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2018年12月31日 (月)

今年の1枚-2018年

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一年の最後のエントリーは今年もこの一年の間に敗戦処理。が野球に関して撮影した写真の中から最も思い入れの強い1枚を選ぶエントリーにする。


今年の1枚-2018年は823日に東京ドームで撮影した上の写真を選んだ。


東京ドームで行われたファイターズ対ホークス戦。始球式などの試合前のセレモニーが全て終了し、試合開始直前にファイターズの一塁手、中田翔が帽子を取って挨拶をしている。挨拶をしている相手は…



本当は挨拶をしている相手を一緒に一枚に収められたらよかったのだが、失敗した。中田翔がこの時に挨拶をしている相手はホークスの一塁ベースコーチに立った水上善雄内野守備走塁コーチ。
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試合が始まる一回表。グラウンドを注視すると、あっちこっちで挨拶するシーンを観ることが出来る。守備に付く選手達がそばにいる審判員に軽く会釈する。一回裏も同様。一塁、三塁両コーチも同様だ。試合の進行を司る審判員への敬意を表明することは素晴らしいと思う。その日初めて打席に立つときに球審に軽く会釈する選手や、出塁したときに塁審に挨拶する選手も。


そしてその延長線上にある習慣なのだろうが、タテ社会の野球界、先輩後輩関係などのある相手選手とも挨拶が交わされる。これは厳密に言うと公認野球規則4.06にある“ユニフォーム着用者の禁止事項”で禁じている「(2)監督、コーチまたはプレーヤーが、試合前、試合中を問わず、いかなるときでも観衆に話しかけたり、または相手チームのプレーヤーと親睦的態度をとること。」に抵触しているだろう。加藤良三元コミッショナーは角界で八百長騒ぎがあったときに力士間の連絡方法が携帯電話での会話だったことから他山の石とする意味で観客を入場させてからの相手との会話を禁じる通達もしたほどだ。


だが実態として、親睦的態度に当てはまるかはともかく、武道でいう礼に始まり礼に終わる的な発想からすれば相手チームのコーチや選手との会釈程度は許されるであろうし、現実に日常的に行われている。


中田と水上コーチでいえば、中田が入団したタイミングで二軍監督に就任したのが水上だという関係がある。現役を引退後、ユニフォームを再び着ることの無かった水上を当時の高田繁ゼネラルマネージャーが前年の2007年にファームのコーチとして招聘し、ファームの監督だった福良淳一が一軍のヘッドコーチに転身するのに合わせて水上がファイターズのファームの監督に昇格したのだった。


そのタイミングでファイターズに入団した中田は、高校時代に唐川侑己、由規(佐藤由規)とともにBIG3と言われ鳴り物入りで入団したもののすぐには開花せず、一年目と二年目はファーム暮らしを強いられた。いわゆる、やんちゃ気質の中田を真っ当なプロ野球選手、いやその前に真っ当な一社会人に教育したのが当時の水上ファーム監督と言われている。


ダルビッシュ有菅野光夫寮長、中田と水上ファーム監督。育成に定評のあるチームに長く語り継がれる師弟関係だが、ファイターズは水上ファーム監督を2009年限りで解任。師弟関係は二年間で氷解した。もっとも、中田は2010年から主戦場を一軍に移したが…。


水上はその後、評論家生活を経てホークスから招聘される。ホークスは巨大戦力を擁しながら、育成にも力を注いでいるチーム。2014年に三軍統括コーチ兼ファーム内野守備チーフコーチに就任すると、翌2015年に二軍監督に転身。三年間二軍監督を務めた後、今季は一軍の内野守備走塁コーチを担当した。中田の方はその間、ファイターズの主砲として活躍しているからグラウンドでの再会はファイターズを退団した2009年以来だろう。儀礼的な挨拶シーンなのかもしれないが、この日では無く今季の初対戦ではお互いの胸に去来するものがあったのだろう。


残念ながらこのシーン、来季はまた見られなくなる。水上コーチは日本シリーズ終了後に退団を表明した。理由は定かでは無いが育成名人がユニフォームを脱ぐ。


本エントリーの趣旨とは直接関係ないが、工藤公康が監督になってからのホークスはチームが好成績であるにもかかわらず、コーチの退任が相次ぐ。


工藤監督が就任した2015年。リーグ優勝、日本一を果たしながらオフに吉井理人投手コーチが退団し、すぐにファイターズに移った。リーグ優勝と日本一を奪回した2017年のオフには佐藤義則投手コーチ、鳥越裕介内野守備走塁コーチ、清水将海バッテリーコーチが退団。この三人はすぐに同一リーグのライバル球団に移った。そして今年は水上コーチと達川光男ヘッドコーチ。一軍コーチに限定してもこの人数だ。成績が悪くて責任を取らされたとも思えない。特に達川ヘッドは2016年にファイターズに大逆転で優勝をさらわれて工藤監督を補佐する役割のコーチがいないということで2017年に招聘された人物だ。


そもそも水上コーチもファイターズが初めてのコーチ稼業。中田を始め、プロに入ってきたばかりの若い選手の指導で実績を挙げた人物だ。ホークスもそこを評価して招聘したのでは無いのか?三軍の統括から始まり、二軍、一軍と昇格した形に見えるが、選手と違い、指導者が三軍、二軍、一軍と異動するのは論功行賞的な側面があるとしたら必ずしも適材適所となるとは限らないだろう。


ホークスは達川ヘッドの後任に作戦コーチ兼バッテリー補佐コーチの森浩之を昇格させ、水上コーチの後任には現役を引退したばかりの本多雄一を抜擢したが、失ってはならない貴重な人材を失ったのでは無いか。


現役を引退してから14年間ユニフォームを着ていなかった水上に声をかけた当時のファイターズ、高田GMは水上が野球教室で丁寧にちびっ子達に野球を教えている姿を見てコーチ招聘を決めたという。ファイターズを退団した翌年の2010年に水上が講師として参加した野球教室を見る機会があった。水上を含む数名のプロ野球OBが約500人のちびっ子を指導していた。
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途中、ちびっ子一人一人と指導するOBが数球ずつキャッチボールをするコーナーがあった。短時間の間に一人あたり100人近くのキャッチボールをする計算だ。ともすれば機械的になりがちだが、水上はただ一人、キャッチボールをしたちびっ子全員に挨拶をした。ほんの数球のキャッチボールでも一人一人と、礼に始まり礼に終わるを励行する。そんな水上の姿に感動したものだった。
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水上はホークスを退団した。先に挙げたような例と異なり、ライバル球団への移籍では無い。ここに来てスポーツ新聞各紙が各球団の今季限りで退団する選手、コーチ、監督の進路を紹介している。スポーツニッポンとスポーツ報知によると水上前コーチの進路はともに未定となっている。人気ドラマ『相棒』で水谷豊扮する杉下右京に似た語り口の解説をまた聞きたい気持ちもあるが、ファームからの選手供給に力を入れる球団が無くならない限り、水上善雄を必要とする球団が出てくるだろう。


中田はファイターズと2019年からの三年契約を結んだ。ともすれば複数年契約の一年目は成績が落ちがちだが、水上ファーム監督に鍛えられた二年間を忘れずに来季も今季以上にファイターズファンを喜ばせて欲しい。


今年は訳あって生観戦の機会を激減させてしまった。そんななか、選んだ今年の1枚は一方の贔屓チームの主砲に初心を忘れて欲しくないという気持ちで選んだ。


最後になりましたが、今年も一年間、拙blogにお付き合いいただきありがとうございました。

どうぞ皆さん、良いお年をお迎え下さい。

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