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2017年5月 4日 (木)

ファイターズの今年の『レジェンドシリーズ』は東映時代

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日、ファイターズは『レジェンドシリーズ2017として、前身球団の東映フライヤーズが日本一に輝いた1962年(昭和37年)のユニフォームを復刻して623日から74日までの間に行われる主催5試合に着用すると発表した。元々が東京のチームだけに『レジェンドシリーズ』には東京ドーム主催試合が絡められるが、今回も73日、4日に行われるライオンズ相手の東京ドーム主催試合が対象に含まれている。


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013年のパ・リーグ6球団合同企画から連なるファイターズの『レジェンドシリーズ』、ついに前身球団の東映フライヤーズ時代に突入した。


(写真:東映フライヤーズ時代のユニフォームでOB戦に出場した尾崎行雄さん。 20101月撮影。 ※このユニフォームは『レジェンドシリーズ2017』の対象期間のものではないと思われます。)



これまでファイターズは『レジェンドシリーズ』では東京時代のファイターズの各時代にスポットを当ててきた。復刻ユニフォームを発売し、入場料に若干の上乗せをして全員に配布するために、ユニフォームのデザインが変わるごとに別の時代として振り返ってきたが、三十年の歴史を持つ“東京ファイターズ”時代がネタ切れになったからか、ついに東映フライヤーズ時代に踏み込むことになったようだ。


日本ハムは東映から球団を引き継いだのではない。東映から引き継いだ日拓ホームから球団を引き継いだのだ。ファイターズ球団自体に東映時代の資料がどれだけ残っているのかはなはだ疑問だが、そこはおそらく日本のプロ野球チームの代々のユニフォームのデザインなどを研究している綱島理友氏や、株式会社ベースボール・マガジン社に丸投げ、あ、いや、かなりの部分で協力を得るのだろう。


敗戦処理。が日本のプロ野球に興味を持ったときにはこの球団は“日拓ホームフライヤーズ”だった。したがって東映フライヤーズ時代をリアルタイムには見ていない。それだけに楽しみな企画ではある。以前から個人的には東映時代を見たくて、毎年のように『レジェンドシリーズ』の対象時期が発表される度に「東映時代をやってよ」とツイッターで呟いたりしていたが、親切な人が「権利関係で難しいのですよ」と教えてくれていた。今年になってようやく権利関係の問題がすべてクリアになったのだろうか?単にやらなかっただけではないのか?ささきいさおが歌う『ファイターズ讃歌』も権利関係の問題で使用出来ないと言われていたが近年の『レジェンドシリーズ』では試合中に流されている。


順番から行けば、先に日拓ホームフライヤーズをテーマにしても良いはずだが、日拓時代をテーマにするとユニフォームプレゼントを7着も用意しなければならないからさすがに採算が合わないのかもしれない<>


『レジェンドシリーズ』というと復刻ユニフォームが話題になるが、その時代を反映したOBが始球式に登板するのも楽しみな企画だ。ただ、東映フライヤーズという球団は1972年(昭和47年)まで存在したが、今回のテーマは日本一になった1962年(昭和37年)を中心にそのユニフォームを着ていた1961(昭和36)から1967(昭和42)までを対象としているという。この時代のOBというと、残念ながらなくなられた方も多い。人選には頭を悩ませることだろう。


おそらくは張本勲にも声がかかるだろう。張本は対象を日本ハムになった初期の頃としていた昨年の『レジェンドシリーズ2016』でも始球式に登板したが、当時の中心選手だけに再登板をお願いしたいところだ。昨年は打者役を大谷翔平が務めたから今年は中田翔か?


こういう言い方をしては語弊があるかもしれないが、『レジェンドシリーズ』として歴史を振り返るなら、古い時代を先に行った方が歴史の証人が多く健在なはずである。日本一になった1962年の日本シリーズに出場したメンバーを調べたら張本の他に土橋正幸さん、尾崎行雄さん、山本八郎さん、岩下光一さん、毒島章一さん等と言った錚々たる名前が並ぶ。この中で個人的に思い入れがあるのは後にファイターズやスワローズで監督を務め、『プロ野球ニュース』で気っ風の良い江戸っ子口調の解説が懐かしい土橋さんと、“怪童尾崎”と呼ばれた伝説の投手尾崎さんだが、このお二人は奇しくも『レジェンドシリーズ』を開始した2013年になくなられた。


特に尾崎さんはプロ野球マスターズリーグでも投手として活躍しておられたから、もっと早くにこの企画を行っていれば元気に始球式のマウンドに立っていたことだろう。


東映フライヤーズの異色のOBというと俳優として活躍している八名信夫さんがいるが、八名さんがフライヤーズに在籍していたのは1956(昭和31)から1958(昭和33)の三年間で今回の対象期間より以前だ。


因みに八名さんは投手で、登板中にスパイクがプレートに引っかかって転倒して腰の骨を折り、選手生命を絶たれた。球団の親会社の東映の大川博社長(球団のオーナー)の勧めもあって俳優に転じたそうだ。


