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2020年1月20日 (月)

重光武雄オーナー、死去。

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千葉ロッテマリーンズのオーナーでロッテグループの創業者である重光武雄(=日本名。シン・ギョクホ)氏がなくなったと報じられた。98歳だった。


プロ野球界には昭和44年(1969年)に参入し、昭和47年の11月にオーナーに就任して以来球団のオーナーであり続けた。晩年は本業の騒動でいろいろあったが、47シーズンに渡り球団のオーナーであり続けたことになる。


謹んでご冥福をお祈りします。



◆ ロッテ創業者が死去 一代で巨大企業グループ築く

 

野球人としては不思議な人物とも思える。上述の通り47年という長きにわたり球団オーナーを務めながら、表に出ての活動がなかなか見られない。球界再編騒動が勃発した2004年、当時のライオンズのオーナー、堤義明氏がオーナー会議に出席するというのがあまりに久々で話題となったが、重光オーナーはそれ以上に長くオーナー会議に出ていない。


野球協約上はオーナーの他にオーナー代行を届け出ておけばオーナー会議に代理で出席できる。長く次男の重光昭夫氏がオーナー代行を務めていたことを記憶している野球ファンも多いことだろう。


本業での疑惑で昭夫オーナー代行は退任を余儀なくされたが武雄オーナーはそのまま。背任や横領などの罪で2017年12月に懲役4年と罰金35億ウォン(約3億3000万円)を地裁から言い渡されたが、高齢で健康上の理由もあって収監は見送られた。普通に考えれば日本のプロ野球で球団オーナーを続けていて良いのかという議論に発展しても良さそうだがそういう声は出ていないようだった。


21世紀に入ったばかりの時期、経済誌『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)がロッテの特集を組んだ。重光社長もロングインタビューに答え、社員の前では滅多に見せないという笑顔の写真が掲載された。十数頁にわたる特集記事の中で“千葉ロッテマリーンズ”に触れたのはほんの数行だった。

ちなみに、現在の千葉ロッテマリーンズ買収を頼み込んだのは、「昭和の妖怪」と呼ばれた元首相の岸信介。
(週刊ダイヤモンド2004年9月11日号「知られざる巨大財閥ロッテの全貌」)

これだけである。また、引用した上の追悼記事でもそう。球団のことは何も書いていない。


ロッテは上場企業ではない。近年、親会社が上場企業だと株主総会で揚げ足を取るが如く球団の不成績をチクリチクリやる例が散見されるが、非上場だからその心配もない。日本と韓国を股にかける大企業だから球団が出してしまう赤字の補填もお易い御用。まだIT企業が参入する前の時代、プロ野球チームの親会社としてはある意味理想的な企業だと感じたものだ。


重光武雄氏がオーナーになって最初に迎えるシーズンにあたる昭和48年(1973年)の“ファン手帳”が手元にある。
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端に当時のパ・リーグ各球団の球団旗が掲載されている。これを見れば一目瞭然。この時から親会社が変わっていないのはパ・リーグではロッテだけ。セ・リーグは逆に五球団で親会社が変わっていないが、さすがにオーナーは代替わり等で変わっている。“ファン手帳”には選手名鑑だけでなく球団のオーナーの名前も記載されているが、前年のものには中村長芳氏がオーナーとして記載されていて、この年から重光オーナーになっている。

 

この年は金田正一新監督を迎え、いわゆる“ジプシーロッテ”と言われた時期。その後川崎球場、千葉マリンスタジアムと本拠地を変えたもののロッテの球団であることには変わりはない。親会社が球団経営に熱心ではない、と批判されることもままあるがこのオフには積極的に補強戦線にも参戦。ジャイアンツが本気で獲得に動いたゴールデンイーグルスの美馬学の獲得に成功するなど何かが変わったようだ。


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ただ、重光一族あっての“千葉ロッテマリーンズ”という見方もある。親会社の体制が一変したらどうなるのだろうか?近年ようやく球団として黒字を出せるようになったそうなのでグループとして球団を傘下に置くオイシサを共有しているだろうが、もしも再び赤字体質になったら危ないかもしれない。予断を許さない状況なのかもしれない。

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