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2019年2月 2日 (土)

第3回川崎球場今昔物語 君は川崎球場を知っているか?

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今年で三回目となる、現在はアメリカンフットボールの試合などに使われている富士通スタジアム川崎にて行われる、かつて大洋ホエールズやロッテオリオンズの本拠地球場として使用されていた川崎球場を振り返るイベント『君は川崎球場を知っているか?』2日、行われた。敗戦処理。は昨年に続き、参加してきた。


(写真:トークショーで客席に“投球”する村田兆治氏)



旧川崎球場はJR川崎駅から歩いても約15分の距離だが、バスで向かった。停留所名は『教育文化会館前』だが、交差点がいまだに“川崎球場”なのがありがたい。
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現在はアメリカンフットボールなどに使われる川崎富士見球技場になっており、ネーミングライツで“富士通スタジアム川崎”という呼称になっている。


だからかどうか、今も辛うじて残る外野のフェンスに“TOSHIBA”を消した跡。
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“富士通スタジアム川崎”だからNGなのか、それとも業績が…


個人的な今年の楽しみはスタジアムツアー。昨年も敗戦処理。はこのイベントに参加したもののタイミングが合わずにスタジアムツアーに参加できなかったからだ。Cdscn0586

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元オリオンズ応援団で、球団職員も務めた横山健一氏と、この富士通スタジアム川崎の田中育郎支配人がガイド役を務めて、辛うじてホエールズとオリオンズの聖地の面影が残るこのスタジアムを案内してくれる。


ツアーの参加者にはさすがに年配の方も目立ったが、大半は“川崎球場”を知らないと思われる若い人達ばかり。かくいう敗戦処理。も三回しかこの球場で試合の生観戦をしていないが…。若い人の中にはネットでネタにされるあたかも都市伝説のごとく川崎球場しか知らない人もいたようだが、だとしても実際に足を踏み入れれば少しは感動すると思われるのに、開始までの待ち時間の間、やたらにくだらない川崎球場ネタをひっきりなしに話している人がいて辟易した。ツアー開始時に横山氏が「この中で実際に川崎球場で試合をご覧になった方はどのくらいいますか?」と聞くと約50人の参加者の半数くらいが挙手していたがその人は「え、嘘…」と呟いていた。そういう人も含めて良い機会なのでぜひ川崎球場を体験して欲しいと感じながら付いていった。


入口の脇にある駐車場が当時はグッズ売り場だったと横山氏から紹介があり一同びっくり。
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「当時はこのくらいのスペースがあればグッズ売り場としては充分だったのですね」と横山氏は言っていた。一番売れていたのはジャイアンツのグッズだったとか<苦笑>。横山氏は終始自虐ネタを交えて笑いを取っていた。


ライトのフェンス前へ。上述した様に野球場としての面影は薄いがグラウンドの後方にあるマンション“ハウスプラザ角倉”は健在。
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あの『10.19』でスタンドに入りきれなかったファンが集結したことで有名。二年前のこのツアーではマンションの管理人さんの許可を取って階段に上ったそうだ。

そして川崎球場のフェンスと言えば、昭和52(1977)の大洋対阪神戦での阪神・佐野仙好外野手のフェンス激突事件。
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フライを追ってフェンスに激突したのだが、当時のフェンスがコンクリートそのままだったので捕球したまま倒れて動けなくなった。これを観た一塁走者の野口善男がタッチアップをしたため審判員も試合を中断できず、一塁から一気にホームイン。センターのバックスクリーンのところから救急車が入って佐野はそのまま搬送された。この事件をきっかけにプロ野球公式戦を行う球場のフェンスにはラバーを付けることが義務化され、また、インプレー中であっても審判員の判断で試合を停止できることになった。「タッチアップされたので試合を止められなかった」とこのツアーでも説明されたが、当時を知らない人に印象付けるなら「一塁走者がタッチアップして、倒れている間にホームインした」と説明して欲しかった。


回のツアー参加者の中にその試合をスタンドで観戦していた人がいた!素晴らしい!もちろん佐野はレフトだったので事件のあった場所は現在ではなくなっているが…


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その時救急車が入ってきた場所から外へ。もちろんふだんは閉鎖している。削られた外野席の残骸を見ると感慨深いものがある。
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外野フェンスと、今も一部ではあるが残る照明灯を川崎市の“指定文化財”として登録し、残すための署名を募る用紙もこの日配っていた。
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他にスタンドではそれこそ都市伝説となった“流しそうめん”が再現されていた。
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田中支配人によると、この企画に横山氏は反対したという。わかる気がする。横山氏は応援団だったのだ。たまたま行われただけに過ぎないファンの悪ふざけをあたかもこの球場の名物のように扱われるのを不快に感じたのだろう。敗戦処理。もスタンドで見物したが、当時を知るよしもない若いスタッフ達が面白おかしく真似事をしているのを見て「何か違うんだよなぁ」と感じた。誤解の無いように書くが敗戦処理。も当時体験したわけではない。


