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2019年9月13日 (金)

田中賢介、東京ドームラストゲーム

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昨年のオフの契約更改で今季限りでの現役引退を表明していたファイターズの田中賢介が、入団当初に本拠地にしていた東京ドームでの主催試合最終戦にあたる12日、最終戦セレモニーを行った。『六番・DH』でフル出場したものの4打数0安打。良いところをファンに見せられなかったが、試合後、粋な計らいでヒーローインタビューに呼ばれ、ファンに挨拶した。


ファイターズが東京ドームを離れて16年。東京ドーム時代に在籍していた選手が少なくなるのは仕方ないが、田中賢に関してはそればかりでなく、敗戦処理。がファイターズスタジアムに通い始めた頃に内野でポロポロとやっていた選手がやがて名手と呼ばれるほどの二塁手になっていく過程をリアルタイムで追うことが出来た選手なので現役引退となると寂しいものである。


(写真:12日の東京ドーム最終戦の試合後、外野席のファンに手を振る田中賢介)

 

 

 

 

10日からのマリーンズ、ゴールデンイーグルスとの変則三連戦がファイターズにとって今季最後の東京ドーム主催試合。当然三試合とも生で…と言いたいところだが、二日間仕事の関係でどうしても生観戦が叶わず、予め“ファイターズ休暇”を充てておいた12日の最終戦のみ生観戦出来た。


ところでシーズンシート(といっても9試合分だが)のチケットはシーズン前に一括で送られてくる。各試合のチケットには主力選手の写真が印刷されているのだが、12日の最終戦のチケットには田中賢介が印刷されている。
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田中賢は昨年のオフの契約更改で今季限りでの現役引退を表明していた。東京ドーム最終戦に田中賢の顔写真を入れたのは偶然では無いだろう。異例な時期の引退表明だっただけにファイターズファン以外からは「何で?」、「全試合引退興行!?」等と嫌みを言われた。敗戦処理。自身も「何で?」に近い戸惑いがあった。


しかしながらこのところ、現役引退を報道される選手が出始めている。なかには球団からの引退勧告に態度を決めかねている選手もいる。


あくまで推測だが、この時期に現役引退が判明する選手の中には円満な形ではない現役引退もあると思う。理想的には選手本人が「俺も潮時だな」と感じるタイミングと球団が引導を渡そうとするタイミングが一致することだと思うが、そうだとは限らない。球団としてはもう戦力として計算できなくなった功労者に対し、10月に通告する戦力外とは分けて水面下で本人に引退勧告をし、本人が応じたものもあるのではないか…。もしもこの推測が当たらずとも遠からずであったとしたら、昨年12月に早期引退表明をしていた田中賢はその背景がどうであろうと、幸せな形なのではないだろうか?


田中賢のセレモニーは試合前に行われた。花束贈呈役は田中賢が入団時の監督、大島康徳元監督。
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これは粋な計らいだった。大島元監督自身、体調が心配ではあるが久々に元気な姿を見せてくれた。実はこのシーン、動画を撮ろうとしたのだが不躾に敗戦処理。の前を立ったまま通る客がいて台無しになった。これだから最前列の球団ご招待の客は…以下自粛。


この後、ジャズシンガーの綾戸智恵による国歌独唱。
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この試合のスポンサー企業であるSOMPOホールディングスによる“SOMPO認知症サポートデー”の一環として子役俳優城桧吏(じょう かいり)による始球式が行われた。


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当日の5日前に球団ホームページで告知が為されたが“スペシャルゲスト”と書いてあるだけで名前がない。もしも名前が出てこなかったのなら認知症の可能性が…。


試合の先発はファイターズが北浦竜次でゴールデンイーグルスが美馬学。美馬は9月9日付前エントリーパ・リーグ、規定投球回数到達者がたったの4人だけ…で取り上げたパ・リーグで規定投球回数に達している投手が4人しかいない中のひとり。
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一回裏にファイターズが大田泰示の右翼席への2点本塁打で先制。連敗中のチームを見守るファンの立場としては、先制点は何よりだ。だが直後の二回表、ファイターズの先発北浦が乱れて満塁から茂木栄五郎の犠飛で1点を返される。三回裏に西川遥輝の右中間フェンス最上段に当たる適時二塁打と中田翔の左犠飛で2点を追加すると、四回表からはひとり1イニングずつの小刻みな継投でこのリードを守り切った。
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北浦はいわゆる“ショートスターター”だったのかもしれないが、ボールが先行することが多くリズムが悪い。
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どちらにしても替え時だったと思う。高校卒で入団してまだ二年目の投手なので過度な期待は禁物だとは思うが残念だった。


