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2016年12月21日 (水)

ドラゴンズの落合博満ゼネラルマネージャー、やっぱり退団

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ドラゴンズの落合博満ゼネラルマネージャー(GM)は来年の
1月で契約が切れることもあって去就が注目されているが、佐々木崇夫球団社長が20日、契約満了を以て退任、そして球団を退団することを明らかにした。


2013年のオフに球団初のGMに就任し、大胆なコストカットなどで注目を集めたものの球団の成績は振るわず。同時に就任した選手兼任監督の谷繁元信が現役を退いて監督専任になって迎えた球団創立80周年にあたる今季も低迷。谷繁監督がシーズン半ばで休養処分になり、最下位に落ち込んだ。谷繁監督の休養のあたりから落合GMへの風当たりが強くなっており、来年1月の任期切れで退任という憶測報道が出ていたが、その通りになった。


2004年からの監督生活で四回のリーグ優勝を果たし、2位で終わった2007年にはクライマックスシリーズと日本シリーズを勝ち上がって球団を53年ぶりに日本一に導いた名将落合が2011年のシーズン限りで実質的に解任され、その二年後にGMに就任して名門球団の再建を託されたが、成績はかえって悪化し、落合GM体制はわずか三年間で終焉を迎えた。


(写真:ドラゴンズの監督時代の落合博満ゼネラルマネージャー。東京ドームでリーグ優勝を決め、レフトスタンドを埋めたドラゴンズファンに挨拶。200610月撮影)



谷繁元信
監督の休養が発表されたあたりからお膝元の中日スポーツを含め“谷繁監督ひとりの責任か
!?”的な報道があふれた。谷繁監督とのコミュニケーション不足、独自のドラフト戦略で獲得した選手が活躍しない、他球団からFA宣言する選手に敬遠される、等の論調は今、拙blogに目を通して下さっている野球ファンの方ならご存知だろうから敢えて書かないが、いろいろな原因はあるだろうが結果が伴わないのだから解任は致し方あるまい。


冒頭で“球団初のGM”と書いたが、日本のプロ野球全体を見てもGM職はまだ(球団にもよるが)定着しているとは言いがたい面がある。ただ単に編成部門の責任者がGMと名乗っているだけの球団もあり、アメリカのメジャーリーグでいうところのGMに近いGMは日本ではまだ少ない。逆にGMという肩書きこそ使わなかったがライオンズとホークスでフロントマンとしてそれぞれBクラスが長かったチームを常勝球団に代えていった根本陸夫氏こそがGMだという見方も出来る。


そう考えるとGMとしての落合博満は日本のプロ野球界で初めてメジャーの球団並みに成績不振という真っ当な理由で解任されたGMという見方も出来る。


広岡達朗もそうだったじゃないか!?という声が聞こえてきそうだが、広岡の場合はマリーンズのフロントとの見解の相違による喧嘩別れといった側面が取りざたされたので若干異なろう。


また、選手出身で無い球団代表的な存在がきちんとした見識を持たずに編成の権限を駆使し、現場をバックアップするどころかかき乱しておきながら結果として成績が悪いと短いサイクルで監督の首をすげ替え、さもテコ入れしているかのように見せて、自らは責任をとらない“球団代表”、“球団本部長”なる、居座る戦犯のチームも視られる。そう考えると、ドラゴンズは責任の所在が明確だったとは言える。もちろん谷繁監督が先に責任をとるべきだったかという疑問は残るが。


落合GM体制はなぜ失敗したのか?名門球団ドラゴンズはなぜ坂道を転げ落ちているのか?


現役時代、オリオンズからトレードでドラゴンズにやってきた落合はその打棒などでチームに勝利をもたらし貢献したが、その「オレ流」と言われる言動はファンに真意を理解されず、チーム愛より個人主義と見られることも少なくなく、それによるファンとの溝は、フリーエージェント制が導入された初年度に(ファンにとっては宿敵にあたる)同一リーグのジャイアンツに移籍したことで決定的になったと言われるが、それがある故に、ファン全体ではないが、落合が監督として帰ってきても、監督としてチームを優勝させても、心から喜べないという層が一定数存在した。それが勝っても強くても観客動員が伸びない一因という見方が多かったようだ。


だが、監督の仕事はチームを勝たせて優勝すること。本来はそれに尽きるはずであるが、落合監督の場合は監督でありながらGM的役割も求められていた。例えば、中心打者の一人である和田一浩が選手寿命を延ばすための打撃改造が必要という考えに及べば、和田が打撃改造に専念出来るように複数年契約を球団に結ばせる。長い目で見ればその方が和田本人、ドラゴンズの双方ともにプラスと考えると、監督の領域を超えて選手の契約体系にまで首を突っ込む。ある意味“全権監督”だったのだろう。2007年に2位でありながらも日本シリーズに勝ち進んで日本一にまで登り詰めたことが落合に大きな権限を付与する結果になったといわれる。それならばそれこそジャイアンツにおける長嶋茂雄のように、ファンサービスまで視野に入れての“全権監督”たりえれば良かったのだが落合自身は「勝つことが最大のファンサービス」という立場を取る身。勝つこと以外、エンターテイメント的な要素での集客、顧客満足度を上げると言うことには不得手であり無頓着だった。