悪役商会を立ち上げたことでも有名な八名さんは、キョーサイ青汁「まずい、もう一杯」のCMが有名だが、そのキョーサイ青汁がスポンサーとなってファイターズのファームの試合に登場したことがある。2007年だった。


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コンコースではふるまい酒ならぬふるまい青汁を行い、「まずい、もう一杯」と言えば二杯目もふるまってくれるのだが、さすがに本人を前にして「まずい」と言える人は少なくて、しまいには誰にでも二杯プレゼントしていた<>


“東映フライヤーズのOB”と紹介されて始球式にも登板。
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登板後にメッセージをと言われ、「選手の皆さんは…」ではなく「選手諸君は…」と言ってOBの貫禄を示したのが印象的だった。


ちょっと脱線するがその試合のスコアはご覧の通り。
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当時の鎌ケ谷のファンの間では伝説の試合となっている<苦笑>。
blog2007918日付“まずい、もう一敗も出来ない!!


逆に期間中の新しい方では最後の1967年に入団した高橋善正元投手も声がかかるかもしれない。東映最終年まで在籍し、日拓ホームに身売りするタイミングでジャイアンツに移籍したが東映時代の1971年に完全試合を記録している。


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ほとんどの球団が行っている、球団史を遡ってのイベント試合。その先鞭を付けたのはライオンズのライオンズクラシックだと思えるが、そのライオンズでも堤義明オーナーの時代には西鉄ライオンズなどの前身球団時代を振り返ることはタブーとされていたと言われている。堤オーナーの独善ぶりを想像させるエピソードだが、実態は球団経営に参画する以前からアイスホッケーに参画してJOCなどの団体でも権勢を誇っていた堤オーナーにとってどうしても前身球団の“八百長事件”が我慢ならなかったというのが最大の理由らしい。


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ライオンズ球団は体制が変わって、豊田泰光氏らの協力も得て、真摯に球団史を振り返るという作業に取り組んだ結果、オールドファンのみならず、老若男女に受け入れられるイベントとなった。


追従した球団は、ライオンズ球団の志を真似したのならばまだ良いが、ユニフォームを初めとする復刻グッズが商売になるから手を変え品を変え、毎年のように復刻企画を行っているのではないか?他の球団はよくわからないが、ファイターズにはそういう雰囲気を感じ取ってしまう。球団の歴史を、着ていたユニフォームのデザインで区切っている様に思えるからかもしれないが…。当時のユニフォームには存在しなかった現在のスポンサー企業のロゴが入るのは“大人の事情”だとしても、球団の歴史を振り返るときに必ずしもユニフォームのデザイン変更で区切る必要は無いはずで、いささか違和感を覚える。


今回の1961年から1967年までのユニフォームというのは、ちょうど1961年から監督を務めることになったジャイアンツ出身の水原茂さんの意向が採り入れられたもので仕立て先も変えたという。水原監督の在任期間がこの七年間で、監督が大下弘さんに変わった1968(昭和43)にはユニフォームも一新された(冒頭の尾崎行雄さんのユニフォームは1968年当時のものと思われる)。だからこのユニフォームは確かにひとつの時代と区切れるとは思う。『レジェンドシリーズ2017では先日の記者会見でも着用していたホームユニを使用するだろうが、この時代のビジターユニはこの七年間だけTOEIではなく本拠地のTOKYOになっている。余談だがこの七年間でホームグラウンドを駒澤球場から神宮球場、後楽園球場と二度も変えている。


“仏作って魂入れず”と言う諺があるが、そんな感じの復刻企画にはならないで欲しい。自分が知らない時代の復刻なので非常に楽しみではあるが、当時を知る人に「何か違うんだよなあ」とか言われることのないようにして欲しいものだ。


【参考文献】
・『日本プロ野球ユニフォーム大図鑑』綱島理友 イラスト綿谷寛+イワヰマサタカ ベースボール・マガジン社
・『東映フライヤーズ全史』ベースボール・マガジン社
・『プロ野球人名事典』森岡浩 日外アソシエーツ


ね、ベースボール・マガジン社ばかりでしょ<>

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コメント

ミスターファイターズは田中幸雄さんですが、ミスターフライヤーズは毒島章一さんです。駒沢の暴れん坊を人徳でまとめていた主将でもあり、東京ドームのレジェンドシリーズにはぜひお越しいただきたいOBです

ミスター様、コメントをありがとうございます。

> ミスターフライヤーズは毒島章一さんです。駒沢の暴れん坊を人徳でまとめていた主将でもあり、東京ドームのレジェンドシリーズにはぜひお越しいただきたいOBです

毒島選手のことは名前と成績の一部しか知りませんが、この時代を代表する選手だったようですね。63歳になるようですが、ぜひ元気な姿を見せて欲しいですね。

参考文献にも入れた、ベースボール・マガジン社の「東映フライヤーズ全史」では当時の主力選手にインタビューしていますが、私が現役時代を知っている張本と高橋善の他に、八名さん、久保田治さんに聞いていて、何故か毒島さんが無いのですよ。

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