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2018年7月29日 (日)

【悲報】岡大海、マリーンズでの背番号は39に。これでまた“背番号18”の野手が消える。

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シーズン中の交換トレードでファイターズからマリーンズに移籍することになった岡大海。交換相手の藤岡貴裕がマリーンズで“背番号18”だったことから移籍先のマリーンズでも引き続き“背番号18”を付けるのかと思ったが発表された背番号は39だった。


岡はファイターズでは昨年から“背番号18”をつけたが、“投手のエースナンバー”というイメージが日本では定着している“背番号18”を投手以外、野手が付けたのは1987年のホエールズ、シクスト・レスカーノ以来で、1987年は昭和62年だから平成では唯一。日本人の野手に限定すると1963年~1964年にドラゴンズの小木曽紀八郞という内野手以来で、パ・リーグでは初。


パ・リーグでは初だった野手の“背番号18”の岡が移籍を機に新しい背番号を背負うことになって個人的に関心を持っていた記録も立ち消え…。

 



清宮幸太郎が“背番号21”に決まった時にも投手のイメージが強い背番号と言うことで話題になったが、“背番号18”はそれ以上に投手らしい背番号。もっともこれは日本だけの習慣でアメリカ大リーグには無い感覚らしい。上述した通り、岡大海の前に日本で“背番号18”を付けた野手がホエールズに在籍したシクスト・レスカーノだったということは、当時も日本のファンには違和感があったろうが、本人はそれほど気にしなかっただろう。逆にジャイアンツでショートリリーフが役どころだった柏田貴史がニューヨーク・メッツに在籍した時に“背番号18”を与えられたが、アメリカのファンからブーイングは起きなかっただろう<>!?


二リーグ制になってからの投手以外の“背番号18”を調べてみた。下段は背番号18の期間の成績。

小前博文 1950年カープ 外野手
29
試合67打数13安打0本塁打1打点、打率.194

河西俊雄 1950年~1952年タイガース 内野手
325
試合965打数263安打2本塁打78打点、打率.273

与儀真助 1953年~1954年タイガース 内野手
252
試合893打数248安打18本塁打109打点、打率.278

藤重登 1959年~1961年タイガース 捕手
122
試合253打数60安打4本塁打11打点、打率.237

小木曽紀八郞 1963年~1964年途中ドラゴンズ 内野手
公式戦出場無し

レスカーノ 1987年ホエールズ 外野手
20
試合69打数15安打3本塁打7打点、打率.217

岡大海 2017年~2018年途中ファイターズ外野手
88
試合176打数29安打0本塁打14打点、打率.165

抜けや誤りがあったら申し訳ないが、ご容赦いただきたい。


この中で年間の規定打席に立ったのは1950年と1951年の河西俊雄1953年と1954年の与儀真助のタイガース勢だけ。レスカーノを除くと敗戦処理。が野球に興味を持つ以前の時代の選手なのでよくわからない。レスカーノは開幕して一ヶ月か二ヶ月くらいで自信を喪失して退団してしまったいわく付きの外国人選手なので今でも時折話題になるが…。


上述した様にパ・リーグの選手が岡以外にいない。岡は“背番号31”を付けていた2014年~2016年の三年間には157試合425打数114安打6本塁打38打点、打率.268。特に背番号変更直前の2016年には41試合131打数49安打2本塁打12打点、打率.374と打撃面での成長が著しかっただけに“背番号18”への変更が仇になったかのように思えてしまう。


岡は昨年と今年のトレードされる前までの間、“背番号18”の野手として本塁打を打つことが出来なかった。打っていればもちろんパ・リーグの野手の“背番号18”の選手としては初の快挙であり、最多記録になるところであった。


そして、セ・リーグと違って指名打者制を導入していて投手が打席に立つことがほとんど無いパ・リーグにおいて“背番号18”の選手が本塁打を打つこと自体が珍しく、パ・リーグで最後に“背番号18”の選手が本塁打を放ったのは200669日の対タイガース戦でのライオンズ、松坂大輔になる。


また、岡が所属していたファイターズでは2005521日の対ジャイアンツ戦での岩本勉以来となる。


松坂も岩本も、指名打者制が導入されない交流戦でのセ・リーグ主催試合。パ・リーグで指名打者制が採用されてからのパ・リーグ同士の公式戦では“背番号18”の選手による本塁打は誰も打っておらず、パ・リーグ同士の公式戦で“背番号18”の選手が本塁打を放ったのは指名打者制導入前年の1974929日に阪急ブレーブスの米田哲也が対近鉄バファローズ戦で放ったのが最後となっている。因みに米田は“背番号18”の選手としては最多となる33本塁打を放っている。


また、この指名打者制導入前年の1974年にはファイターズに途中入団したマイク・ケキッチという外国人投手が“背番号18”を付けて、726日のブレーブス戦で本塁打を放ったという記録も残っている。


1974年という年は日本ハムが球団を所有して日本ハムファイターズになった最初の年。しかしこのケキッチが日本ハムファイターズの初代“背番号18”ではない。ファイターズの初代“背番号18”はパール・スノーという外国人投手であり、上述のレスカーノ以上のトンデモ外国人選手。スノー、ケキッチ、ジョージ・カルバー、高橋一三、河野博文、岩本勉、藤井秀悟、斎藤佑樹と受け継がれて岡がファイターズ9代目の“背番号18”であった。最長は河野の11年間。次が岩本の10年間。


岡には“背番号18”でいる間に本塁打を放って欲しかったが、今回の移籍、背番号変更で敗戦処理。の願望は夢となった。


マリーンズが岡を欲しがった理由は好調だった荻野貴司が右手人差し指の骨折で長期離脱したためその穴を埋められる外野手を欲していたからと報じられている。
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しかしファイターズでも今季好調を維持していた外野手の大田泰示が左手小指の骨折で離脱をしていて岡にはチャンスだったはずだ。実際、大田離脱の直後には岡一番、西川遥輝二番というオーダーが組まれたほどで栗山英樹監督の期待も大きかったのだろう。


マリーンズの“背番号39”岡は今日(29)出場選手登録された。対戦相手のライオンズの予告先発がサウスポーの榎田大樹だけにいきなりのスターティングメンバー抜擢も有り得ると思う。岡には背番号やチームが変わっても活躍して欲しいが、ファイターズでもう一皮むけなかった岡が新天地でブレークしたら、かつて大田が加入してブレークした時に大田の古巣、ジャイアンツの育成力を批判した一部のファイターズファンがどんな反応を示すか興味深いが…。


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一方でマリーンズの“背番号18”藤岡貴裕は同じ背番号同士の交換トレードであるにもかかわらず、ファイターズでの背番号は市川友也が今季途中にホークスに移籍するまで付けていた背番号56。


投手でなくても『エースをねらえ』の岡にはエースナンバーを与えるファイターズだが、投手には“背番号18”を簡単には渡さないのだろうか?近年、マリーンズで先発投手として再生させるのか?リリーバーとして鍛え直すのかハタから見ていて目指す方向性がわかりづらかった藤岡をファイターズがどう戦力化していくかも興味深い。

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