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2018年12月30日 (日)

近鉄バファローズOB会消滅へ

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年末に寂しいニュースが入ってきた。2004年のシーズンを最後にオリックス球団と合併した近鉄バファローズのOB会が来年1月の総会を最後に消滅するという。球団が合併されてからも近鉄本社の支援が続いて近鉄バファローズ単独のOB会として継続していたが、新たな加入者も無く、現役で近鉄バファローズのユニフォームを着ていた選手も近藤一樹、坂口智隆、岩隈久志の三人だけ。先細りの一方ということで区切りを迎えることになった。


折しも合併したオリックス・バファローズも来季からチームのロゴをブルーウェーブ、ブレーブス、バファローズの三つの魂を統合する“Bs”から“B”に変更すると発表があって嫌な予感がしていた矢先に…。


旧バファローズのファンで無い敗戦処理。にこの話を語る資格はないかもしれないが、一人の野球ファンとしての感想を書く。


(写真:かつて近鉄バファローズが本拠地として使用していた藤井寺球場。 20028月撮影)

 

◆ 近鉄OB会消滅へ 在籍した現役は巨人岩隈ら3選手
日刊スポーツ20181229


球団がオリックスに吸収されてしまったため、“近鉄バファローズ”(最終時には“大阪近鉄バファローズ”)のOB会の対象となる入団選手が2004年を最後に途切れたことと、残念ながら鬼籍に入る方もいれば会員は減る一方。少なくとも対象者が増えることは無い。現役選手は引退後に加入としても、現役なのはセ・リーグのスワローズに所属する近藤一樹坂口智隆に来季ジャイアンツに入団する岩隈久志の三選手だけとなった。
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近鉄本社が支援していたというが継続できなくなったようだ。


実は今年の初めにもOB会の存続を危ぶむ報道があった。

◆ 球団統合から14年…近鉄OB会存続ピンチ 近年は参加者減少
スポーツニッポン2018114


近鉄本社が支援していたというが、近鉄が球団を手放す十年くらい前から、敗戦処理。は近鉄には球団を手放してもらい、どこか新興企業に身売りしてもらえないかと考えていた。

野茂英雄を任意引退にして、大リーグに移籍させてしまった。

ドラフト1位で指名した福留孝介に入団に難色を示されると、野球協約で禁じられている将来の移籍を認める形での入団を提案。

石井浩郎に対し、年俸の減額制限を超える減俸を提示し、拒否されても強要しようとした。


1990年代中盤以降、近鉄球団フロントは立て続けに失態を犯した。野茂英雄の大リーグ移籍は結果的にはその後の日本人選手のメジャー移籍の道筋をつくるきっかけになったとはいえ、当時のルール、球団経営としては汚点の一つに数えられよう。チームは当時の常勝球団、ライオンズの対抗馬として正反対というか好対照のチームカラーで幾多の名勝負を遂げてきた個性溢れる球団だったが、身売りの多いパ・リーグで唯一創立時から変わっていない球団という点に敬意を表しつつも、そろそろ近鉄=近畿日本鉄道にはお引き取りいただいた方がと思っていた。


もちろんそれは後のオリックスとの合併を賛成している訳では無い。
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あの時ですらライブドアがすぐに名乗りを挙げたし、結果として楽天とソフトバンクが新たに球団の親会社になったのだ。楽天かソフトバンクのどちらか一方が近鉄を買収していればと今でも思っている。


余談だが、まだ球界再編騒動が勃発する前、敗戦処理。が参加していたネットの掲示板で盟友とも言えるジャイアンツファンが議論系の掲示板(会議室)にパ・リーグの危機という投稿をして物議を醸したことがあった。当時、ホークスの親会社であるダイエーの有利子負債が天文学的になっていたので、もう一社経営不安な会社が出てきたらパ・リーグはとんでもないことになりかねないという趣旨のものだったが、発言の主がジャイアンツファンということで強く否定された。その会議室の常連氏が「ダイエーは確かに危ないが、他にどこが不安なのか?親会社の規模はセ・リーグより大きい。まさか近鉄とか言いませんよね?日本でJRを別にすれば一番大きい私鉄が揺らぐようならパ・リーグどころか日本の危機」とまくし立てたが、実際にそうなってしまった。


さすがにオリックス・阪急のOB会に合体する…という訳にはいかないだろう。
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今年の2月に旧川崎球場で行われたイベントに参加したOBの村田辰美氏は「合併吸収されたときに“バファローズ”の名前が残ったけど、僕は遺さないで欲しかった。名前も消して欲しかった」 と語り、100人~200人くらいの会場から大きな拍手が起きた。村田氏は合併当時には既に現役を引退して球団からも離れていたがOBとしてはそういう感覚なのかもしれない。


