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2019年7月25日 (木)

虹色球団

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3月の“東京野球ブックフェア”で、著者である長谷川晶一さんご本人のブースで買ってから約四ヶ月も経った。つくづく本を読む速度が遅くなったと痛感するが、途切れ途切れながらようやく読み終えた。正直に言うとファンになったのは日本ハムファイターズになってからなのだが、日拓ホームフライヤーズが存在した昭和48年(1973年)は個人的にはプロ野球に興味を持ち始めた年。いろいろと興味深い年であった。その好奇心を満足させてくれる力作に巡り会えた。

長谷川晶一さんといえばスワローズファン。スワローズ関連の著書が多い。
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だが過去には高橋ユニオンズやクラウンライターライオンズといった短い期間のみ存在した球団を扱った力作も著されている。長谷川さんがトークイベントで「日拓の本を今書いていまして…」と言うのを聞いて楽しみにしていた。当初は昨年の11月頃に書店に並ぶと言っていた気がするが…。


日拓ホームフライヤーズというと、“7色(7種類)の日替わりユニフォーム”くらいしか取り上げられない、謎のチームという印象しかない。何せ、東映フライヤーズと日本ハムファイターズの間の一年間しか存在しなかったチームだった。成績も特筆すべき点があった訳ではない。奇抜な策くらいしか話題にならなかったのも無理もない。今よりも“野球は巨人”という時代。プロ野球に興味を持ち始めた少年に、巨人が属さないもう一つのリーグで出来たばかりの球団が奇抜なことをしているという程度の印象しか残らなかったのも事実。個人的には、優勝争いに絡んでいた当時のロッテオリオンズが日拓相手に取りこぼしをした時にオリオンズの金田正一監督が「憎ったらしい」というところを「にったく(日拓)らしい」とダジャレでコメントしたことを何故か50年近く経っても忘れずに覚えている。


前身の東映フライヤーズの“東映”とは現存する映画の東映だ。映画産業はテレビが家庭に浸透するまでは娯楽産業の雄として栄華を極めていた。他に松竹、大映が球団を持っていた時期もあった。日本に今のプロ野球が出来たときには球団が親会社の宣伝のために過度に利用されることがないように公共性の高い業種のみが球団を持てる様になっていた。当時の価値観による公共性の高い業種とは新聞社、鉄道、映画会社であった。だが時代とともに価値観も変わり、テレビの普及によって三業種の中で真っ先に映画産業が衰退していった。最後の砦だった東映もフライヤーズの身売り先企業を探し始めていた。この時に日本ハムが名乗りを上げていたら日拓ホームフライヤーズは存在すらしなかっただろうが、この時には名乗りを上げず、まだレジャー産業になる前の不動産業を主体に急激に売り上げを伸ばしていた日拓が名乗りを上げた。時の首相、田中角栄による“日本列島改造論”が話題となっており、不動産業全体に追い風が吹いている時代背景もあって東映⇒日拓という身売りが断行された。

 

本書では球団を買収した日拓・西村昭孝社長の野心家ぶりも詳細に書かれている。わずか一年限りで志し半ばにして球団を手放すことになるのだが、その一年間に凝縮されたドラマが長谷川さんによって描かれている。東映フライヤーズから引き継いだ選手達を何とか鼓舞しようとあの手この手でやりくりする西村オーナー。上述した有名な“7色のユニフォーム”ばかりが後世に語り継がれているがもちろんそれだけではない。西村オーナーにしてみれば“笛吹けど踊らず”だったのだろう。新生、日拓ホームフライヤーズは…。


この年のパ・リーグを俯瞰して見てみる。他にも西鉄ライオンズの身売りがあり、リーグ自体に危機感があふれており前後期の二シーズン制に突入したのがこの年。この二年後には指名打者制を導入している。“黒い霧事件”による信頼の低下。ONを従えたジャイアンツのV9時代の真っ只中という状況だった。もちろん、子供だった敗戦処理。にはそうした事情を踏まえるほどのことはなく、ジャイアンツのいない方のもう一つのリーグという程度の認識だった。


2004年の球界再編騒動の際にはまず大阪近鉄バファローズが立ちゆかなくなり、当時のオリックス・ブルーウェーブとの合併が発表された。“合併”という形なのである程度選手の身分の保障はされるだろうとの予測は出来たものの一球団減るということの衝撃は大きかった。それを考えればこの年、西鉄ライオンズのみならず東映フライヤーズまで身売り先を探すというのはパ・リーグにとってどれほどの衝撃だったかということは想像に難くない。だが日拓の参入によって最悪の事態は避けられた。一年で身売りしてしまったとはいえ、日本のプロ野球、特にパ・リーグの転換期に存在したこの球団のことをもっと検証されるべきだと感じていたので長谷川さんが取材して出版化を進めていると聞いてワクワクしていたのだ。


