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2019年9月 3日 (火)

工藤公康監督が就任五年目での通算最多勝利を記録。ではその逆は!?

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ホークスの工藤公康監督が1日の対ライオンズ戦に勝利して通算の勝利数が414勝となった。工藤監督は今季で就任五年目。これまで就任から五年目までの通算勝利数で最多だったのは1950年~1954年に水原茂監督(当時ジャイアンツ)が挙げた413勝。この1勝で単独1位になった。


昨年までの就任から四年間を優勝、2位、優勝、2位と安定した成績を残して今季もライオンズとの激闘を繰り広げながら首位をキープ。堂々たる勲章と言えるだろう。そこでふと思った。では逆に、就任から五年目までに最も多く敗れた監督は誰なのだろうか?


◆ ソフトバンク工藤監督、就任5年の勝利数歴代最多に
西日本スポーツ2019年9月2日

 

 

 



単純に考えて、負けてばかりで成績の悪い監督は五年ももたない。成績が悪くてある球団の監督をクビになっても別の球団から声がかかるケースで通算五年間というのは外す。とにかく就任した年から最初の五年間で最も多く負けた監督は誰だろう?


となると、工藤公康監督の様に好成績で五年間監督を務めている人の中で最も多く負けた監督が答になるのだろうか?工藤監督は1日現在で265敗しているが五年間で300敗以上している監督が10人以上いる。


二リーグ制になってから初めて監督を務めた人物の、最初の五年間の成績を調べてみた。代理監督などでシーズンの途中から監督に就任した人を除いている。


監督就任から五年目までに多く負けている監督(2019830日現在)

370敗 稲尾和久(1970年~1974年 ライオンズ)
370敗 野村謙二郎(2010年~2014年 カープ)
358敗 中村勝広(1990年~1994年 タイガース)
356敗 白石勝巳(1963年~1967年 カープ)
352敗 山本功児(1999年~2003年 マリーンズ)

338敗 宇野光雄(1956年~1960年 スワローズ)
333敗 梨田昌孝(2000年~2004年 旧バファローズ)
329敗 渡辺久信(2008年~2012年 ライオンズ)
324敗 若松勉(1999年~2003年 スワローズ)
324敗 トレイ・ヒルマン(2003年~2007年 ファイターズ)

就任から五年間で最も多く負けた監督は1970年から1974年までの五年間、西鉄ライオンズの晩年と後継の太平洋クラブライオンズを率いた稲尾和久監督と、2010年からカープの監督を務めた野村謙二郎監督で370敗で並ぶ。稲尾監督は“黒い霧事件”等で弱体化した後のライオンズを率い、球団身売りを余儀なくされて太平洋クラブライオンズとなってからも監督であり続けた結果、就任から五年間という集計では最多の370敗を喫した。五年間、すべてBクラスに沈んだ。野村監督はカープでは現在の緒方孝市監督の前任にあたり、2013年にチームを16年ぶりのAクラスに引き上げて初めてクライマックスシリーズに進出させた。翌年も3位だったが退任した。


野村監督以下、上位5位までの監督を見るとチーム事情などで監督を代えられなかった監督が続く。稲尾監督と山本功児監督は五年間すべてBクラスだったが中村勝広監督は三年目に終盤まで優勝争いする2位になった。Aクラスはこの一年だけ。これがなければ早く代えられていたかもしれない。


7位から10位の梨田昌孝、渡辺久信、若松勉、トレイ・ヒルマン各監督は五年間の勝率が五割を上回っている。そして優勝経験がある点でも共通点がある。長く監督を務めていれば好成績でも負け数も増えるということだろう。五年間で300敗ということは一年平均で60敗。現在の143試合制だと60敗しても最大で83勝出来る。


そこで“五年間で最も負けた監督”をあらためてはじき出すために同じ監督を対象に最も勝率の低い監督を調べた。意地悪をして“敗率”を算出した。計算式は単純。敗戦÷(勝利+敗戦)である。

.601 稲尾和久 37024634引き分け
.582 白石勝巳 35625613引き分け

.551 中村勝広 3582924引き分け
.542 武上四郎 26722645引き分け(1980年~1984年 スワローズ)
.5354 野村謙二郎 37032127引き分け
.5348 宇野光雄 338敗294勝18引き分け
.521 山本功児 35232414引き分け
.516 根本陸夫 28226524引き分け(1968年~1972年 カープ)


敗戦処理。の見落とし、計算ミスがなければ敗率5割以上、つまり負け越しているのはこの8人だけ。不名誉な記録であるかもしれないが、それでも五年目まで監督を任されたということは様々な事情があったのだろう。8人のうち、半分の4人がその球団一筋でプレーして監督に就任している。最多敗の野村監督と最多敗、敗率1位の二冠王の稲尾監督が含まれている。稲尾監督は唯一、敗率が6割に乗っている。これは勝率でいうと4割を切ることを意味する。


球団としては生え抜きのスター選手を監督に据えるということで切り札として長期政権を託したのだろうが結果が伴わなかった。スター選手が活躍した球団でユニフォームを脱げば、段階を踏んでいずれは監督として迎えられるというのが日本球界のひとつの構図(それも成功例)として挙げられる。このケースでの成功例も少なくないが、はまってしまうと監督としてのクビのすげかえ時を誤るケースもあるのかもしれない。諸刃の剣ということなのだろうか…。


最後に、工藤公康監督の成績は素晴らしいが、現在は年間143試合であり、試合数が増加している点で勝利数が増えやすいという事実もある。これまで最多勝だった水原茂監督と勝率で比較すると41326515引き分けで勝率の工藤監督に対し、水原監督は五年間で41320412引き分け、勝率.669。水原監督を超えたといえるのは勝利数だけかもしれない。ただし五年間で勝率6割を超えているのはこの両監督だけ。1986年にライオンズの監督に就任した森祇晶監督の36224343引き分け、勝率.598と、1974年にブレーブスの監督に就任した上田利治監督の34823840引き分け、勝率.594がこの両監督に続いている。工藤監督は昨年までの四年間で1位と2位しか経験していないが最初の五年間で1位と2位しか経験していないのは森、上田両監督だけである。


なお、監督として二期の合計での五年間であれば1981年~1983年の三年間と、1989年に監督に復帰して翌1990年までの二年間を加えた五年間でのジャイアンツ時代の藤田元司監督が38323433引き分け、勝率.621を記録している。ジャイアンツの歴史の上で二度の危機を救った藤田監督や、名監督と呼ばれた森、上田両監督をも上回る勝率を挙げている工藤監督の勝率は特筆すべきものといえるであろう。

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