一方で冒頭でも触れたように一方で合併吸収した側のオリックス・バファローズはこれまでブルーウェーブ、バファローズ、ブレーブスの三つの魂が一つになってという意味での“Bs”というロゴを来季から“B”に変更することを発表した。


そういえば大阪近鉄バファローズが最後まで使用していた、かつて千葉茂監督に頼まれて岡本太郎氏が考案したという猛牛マークも吸収によって消えてしまった。
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その後もグループの近鉄物流があのマークを引き続き使用していたが、この会社も他資本に売却されたそうで、マークを使う会社も無くなった。

◆ プロ野球オリックスのロゴ、Bs→Bに 消えた理由とは
朝日新聞デジタル20181125


もっともらしい理由が書かれているが、一般のよく知られた企業同士の合併でも当初は両方の社名を残す新社名でスタートしても、いつしか吸収された方の社名が消えていくことがあるのと同様にこのロゴ変更が何かを示唆していると寂しく感じてる旧バファローズファンも少なくない様だ。


近鉄バファローズより30年以上前に身売りを経験した西鉄ライオンズのOB会が今も続いているようだ。

◆  東尾、池永らが参加 西鉄ライオンズOBらが大忘年会
朝日新聞デジタル2018年12月18日


“近鉄バファローズOB会”がその役目を終えてもファンの胸に刻まれた近鉄バファローズOB達の勇姿が忘れられて色褪せることは無いだろうが、失ってから気付いても手遅れになるものもある。残念なニュースだ。

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コメント

まず、西鉄ライオンズOB会が残っているのは、本拠地こそ移転したものの単独身売りで後継球団(西武ライオンズ)があるというのが大きいと思います。
将来的に、西鉄~西武までひっくるめた「ライオンズOB会」の結成が可能ですし。

また、村田辰美氏が「バファローズ」の名前を消してほしかったという気持ち、理解できます。
もう近鉄の後継球団は出ないのだから、バファローズの歴史もここまでにしてほしいという思いがあったのでしょう。
(合併という建前上、オリックスもすぐに「バファローズ」の名前を消せないという事情はあったと思いますが)

オリックス球団の"Bs"から"B"への変更は、勇者党としては嬉しい限りです。
"B"1文字は"Braves"の復活を思い出させるからです。
ニックネームが「ブルーウェーブ」になってからも、しばらくは"B"1文字でしたが、1993年にホエールズが「ベイスターズ」に愛称変更したのもあり、(おそらくは1994年から、遅くとも1995年から)"BW"に変更になりました。
勇者・青波党としては、本拠地で譲っているのだから、愛称については非情な上でも「バファローズ」は消すべきだと感じています。
逆に、近鉄がオリックスを吸収合併したのであれば、「ブルーウェーブ」は消されて仕方ないと思っています。

最後に、ファンでないチームの話題について書くのは何の問題もないと思います。
第三者の視点からの意見も知ることができるからです。
もし気にされるようであれば、「第三者からの目線で書かせていただくが」など一言入れておくのもよいかもしれませんね。

xyz様、コメントをありがとうございます。

> まず、西鉄ライオンズOB会が残っているのは、本拠地こそ移転したものの単独身売りで後継球団(西武ライオンズ)があるというのが大きいと思います。
将来的に、西鉄~西武までひっくるめた「ライオンズOB会」の結成が可能ですし。

なるほど。この点ははっきりした違いがありますね。

> ニックネームが「ブルーウェーブ」になってからも、しばらくは"B"1文字でしたが、1993年にホエールズが「ベイスターズ」に愛称変更したのもあり、(おそらくは1994年から、遅くとも1995年から)"BW"に変更になりました。

古い「ファン手帳」を探し出したところ、1991年にブレーブスからブルーウェーブに変更して、1991年から選手の帽子がBWマークになっていました。

> 勇者・青波党としては、本拠地で譲っているのだから、愛称については非情な上でも「バファローズ」は消すべきだと感じています。

なるほど。端から見ると、“本拠地で譲った”のではなく“いいとこ取り”したように思えました。ドーム球場の利便性、保護地域を阪神とかぶる兵庫県から大阪府に移す。近鉄球団の負債も吸収しなければなりませんが、利用できるものは利用すると。

> 最後に、ファンでないチームの話題について書くのは何の問題もないと思います。
第三者の視点からの意見も知ることができるからです。
もし気にされるようであれば、「第三者からの目線で書かせていただくが」など一言入れておくのもよいかもしれませんね。

ありがとうございます。

ファイターズやジャイアンツ以外の話題も書いてはいるのですが、特に現存していない球団なので思い入れの強い方のお気持ちに配慮するつもりで書きました。

補足です。
略称の表記については、帽子の表記ではなく、スコアボードの表記です。
こちらの画像を見ると、1993年時点では、ブルーウェーブが"B"で表記されているのがわかります。
https://www.youtube.com/watch?v=7lx8gwQV64w&t=55s

xyz様、コメントをありがとうございます。

> 略称の表記については、帽子の表記ではなく、スコアボードの表記です。
こちらの画像を見ると、1993年時点では、ブルーウェーブが"B"で表記されているのがわかります。

これは失礼しました。

同じく「ファン手帳」で調べると、横浜大洋ホエールズが横浜ベイスターズに改称したのも1993年。頭文字“B”の球団がかぶった形になりますね。

しかし横浜ベイスターズは“YB”だったような…。

失礼ながらベイスターズとかぶるというのは口実で、ブレーブスを連想させる“B”から変えたかったのではないでしょうか?

