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2017年1月 2日 (月)

すべてはここから始まった。「六番ピッチャー大谷」の衝撃【回想】敗戦処理。生観戦録-第43回 2016年(平成28年)編

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敗戦処理。が初めて日本のプロ野球を生観戦した1974年(昭和49年)から、その年の生観戦で最も印象に残った生観戦を選んで書き起こすこのコーナーも、一通り書き上げたので、年に一回、その前年の生観戦を振り返って書くスタイルになっている。今回は昨年2016(平成28)の生観戦の中から最も印象に残っている試合をあらためて振り返る。敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year



1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。


【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year43回 2016(平成28)


(写真:栗山英樹監督が初めて大谷翔平をDH制が使える試合で先発投手として打線に入れた昨年5月29日の対ゴールデンイーグルス戦のスコアボード。「六番ピッチャー大谷」の場内アナウンスに何とも言えないどよめきが起きた。 2016年5月29日撮影)



比較的情報をオープンにしている感じのファイターズ。栗山英樹監督も大谷翔平の起用法に関し、“リアル二刀流”、つまり先発投手として登板する試合にDH制を使用せず打順に入れるということを昨季は実現させるのではないかと見られていたが、なかなか実現しなかった。セ・リーグとの交流戦を翌節に控えたこの登板でそれが実現したのだが、事前には公表されていなかった。もちろん予告先発でこの試合に大谷が先発登板することは明らかになっていたが…。



敗戦処理。はグラウンドが天然芝に変わり、観覧車も建てられた楽天Koboスタジアム宮城を早めに訪ねようと思っていて、ファイターズ戦の日曜日となるこの試合を選んだ。それが運良く、終わってみれば昨年のファイターズのエポックメイキングとも言える試合になった。


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この日はB☆Bも遠征していた。一塁側スタンドのファイターズファンを前にスターティングメンバー発表に合わせて選手の物まねをしていたが、さすがに「六番ピッチャー大谷」のアナウンスに一瞬「あれ!?」と戸惑っていたようだ。左打席のスイングと投球フォームの真似をしていた。スタンドも、この時点ではまさか投手の大谷が打順に入るとは思っていない人が多かったのだろう。徐々にどよめきが大きくなっていった感じだった。



因みに敗戦処理。の前列に座っていた家族連れのお父さんはゴールデンイーグルスファン。大谷が「六番・投手」で出ると知って「なめられた」と思ったそうだ。二人の息子と三人で来場していたが、この試合で生観戦三連敗だそうで、帰り際にお父さんは「日ハムはいいチームですねえ。楽天は観覧車も天然芝も良いけど、もっとチームに金かけて欲しい。三回来たら一度くらいは勝ち試合見たいよ」と言っていた。


試合の流れは拙blog5月29日付“迷わずに駆け抜けろ伝説の幕が開く ”を参照されたい。一回表に四番の中田翔に先制2ラン本塁打が生まれるなどあって、大谷はマウンドに上がる前に打席に入ることになった。この打席は一塁ゴロに終わったが、第三打席から三打席連続で安打を放った。特に三安打目は二遊間をゴロで抜けた打球が二塁打になったのには驚いた。途中出場でセンターを守っていたオコエ瑠偉が深く守りすぎてゴロで二遊間を抜ける打球に対処出来ずライトが捕球する間に大谷が二塁に達したのだが滅多に見られない二遊間二塁打。それもスタンディングダブルだった。


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結局大谷は勝利投手(7回1失点)&猛打賞という離れ業をやってのけた



この試合を皮切りに、大谷は7週連続で日曜日ごとに“リアル二刀流”を実現。中でも7月3日のホークス戦での「1番ピッチャー大谷」としての初回先頭打者初球本塁打は圧巻だった。その後は指のマメの影響もあって打者一本に絞っての出場が続いたが、ホークス猛追の推進役になったことは間違いない。


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この試合自体、大谷の投打に渡る活躍の他にも、中田とブランドン・レアードが2本ずつ本塁打を放つなどワンサイドゲームになり、余裕を持って観戦出来た。オコエ瑠偉が途中出場したり、斎藤佑樹が登板したり、とにかく盛りだくさんな試合だった。



ゴールデンイーグルスの本拠地を訪ねるのは5年ぶりだった。5年前も事前に前売りでチケットを購入しておいたのが、田中将大斎藤佑樹がプロ入り後初めて投げ合う試合になった。仙台にはなかなか行けないのだが、観戦のたびにお得感のある試合に巡り会える。大谷の入団から敗戦処理。は一貫して「二刀流」を推進すべしとの立場を取っていた敗戦処理。だったが、その最初の舞台を見ることが出来たのは幸運だった。


今年の生観戦がどうなるか、まだ全然わからないが、今年もまた多くの感動を球場で味わいたいものである。

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