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2020年2月20日 (木)

長嶋茂雄が長島茂雄だった頃…。

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二年前になくなった父の遺品を整理していたら、妙なものが出てきた。父は私に似て巨人ファンで、なかでもミスターの大ファンであったが、こんな色紙を持っているとは聞いていなかった。父の性格からして、私に自慢するはずだ。


あれ、この色紙、“長嶋茂雄”でなくて“長島茂雄”だ。

 

 

 



長嶋茂雄が色紙に書く言葉といえば“快打洗心”が思い浮かぶ。監督になってからは“洗心”と書いていたと思う。この色紙は交通安全教室にでも呼ばれた時のものだろうか?


この色紙は別の色紙と一緒にしまわれていた。その色紙は敗戦処理。が子供の頃に応援していた、大相撲の琴風豪規(現.尾車親方)の私宛の色紙と一緒にしまわれていた。
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琴風が当時所属していた佐渡ヶ嶽部屋にツテを見つけて、私のためにもらってくれたのだ。師匠の佐渡ヶ嶽親方(元横綱琴櫻)の色紙とともに。


当時の大相撲に興味を持っていた方には釈迦に説法だろうが、琴風は若くして番付を上げ、大関候補と言われながらも取組での大怪我で連続休場を余儀なくされ、関脇から一度は幕下まで落ちるがそこから這い上がり、大関まで上り詰めた。色紙をもらったのはまだ大怪我をする前だった。琴風の色紙のことはよく覚えている。いっしょに保管していたということは時期に違いはあっても私にプレゼントするつもりだったとも考えられるが、上述した通り“長島茂雄”の色紙に関しては何の説明も受けていない。私にくれるつもりはなかったのかもしれない。


琴風の色紙と同じ時期だとしたら、時期的には長嶋はもう監督になっていた。さすがに監督になってから書いたものとは思えない。いつ頃のものなのだろうか?


ヒントは“長島茂雄”という署名。


“長嶋茂雄”になる前の時期であろうが、いつ“長島茂雄”から“長嶋茂雄”になったのだろうか?調べてみた。

◆ 「長嶋」一茂へ 異例要求で父茂雄氏の表記に/復刻

◆ 
長島茂雄が長嶋茂雄になっていた!/週ベ回顧

これらによると、マスコミの表記が“長嶋茂雄”に統一されたのは1966(昭和41)頃の様だ。だがそれはあくまでメディアの表記で本人が書くサインについても同様とは限らない。
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上述の日刊スポーツの記事では“ちなみに長島茂雄氏のサインを見ると「嶋」を使っているのは、入団当時だけで、以後は「島」で統一されているが……。”とある。確かに『長嶋茂雄ドリーム・トレジャー・ブック』に収納されている1982(昭和57)石原裕次郎さんと一緒に書いた色紙を見ると“嶋”の山へんが読み取れない。サインを“長嶋茂雄”に統一したのはこの記事が書かれた1992(平成4)以降、二度目の監督時代と推測できる。冒頭の色紙のサインは現役時代に、オフシーズンに参加した交通安全教室での色紙ではないかと推測できるが、いつ頃だろうか…!?


サイン特有の文字を崩した感じではない。裕次郎さんと書いた色紙よりもさらに古い、若い頃に書いたものなのかもしれない。


余談になるが、父長嶋茂雄との確執が取り沙汰される長男でタレントの長嶋一茂は父と同じ“長嶋”で、父の面倒を見ている次女の長島三奈は“長嶋”ではなく“長島”だ。逆じゃないの<>!?


長嶋茂雄は今日で84歳になった。大病を患いながらも懸命のリハビリに取り組み球場などに姿を見せるまでに復帰したが新たに病に襲われ、厳しい日々が続いている様だ。金田正一さんのお別れの会の報道で久々に姿を見たが実に弱々しい姿だった。山口寿一オーナーが宮崎キャンプで選手らにメッセージを読み上げたということは恒例のキャンプ視察も今年は無しということで体調の悪さは推して知るべしということなのだろうか。ライバルであり宿敵の野村克也さんの訃報に際してのコメントは記事で見た限りではしっかりしたものだったが、寂しい事だろう。


だが放蕩息子がハワイだ何だと自由を謳歌しているのを見ると、心配するほど差し迫ってはいないのかなと楽観できそうだ。もう充分すぎるほど野球界に貢献したのだから、健康第一で療養に専念して欲しい。


色紙の持ち主である父に確認することはもう出来ない。母は父より先に旅立っている。長嶋茂雄とジャイアンツの大ファンだった父は長嶋より四歳年上。“いつまでもあると思うなOとN”をもじって“いつまでもあると思うな親と金”というが、遺品整理であらためて痛感した。

 

 

 

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