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2020年2月 9日 (日)

続・本当は凄い(かもしれない)田村龍弘

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拙blog昨年2月11日付本当は凄い(かもしれない)田村龍弘ではマリーンズの正捕手、田村龍弘が光星学院高校から入団以来の捕手としての出場数で、高校から入団した選手としては歴代ナンバーワンだと言うことを挙げた。七年目の昨年は捕手としての出場数が一昨年の143試合から100試合に激減したものの七年間の出場数としてはナンバーワンをキープした。



捕手としての出場数が歴代2位の野村克也はかつてこう言った。

「申し訳ないが、俺は大学出身のキャッチャーは信用していない。高校を卒業する18歳から22歳までの4~5年間が、一番大事な時期なんだよ」
(週刊ポスト2017年4月14日号)


高校、大学、社会人とそれぞれ形態は異なるものの基本的に“大会”は短期決戦。負けられない試合の連続でのリードの癖が付いている捕手を教育するより、高校からすぐに入団してくる捕手の方が育てやすいということなのだろう。一般的には大学、社会人で揉まれた捕手の方が即戦力に近いという見方があるが、指導に定評のある野村監督によるとその経験が邪魔になるということなのだろう。


だがプロ野球では、捕手というポジションは経験がものを言うポジション。高校から入団した捕手はファームでの実戦経験を中心に長く下積みを経てポジションに手が届く。そのかわり一度しっかりとポジションをつかむと長くそのポジションを守れる。


そう考えると、高校から入団して早い時期から一軍でマスクをかぶれる捕手は、球団の事情もあるにせよそれだけ嘱望されているといえる。例えば2017年に行われたドラフト会議の目玉の一人で超高校級と言われてカープに入団した中村奨成は入団から二年を経て一軍には上がれていない。そんななかでマリーンズの田村龍弘は現時点でナンバーワンなのである。


まず、野村元監督が言う高校から入団した捕手の最初の四年間の、捕手としての出場数ランキングを記載する。

順位 試合数 選手名 出身校 球団 一年目年度 四年間出場数
1位 354試合:醍醐猛夫(早実→毎日 1957年)111+89+79+75
2位 332試合:山下健(高松一高→阪急 1957年)111+96+84+41
3位 301試合:田村龍弘(光星学院高→千葉ロッテ 2013年)7+48+117+129
4位 296試合:谷繁元信(江の川高→横浜大洋 1989年)75+73+79+69
5位 290試合:中嶋聡(鷹巣農林高→阪急 1987年)2+74+120+94

6位 278試合:和田博実(臼杵高→西鉄 1955年)6+43+111+118
7位 267試合:野村克也(峰山高→南海 1954年)8+0+127+132
8位 261試合:香川伸行(浪商高→南海 1980年)46+58+68+89
9位 260試合:谷本稔(八幡浜高→大映 1955年)80+34+86+60
10位 251試合:山本八郎(浪華高→東映 1956年)95+77+79+0


今回は伊東勤を最初から外した。伊東は所沢高校定時制からライオンズに入団して、入団一年目から順に17試合、53試合、113試合、124試合と出場して四年間で307試合にマスクをかぶっているが、卒業前の最終年(四年時)には昼間、ライオンズの球団職員として練習をし、夜に高校に通っていたので同じ基準で比較出来ないと判断した。


高校から入団した一年目に100試合以上マスクをかぶった1位の醍醐猛夫と2位の山下健は凄いの一言に尽きるが、田村は一年目から徐々に試合数を増やし、3位に輝いている。4位に谷繁元信、5位に中嶋聡が名を連ねていることからも、田村の凄さがうかがえる。


では田村が昨年で七年間を経たので、高校卒入団で最初の七年間での捕手としての出場数ランキングを記載する。

1位 674試合:田村龍弘(光星学院高→千葉ロッテ 2013年)
2位 648試合:山下健(高松一高→阪急 1950年)
3位 639試合:野村克也(峰山高→南海 1954年)
4位 624試合:谷繁元信(江の川高→横浜大洋 1989年)
5位 601試合:城島健司(別府大付属高→福岡ダイエー 1988年)

6位 577試合:中嶋聡(鷹巣農林高→阪急 1987年)
7位 562試合:谷本稔(八幡浜高→大映 1955年)
8位 547試合:醍醐猛夫(早稲田実→毎日 1957年)
9位 529試合:和田博実(臼杵高→西鉄 1955年)
10位 508試合:日高剛(九州国際大付高→オリックス 1996年)

11位 498試合:炭谷銀仁朗(平安高→西武 2006年)
12位 481試合:藤尾茂(鳴尾高→巨人 1953年)
13位 466試合:吉永幸一郎(東海大工→南海 1988年)
14位 462試合:伊藤勲(東北高→大洋 1961年)
15位 457試合:中村武志(花園高→中日 1985年)


田村は昨年、六年目時点で山下健を抜いて1位になったのだが昨年終了後も1位をキープした。山下は通算で捕手として1223試合の出場にとどまり、ポジション別1位の谷繁の2963試合や2位の野村の2921試合の半分にも満たなかったが、田村が現時点で谷繁や野村を上回っているということはかなり遠い先ではあるが、日本プロ野球史上歴代最多出場捕手になる可能性があると言うことだ。


捕手は故障が多いポジション。“コリジョンルール”の導入で以前ほどには走者との接触事故のリスクが高くなくなったとはいえ、故障で戦線離脱すると試合数を稼げなくなる。試合出場数を増やすには故障、コンディションの維持には注意してもらいたい。


拙blogが続く限り、この記録にはこだわっていきたい。

(一部敬称略)


二年前にツイッターで何気なく呟いたことに対し、たばともデータさん( @ yic00512 )をはじめとする協力者の皆さんの助言を得て調べ付いた。だが、個人の調査なので誤り、抜けがある可能性は否定できない。文責は敗戦処理。にある。誤り、抜けにお気付きの方はコメントにてご指摘いただければ幸いである。


【参考】高校卒入団選手、捕手出場数歴代トップ10
1位 2963試合 谷繁元信(江の川高→横浜大洋・横浜、中日 1989年~2015年)
2位 2921試合 野村克也(峰山高→南海、ロッテ、西武 1954年~1980年)
3位 2327試合 伊東勤(所沢高→西武 1982年~2003年)
4位 1932試合 中村武志(花園高→中日、横浜、東北楽天 1985年~2005年)
5位 1833試合 森昌彦(岐阜高→巨人 1955年~1974年)
6位 1698試合 醍醐猛夫(早稲田実業→毎日・大毎・東京・ロッテ 1957年~1975年)
7位 1527試合 田村藤夫(関東一高→日本ハム、千葉ロッテ、福岡ダイエー 1978年~1998年)
8位 1497試合 中嶋聡(鷹巣農林高→阪急・オリックス、西武、横浜、北海道日本ハム 1987年~2015年)
9位 1456試合 伊藤勲(東北高→大洋・横浜大洋、南海 1961年~1981年)
10位 1423試合 田中尊(高松商→南海、広島 1955年~1972年)
敗戦処理。調べ。

田村龍弘はどこまで出場試合数を増やせるか…。


【参考文献】
THE OFFICIAL BASEBALL ENCYCLOPEDIA 2004』日本野球機構
『ベースボール・レコード・ブック』各年度 ベースボール・マガジン社
日本野球機構オフィシャルサイト
日本プロ野球記録



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