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2019年5月17日 (金)

ディフェンシブ・シフト~令和のファイターズと昭和の“王シフト”

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今季のファイターズの二大特徴と言えば、ショートスターターと言われるような、先発投手を従来の概念にとらわれずに短いイニングで降板させて継投に走る手法と、相手打者にプルヒッター等の打球方向に偏りがある場合に極端な守備位置で臨む方策が挙げられよう。


個人的には前者に関しては半信半疑、というか半分以上懐疑的だが、後者の極端な守備位置を敷くことに関して書いてみたい。


(写真:左打者の筒香嘉智に対して三塁手を一、二塁間深めに守らせるファイターズ。 2019年3月撮影)

 

 

 

敗戦処理。の年代だと、極端な守備位置というと王貞治に対する“王シフト”が思いだされる。左打席で一本足打法から放たれる打球はほぼ引っ張り一辺倒。元々はカープが地元の協力企業に調べてもらった王の打球傾向に対して一、二塁間を詰めて一、二塁間に三人の内野手を守らせ、外野手も一般的な定位置より右方向(右翼手寄り)に守る。逆に二、三塁間には三塁手が一人で守っているというものだった。王は独特の一本足打法だったのでちょこんとバットを出して左方向に打球を飛ばすという細工がしにくいというのもあったのだろうが、王は相手の極端な守備位置など眼中に無いかのごとく、右方向に強烈な打球を打っていた。「ホームランを打てばどこに守っていようと関係ない」とはっきり言っていたが、“王シフト”で極端に狭められている一塁手と二塁手の間を痛烈なライナーで破っていく打球を何度も見た。


ファイターズが例えばライオンズの森友哉やバファローズの吉田正尚の様なプルヒッターの左打者に対して敷くシフトは一、二塁間に野手を三人配置するシフトの他に内野手を外野に守らせて外野四人シフトもある。“王シフト”は基本的には一、二塁間に野手を三人配置する、全体に右寄りに守るものだったと記憶しているが、当時のジャイアンツと日本シリーズで対戦した阪急ブレーブスは内野手の一人を外野に守らせる外野四人シフトを敷いたことがあると聞いたことがある。


左方向ががら空きならそっちに打てばいいじゃないかとも思うが、当時の王に対する相手チームは仮に王が無人の左方向に打ったとしても「ホームランじゃ無いからOK」という感覚だった。そういう打者だったのだ。


ファイターズの一、二塁間に内野手を三人並べるシフトを見て“王シフト”を思いだしたと書いたが、当時の“王シフト”と今ファイターズがやっているシフトでは似て非なる点がある。かつての“王シフト”は四人の内野手がそれぞれ右寄りにずれて守っていたが、今季のファイターズは三塁手が一塁手と二塁手の間、やや後方に守っていることが多い。これは今季のファイターズではブランドン・レアードが抜けて横尾俊建、淺間大基、石井一成、近藤健介と三塁手が本職とは言えない選手が守ることが多いからとも思えるが、四人とも動かすよりも一人だけ動かした方がリスクが少ないということなのではないか?


古い例だが、かつてファイターズにマット・ウインタースというプルヒッターの左打者が在籍していた時、相手の近鉄バファローズがそれこそ“王シフト”ばりに野手を右に寄せて守っていたことがある。ある試合で、走者一塁と言う場面でウインタースが放った打球は普通ならゴロで一、二塁間を破る打球なのだが、一、二塁間に守っていた二塁手が正面で捕球し、おあつらえ向きの併殺になる、と思ったら二塁ベースカバーに入った三塁手の金村義明が一塁走者のスライディングをよけきれず併殺崩れになったばかりか、金村は負傷して試合から退いた。


今では走者の併殺防ぎのスライディングも過激なものは禁じられているが、普段から走者のスライディングをかわす習慣の無い野手が併殺プレーに関わるのは危険だということだろう。三塁手を一、二塁間に守らせるというのはこうしたリスクを避ける意味があるのかもしれない。