そうこうしているうちに村田兆治氏と、元ニッポン放送でフリーアナウンサーの松本秀夫氏によるトークショーが始まった。
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村田氏は今の自分があるのは恩師にあたる金田正一氏のお陰だという話から始まり、周りの人に感謝することの大切さを語ったかと思えば、練習したのは負けたくないから、勝ちたいからだと語り、何を思ったか会場の客を相手に投球を披露(冒頭の写真)。松本アナが「現役時代に148の暴投を投げた人です」と補足して周囲の客を恐怖に陥れた<笑>。


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歳になる今も速球が健在なのはよくわかったが、この日のテーマである川崎球場に関しては「狭いから打ち取ったと思った打球が本塁打になった。この狭い球場に慣れていたから東京ドームでは一度も負けなかった」と言う程度だった。主催者はきちんと趣旨を伝えたのだろうか?それとも…<苦笑>


昨年はトークショーの後にサイン会があったので敗戦処理。も村田氏の現役時代の野球カードを持っていったのだが、事前に用意したサイン色紙を、クイズ大会を行って勝ち残った人にプレゼントすると言うことに。村田氏に因んだ○×二択の問題で勝ち残り式。「村田さんはセーブ王のタイトルを獲得したことがある!?」、「トミー・ジョン手術の“トミー・ジョン”とは手術方法の発案者のことである!?までは正解できたがそこまでだった、残念。


その後は抽選<!?>で選ばれた10人と村田氏がひとりずつキャッチボール。これは羨ましかった。
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柔らかいボールと硬球、どちらかを選べる。中にはフォークボールを要求する強者もいた。当選者の中には女性もいて、村田氏が優しく「立ったままで」と声をかけていたが小林誠司のファンだそうで座っての捕球にこだわっていた。因みに10人の中には敗戦処理。の知人もいたようだ。


メインイベント<!?>が終わったのでとりあえず腹ごしらえ。球場名物“肉うどん”が今年も出店している他、もうひとつの名物、ラーメン店も出店。
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こちらは当時の店主さんが既に引退しているので似せた味と言うことだった。ただ松本氏によると、次回は当時の“金子商店”さんが協力してくれそうだとか。


またフリーマーケットも開催されていた。
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選手のサイン入りグッズを高値で売る人や、野球と全く関係が無いと思われる出店も…。


そしてイベント関連の展示を見に『かわQホール』へ。
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昨年はトークイベントもロッテ勢(愛甲猛氏、前田幸長氏、元近鉄村田辰美)の他に元大洋ホエールズの土井淳氏と中塚政幸氏によるものも行われたのだが、今年は村田氏だけ。大洋ホエールズの本拠地としての川崎球場を振り返るのがこの『かわQホール』内での展示のみと言うのが寂しかった。
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しかもメインは村田兆治氏。当時地上波で生放送された村田氏の引退登板の映像が流され、この日のスポーツニュースでの映像も。
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最終登板で五回降雨コールドとはいえ村田氏は完封勝利だった。村田氏の奥さんとお母さんが球場に呼ばれていたシーンが流されていたが、当時の生中継で村田氏ファンのタレント佐野量子(現.武豊騎手夫人)が一人でスタンド観戦していたのが映された記憶がある…。


もちろん、片隅には『10.19』のDVD映像も。
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ちょうど「This is プロ野球!」のシーン。


有藤道世監督の抗議による中断のシーンも
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「空気を読まない有藤」と喋っていた若いファンがいた。…30年経った今も悪者扱いされる有藤氏は気の毒と言うしかない。このDVDを通しで見ると、他に時間が足りなくなるもっと重大な原因に気付くのだが…風評被害<!?>恐ろしい…。


全体を通して昨年の方が充実していた感じだ。“川崎球場”を振り返るならロッテオリオンズだけでなく大洋ホエールズにももっと踏み込んで欲しかった。それでなくても『10.19』と“流しそうめん”だけの情報で川崎球場を語ろうとするファンが少なくないのだから…。そして不謹慎な言い方になるが、ホエールズが横浜スタジアム移転で川崎球場を去ってからもう40年以上が経っているのである。年数が経てば経つほどこれからは大洋ホエールズを語れる人が少なくなってしまう懸念もあるのだ。もっとも、田中支配人によれば今年の横浜DeNAベイスターズによる70周年企画で川崎球場時代にはほとんど触れられないらしい。どちらも寂しい限りだ。


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松本氏が発起人になる、上述の外野フェンス及び照明灯を残し、川崎市の指定文化財にするための請願も意義のあることだとおもう。昨年のトークイベントで元近鉄バファローズ他の村田辰美氏が語った「パ・リーグでは日生も藤井寺も、西宮も平和台ももう無い。形は変わっているけど、川崎球場がまだあるというのは大切なこと」を改めて強く感じた。


昨年は前日に雪が降り、当日に残らなかったものの無茶苦茶寒かった記憶がある。それに比べれば今年は“天国”だった。だがそれだけに若干の不満が残った。松本アナは「これから宮崎に行きます」と言っていたが春季キャンプがスタートしている2月の週末に行うことも含めて次回見直していただき、また意義のあるイベントを行って欲しい。、


 【参考エントリー】201824日付エントリー
かわさき球場、今からみるか?昔からみるか?-川崎球場同窓会

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