」等のかなりの批判意見が出た。そこまでいくと本末転倒とも思えるが、いわゆる鳴り物応援を含め、こうした応援行為は一部のファンにとってはなくてはならないものとなっているのである。


だが、そういった傾向を承知の上で言わせてもらうが、例えばジェット風船飛ばしは応援ではなくファンのパフォーマンスに過ぎない。ファイターズスタジアムでの試合で五回終了時にスタンドで“ラジオ体操第一”を行う習慣が定着しているが、大きなくくりでいえばジェット風船飛ばしも同じもので、試合には直接影響がないが、ファンにとっては必要なものなのであろう。


“試合には直接影響がないが、”と書いたが、応援行為と思われているものでも細かく分ければ“応援”と“パフォーマンス”とに分けられると思う。


敗戦処理。に言わせれば“応援”というのはあくまでも実際に試合を行っている選手達の背中を押すものであり、“パフォーマンス”は一見応援に見えるものであっても、それをしている人達が満足することが実は重要なものである。打席に立つ選手のヒッティングテーマを歌いながらの鳴り物応援等が選手の背中を押している要素があると思うが、すべての応援が“応援”と言えるだろうか?


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試合が終わると、選手達は外野席で応援してくれたファンに感謝の姿勢を示す。選手がああしてくれるのだから、俺達も選手と一緒に戦っているのだ。そう思っているファンは少なくないと思うが、選手達が感謝してくれているからといって、必ずしも野球の試合に絶対に必要不可欠なものではないと思えないか?NPBが無観客試合という選択をする今だからこそ一ファンとして考えているのだ。


それを商売にしている方々の存在を考えるとしのびないが、そこを切り離すと別の味方が出てくる。なくてはならないものというのはかなり限定されるだろう。現実にNPBは“無観客試合”を選択しようとしている。貴重な収入源となる観客の存在すら諦めるのだ。ファンに鳴り物応援などで楽しんでもらう。選手は可能な範囲でファンに直接サービスを行う。かつてのホークス球団社長高塚猛氏がスタートしたという、野球そのものの魅力以外の魅力でスタンドにファンを集めるアイディアは見事に奏功し、多くの球団に波及したが、今それが否定されてしまうのだ。


野球の興行を行うのに、あるいはそれを観客として観戦するのに、何かを犠牲にしなければならないとしたら、ここまでは犠牲にしても、これだけは譲れない。その境界は人それぞれだろう。それでも仕分けするとなると、“応援”を活かして“パフォーマンス”を我慢する等の基準が必要になる。選手の中にはグラウンドで集中していると応援もヤジも単なる音にしか聞こえないと本音を口にする人もいるが、一応“応援”は有効なものだと考え、“応援”に名を借りた“パフォーマンス”を仕分けるというのをこの機会に考えてみるのも有意義かもしれない。それこそ緊急事態なのだ。ようやく前が見え始めた今だからこそ、考えたいのだ。


またいつか、こんな楽しみを味わえるときが来ると信じて…
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