なお、この試合でのウインタースは相手のシフトに関係なく引っ張って討ち取られていたが、同点のまま延長戦に入ってからの打席で左方向に流し打った。その打球はそのまま伸びてレフトスタンドに届くサヨナラ本塁打になった。なんとも皮肉な結末だった。


先ほど今季のファイターズの三塁手を“本職とは言えない”と書いたが、敗戦処理。が気づいた範囲では近藤や淺間といった外野手を本職とする選手が三塁を守っているときには彼らを外野に守らせて外野四人シフトとし、横尾のように内野手を本職とする選手が三塁を守っているときには一、二塁間深めに守らせているケースが多いように思うがどうだろうか?


入団以来一度もファームですら外野を守ったことが無い平沼翔太が三塁を守っている試合で外野四人シフトを敷いた時には平沼で無く二塁手の渡邉諒が外野の位置に守ったのを見たことがある。渡邉も本職は内野手だがファームで外野守備を経験している。ただ単に打球が飛びそうなところに人数を多くするのでは無く、適材適所(という表現が妥当かどうかはともかく…)やりくりしているのだろう。


もちろん走者が二塁にいるときに三塁ベースをがら空きに出来ないとかの制約もあろう。かつてジャイアンツ戦でフレデリック・セペダというスイッチヒッターの選手が走者一塁で左打席に入ったときに、最初は普通の守備体系だったが一塁走者が二盗に失敗して走者無しになったら、打席の途中で三塁手の近藤が守備位置を一、二塁間に移動したのを観たことがある。近藤が急に走り出したので最初は守備位置の変更で外野手と交代するのかと思ったらそうでは無かった。因みにその打席のセペダは四球。


“王シフト”はどうだったのか?と記憶をたどってみても、走者がいる状況では多少シフトが緩かったかは記憶があやふやだ。だが今でも印象深く覚えているのが、王が初めて三冠王に輝いた昭和48年(1973年)の甲子園球場でのタイガース戦。


タイガースの先発、右のアンダースローの上田二郎という投手が好投。ジャイアンツ打線をノーヒットに抑えたまま九回を迎えた。その先頭打者も打ち取り、あと二人でノーヒットノーランという場面で王と対戦。さすがにタイガースも迷った。“王シフト”を敷いて王に流し打ちをされたら上田のノーヒットノーランがフイになってしまうからだ。タイガースはほぼ定位置に守り、王はタイミングを狂わされたのか流し打ちを狙ったのか平凡な遊ゴロに倒れた。結局続く長島茂雄が三遊間をゴロで破る安打を放って上田はあと一人でノーヒットノーランを逃すのだが、晩年の長島の勝負強さと王の打席での駆け引きが野球に興味を持ち始めた敗戦処理。を虜にした。


王が引退して四十年近く経つが、引退した王がOB戦などに出場して打席に立つと相手側が“王シフト”を敷くのがいわばお約束のようになっていて個人的には嬉しい。王が出場するOB戦を生観戦するときには敗戦処理。は極力三塁側のスタンドに陣取る。それはもう足が上がらなくなったとはいえ一応、一本足打法をやってくれるからである。左打席の王が右足を上げると同時にスタンドからシャッター音が一斉に鳴るのも毎度のこと。若い世代のファンは「これが一本足打法か…」と感心しているのが聞こえてくる。出来れば相手の守備がお約束で“王シフト”を敷いていることにも気付いていただきたいものだ。
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大リーグではこうした極端なシフトを取り締まる動きがあるという。因みに現状の野球規則では捕手を除き、すべての野手はフェアグラウンドのどの位置に守ってもかまわないことになっている。ただ最初からファウルグラウンドに守ることは禁止されているので、暴投の多い投手の時に捕手の後ろにあらかじめ野手を守らせることは出来ない。


“王シフト”には一定の成果があったのだろうが、ファイターズのシフトはどうなのだろう。ウインタースの時の金村のような悲劇には気をつけてもらいたいものだ。ただ成否はともかく、いろいろなことを思いださせてくれたことは確かだ。

 

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