田中賢はDHとしての出場なので打撃で勇姿を見せたいところだが一、二打席と連続して引っかけさせられた感じの一塁ゴロ。
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六回裏の先頭打者として回ってきた第三打席も左飛に終わった。


この時点でファイターズは4対2とリードしていた。このまま逃げ切ると八回裏が最後の攻撃になる。田中賢にもう一打席立たせるには誰かひとり塁に出ればよいのだが六回裏、七回裏と三者凡退。何を考えているのか…!?


元スワローズの池山隆寛の現役最終出場の試合を思いだしてしまった。やはりスタメンでフル出場していた池山に、延長十回裏に打席が回る可能性が出てきた。十回表に勝ち越され、最後の攻撃になるかもしれない十回裏、ひとり出れば池山に回るという状況で一死から飯田哲也がセーフティ・バント。一塁にヘッドスライディングして出塁した。続く、池山の前の打者、稲葉篤紀は送りバント。悪くても併殺を避けようという感じで二死二塁になって池山に最後の打席が回った。“ブンブン丸”と呼ばれた全盛期を彷彿とさせるフルスイングを見せて池山は三振に終わったがファンに最後の勇姿を焼き付けた。


八回裏、一死から中田が四球を選ぶ。
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これで併殺にならなければ田中賢に回る。続く近藤健介は平凡な中飛だったが、打球が上がった瞬間個人的には「よし!」と思った。二死一塁で回った最終打席はフルカウントから左飛に終わった。
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田中賢、最後の東京ドームは4打数0安打だった。最終回、もう少し点差があればDH解除で田中賢の守備が観られたかもしれなかったと思うといささか残念ではあったが打席のみだった。
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試合は4対2のまま終わった。今季の東京ドーム主催試合は生観戦出来なかった二試合を含め2勝7敗という体たらくだった。最初と最後に勝っただけ。


ヒーローインタビューは先制本塁打の大田と、自己最多ホールドを記録した宮西尚生だったが、宮西の「最後はあの方に一言を言ってもらった方がいいと思っています」という計らいで田中賢もファンに挨拶した。Cdsc_2030

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東京ドームではヒーローインタビューを受けた選手がエキサイトシートのファンにハイタッチをするのが恒例。敗戦処理。も何とか最前列に入り込んでチャンスを得たが、東京ドーム最終戦と言うことでヒーロー選手のハイタッチは割愛され、全員でライトスタンドに挨拶した。
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冒頭にも書いた様に、敗戦処理。にとっては田中賢は東京ドーム時代からの生き残りという以外にもうひとつこだわりがある選手だ。
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田中賢は敗戦処理。が鎌ケ谷に通い始めた頃にファームでポロポロやっていたのを、徹底的に鍛えられた選手。あの頃賢介と森本稀哲が下手くそながら懸命に練習していた。当時は写真を撮っていなかったので画像が無いのだが、その森本と田中賢が一番、二番に定着して2006年に25年ぶりのリーグ優勝を果たしたのは本当に感慨深い。そして2006年の優勝を皮切りにコンスタントに優勝、上位になるチームへと成長していった。


今でも鎌ケ谷で若い選手が信じられない守備ミスをすると「賢介も最初は酷かったからね」というフォローをする声がスタンドから聞こえることがある。そういう選手を鍛えるのが鎌ケ谷であり、その循環によって一軍がコンスタントな成績を挙げられるチームに変貌したのだ。田中賢はいわばその象徴だ。


この日の東京ドームには鎌ケ谷でヤジを飛ばすオヤジ集団も詰めかけていたという。それを考えるとひとつの時代の終わりなのかもしれない。


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いや、まだ實松一成がいる。實松もまた東京ドーム時代の選手だ。年々、“實松世代”と呼ばれる現役選手が減っていく。田中賢の最後の打席で対峙した久保裕也も数少なくなった“實松世代”の一人だ。
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實松には後輩の田中賢の引退でくれぐれも変な考えを起こさないで欲しい。

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