結果、“落合監督”ひとりにチームを任せっきりにしていたドラゴンズは落合が不得手とするファンサービス分野だけが取り残される不幸な事態になった。


実際には監督がファンサービスや集客に熱心で無いから観客動員が伸びないのではない。旧態依然としたナゴヤドームの演出など、監督の手が及ばない部分での努力不足が随所に見られたはずだ。敗戦処理。は2009年を最後にナゴヤドームを訪れていないので実態を把握出来ていないが、最近見たblogにはこんなものがある。

◆ 暗黒の中日ドラゴンズからファンが離れていく 

◆ ナゴヤドームの試合観戦環境は問題だらけ


落合は専門分野である打撃指導、チームを勝たせる采配で成績に関しては申し分の無い成績を残す。その結果、前出の和田のように監督落合自らが後押しすることもあって主力選手の年俸はどんどん高騰していく。それによって球団の収入と支出のバランスはどんどん悪化。



ドラゴンズは監督落合を解任することでこの悪循環を断とうとするが、監督落合に匹敵する人材無し。強いけど客を呼べない球団が、強くなくなって客を呼べない球団に成り下がった。


チームの顔である谷繁元信に、現役選手として出場記録などの日本新記録に挑戦させながら(他に候補者のいない)監督をやらせることをトップの白井文吾オーナーが決断し、落合にサポートを頼んだところ、落合自らがGM職を提案したという。驚くことに白井オーナーは落合から提案されるまでGM制を知らず、名著「マネーボール」などを読んで理解したという。


白井オーナーは早速、監督落合によって高騰しすぎた選手の年俸をGM落合に下げさせた。だが、「オレ流」は自ら全権を握るからこそ、周囲に理解者がいなくても従順なスタッフがいればその通りに動くが、GMはどこまでいってもスタッフ、お膳立て係に過ぎない。本来はチームが決めた方針に従ってGMが監督を決め、目指す野球が出来るためのチーム作りをするのだが、GMが始めにありきななかでGMの目指す野球をどれだけ実践出来る監督だったのかという逆転現象になってしまって、谷繁監督は腕がふるえなかったと思う。結果論ではあるが、GMにしてはいけない人をGMにしてしまったのだと思う。監督時代に落合を掌握出来る人物が不在だったツケが落合GM体制で結果が出ない事態の遠因だと思う。



落合が去ると言うことはドラゴンズにとって大転機だと思う。2013年から四年連続でBクラスに低迷し、今季に至っては球団創立80周年という節目の年に最下位という体たらく。


結果を出せないGMが斬られるのは当然としても、では落合がいなくなればそれが解決するのかというと残念ながら疑問である。落合に代わるGM職は置かないという。振り返れば監督落合以前のドラゴンズには例えば星野仙一が“全権監督”として監督の領域を超えた働きをし、チーム強化をしていた。そういえば星野は監督に就任して早々に、当時、ジャイアンツがトレードでの獲得を画策していた落合を、何人出してでも良いから獲得してくれ(ジャイアンツには行かせるな)とフロントに直訴した。


星野が監督に就任したのが
1986年の終了後だから今から三十年前。大雑把に言えばドラゴンズ球団はここ三十年間の間、監督のカリスマ性頼みで球団を作っていたということになる。これはあくまで敗戦処理。の推測だが、もしも当を得ているとしたらセ・リーグの名門球団の名が廃る。


ドラゴンズと森繁和監督の契約形態を理解していないが、三十年のツケを一年や二年で返すのは困難だろう。監督や編成以前のチームが抱える問題を見極めないとドラゴンズの低迷はまだ続くかもしれない。


冒頭の写真は2006年に東京ドームでリーグ優勝を決めたドラゴンズが、試合後にマウンド付近での胴上げの後、落合監督を先頭にレフトスタンドのファンへ挨拶するシーン。「勝つことが最大のファンサービス」と言い切る落合監督としては優勝こそが最大のファンサービスなのであろう。この考え方自体は間違いでは無いと思う。敗戦処理。自身、ファイターズが日本一になって特にそれを感じる。だがドラゴンズの場合は「勝つことが唯一のファンサービス」になってしまっていたのでは無いか?それでも勝てた頃はまだ良い。それが出来なくなったことが全ての悪循環なのだろう。

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