長谷川さんは当時の関係者(主に選手)への綿密な取材で綴っている。懐かしい名前が次々と出てくる。今では“カープの元鬼軍曹”として御意見番的に古巣球団に物申すというイメージが定着した大下剛史を始め、東映、日拓、そして日本ハムへとつながるこの時代のOB達から数々の貴重な証言を得て構成している。もちろん、あの張本勲も…。何せ四十年以上前の出来事。当時のキーマンで尊命の方が少ないのかもしれない。それでも新美敏、加藤俊夫、高橋直樹、小坂敏彦、千藤三樹男、小嶋武士、鎌ケ谷で寮長も務めた大室勝美…といった名前を聞くだけでノスタルジックに浸れるような名前が続々と。
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東映、日拓、日本ハムに所属した高橋直は長谷川さんとの取材場所に数冊の写真アルバムを持ってきたそうだ。


ただ肝心の西村オーナーを取材することは出来なかったという。本になって世に出てから、今では日拓グループの会長となった西村氏との会食が実現したと長谷川さんがツイートしていた。


因みに敗戦処理。が記憶している西村オーナーは、後に南海ホークスがダイエーに身売りするという報道が出た頃にテレビ朝日の夜の情報番組『トゥナイト』にゲスト出演した姿。司会の利根川裕氏らとトークしていたが、オーナー当時を覚えているはずもないのに何故か「この人、どこかの球団の…」と思ったことを覚えている。


日拓はその後、パチンコホールの運営など多方面に事業を拡大し、今日に至っている。その後の展開を考えると、あの時球団を持ったことも、一年足らずで手放したことも成功だったのかもしれない。日拓の後を継いだ日本ハムも大社義規という創業者が球団オーナーを務め、並々ならぬ愛情を球団に注ぎ込み、本業にも好影響を及ぼしたことは明らかだが、成績的に黄金時代といえるのは北海道に移転をしてから。あのまま日拓が球団経営を続けていたらどうなっていただろうか…?


現在の日拓グループを率いる息子の西村拓郎社長がオーナーを務める“北海道日拓フライヤーズ”になっていたら、石井一久がゼネラルマネージャーを務める東北楽天ゴールデンイーグルスとの対戦はある意味“遺恨対決”になっていたかもしれない<苦笑>。
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二シーズン制初年度の昭和48年(1973年)。前期5位、後期3位(南海ホークスと同率)、どちらも勝率五割未満で年間成績は5位。新美がパ・リーグの新人王に選ばれた。前年の東映最終年と翌年の日本ハム元年に首位打者に輝いた張本はこの年には打率2位でベストナインに選ばれた。それが日拓ホームフライヤーズの残した足跡だ…。

 

長谷川さんは東京野球ブックフェアでこの本を購入する敗戦処理。にサインを書き入れながら「高橋ユニオンズが三年、クラウンライターが二年だったので何とかして日拓も本にしたかったのですよ」と言っていた。“あとがき”でも触れている。ということは長谷川さんの思い入れが実現した一冊と言うことになる。余談だが高橋ユニオンズを描いた著作が『最弱球団』、クラウンライターライオンズを描いた著作が『極貧球団』だったので日拓本のタイトルは『最短球団』かなと勝手に想像していた。


現在の北海道日本ハムファイターズに連なる球団史は日拓ホームフライヤーズがスタートでもないし、東映フライヤーズがスタートでもない。過去に遡って調べることは個人レベルでは極めて難しい。何しろ札幌ドームでOB戦を開催したときにどの時代のOBにも一律にその年の北海道日本ハムファイターズのユニフォームを着用させた球団だ。球団自体に前身球団などへのリスペクトがあるかどうか懐疑的だ。近年になって“レジェンドシリーズ”と銘打って過去のユニフォームを再現してレプリカを販売したりしているが、それすらも営利目的にしか思えない<苦笑>。だが、ファンであるならば過去の経緯や事実を知って損はない。2023年に新球場への移転が決まっていてバラ色のチーム群像を抱いているファンも少なくないと思うが同じ日本ハム時代にも東京では東京ドームバブルが一段落してからは入場者数が減少の一途だった歴史もあるのだ。そういった日々を経て今日がある。


日拓ホームどころか後楽園球場も知らない世代のファンが急増していると思われるこの時期に長谷川さんが書いてくださったことに改めて感謝したい。


そして、『消えた球団 毎日オリオンズ1950~1957』、『消えた球団 松竹ロビンス1936~1952』といった労作を世に出す野球雲編集部などの存在もある。期待せざるを得ない。

 

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