身売りの時の「“ブレーブス”という名前は残す」というのも反故にしましたし…。

ただ“阪急”がなくなっても、阪神の略記は“神”のままなものが多いですね。阪急も“急”と略記して紛らわしくない様にしていましたが強いて“阪”といったら阪急だったような。

> 失礼ながらベイスターズとかぶるというのは口実で、ブレーブスを連想させる“B”から変えたかったのではないでしょうか?

もしそうであれば、1991年時点でブルーウェーブは"BW"にしていたと思います。
近鉄バファローズが"Bu"で、勇者、青波が"B"ということで3年間続けてきたのですから、"B"で始まる球団がこの2つだけなら、オリックスもそこまでこだわらなかったのではないかと思っています。
1993年からホエールズが「ベイスターズ」に変更したことによって、ニックネームが"B"で始まる球団が3つできたことでブルーウェーブを"BW"にしたのではないかと思っています。

あと、阪急がなくなっても、阪神を「神」表示し続けたので、オリックスの2軍が「サーパス神戸」になった時は、日本語の略称は「サ」で、アルファベットの略称は"SK"でした。
("S"はスワローズの略称でしたから)

xyz様、コメントをありがとうございます。

> もしそうであれば、1991年時点でブルーウェーブは"BW"にしていたと思います。
近鉄バファローズが"Bu"で、勇者、青波が"B"ということで3年間続けてきたのですから、"B"で始まる球団がこの2つだけなら、オリックスもそこまでこだわらなかったのではないかと思っています。

なるほど。失礼しました。邪推が過ぎたようです。

> あと、阪急がなくなっても、阪神を「神」表示し続けたので、オリックスの2軍が「サーパス神戸」になった時は、日本語の略称は「サ」で、アルファベットの略称は"SK"でした。
("S"はスワローズの略称でしたから)

いっそのこと、26種類しか無いアルファベット一文字で略さずに、大リーグの三文字とはいかないまでも二文字にする習慣をつけるのも一案かもしれませんね。
(半角2文字なら全角1文字に相当するし)

蛇足ながら巨人軍の帽子の“YG”マークは大リーグのヤンキースの“NY”を参考にしたそうですが、ニューヨークだから“NY”なのにニューヨーク・ヤンキースだから“NY”だろうと勘違いして読売ジャイアンツだから“YG”にしたそうです。正しく理解していたらどんなデザインになっていたのでしょうか?

さんくす♪(o ̄∇ ̄)/悲運のチームでしたが10.19川崎決戦も藤井寺・日生・大阪・ナゴヤ球場も応援に行きました。

竜ちゃん様、コメントをありがとうございます。

> 悲運のチームでしたが10.19川崎決戦も藤井寺・日生・大阪・ナゴヤ球場も応援に行きました。

そういう魅力があったチームだと思います。

ファイターズファンとしてはとにかくいつもよく打たれた…。

自業自得。何せ、創立時から万年下位クラスの常連で、西本幸雄氏が監督に就任してから、1979年に初優勝したって、現OB会派の代で当時の日本シリーズに出場してもだ、翌80年のシリーズにも広島カープに2度破れたり、後代の方でも中の選手の一人が1989年に激突した巨人に向かって「ロッテより弱い」の一言に似た発言をして、巨人の猛怒に触れて当年のシリーズに惨敗して日本一の座を取り逃がしてしまったんだから、どう足掻いたって、最後代陣に会を継承してくれとは言えんがな~?!15年前の同リーグ(パ)の対戦相手のオリックスにチーム合併という形式で球団経営を渡す際のときのことでも、何せぬ指食わえるで黙ってのフリをしてたんだから、そりゃ~会が存続できぬに終わるのは仕方なしだよ。

クロスターズ 様、コメントをありがとうございます。


> どう足掻いたって、最後代陣に会を継承してくれとは言えんがな~?!


それはどうでしょうか。あなたが近鉄バファローズというチームを嫌おうがそれは自由ですが、既にコメントをいただいた過多の意見を観てもわかる様に、これから先、対象者が減ることはあっても増えることはないので、仕方ないのかもしれません。

それも含めて“自業自得”だとおっしゃりたいのかもしれませんが、経営の問題点と、所属したOB達の問題を一緒にするのはどうかと思います。

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