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2016年10月31日 (月)

カープの松田元オーナーが黒田博樹の背番号15を永久欠番にすると言明

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今日
31日のスポーツニッポン他各紙によると、今季限りで現役を引退する黒田博樹投手の功績に報いるために、カープの松田元オーナー(まつだはじめオーナー 松田もとオーナーではない)が黒田の背番号15を永久欠番にするという。カープでは衣笠祥雄、山本浩二以来三人目。


永久欠番に制定されれば、日本プロ野球界では2012年に制定された稲尾和久さん以来。セ・リーグでは1988年に制定された王貞治以来となる。


(写真:背番号15が永久欠番に制定されるカープの黒田博樹。チームの25年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献し、リーグ優勝決定時に胴上げされる。 20169月撮影)



 
広島 黒田「15」永久欠番に オーナー「後世に残さなければ…」
(20161031日 スポーツニッポン)


blogでは何度となく訴えてきたが、プロ野球選手にとって最高の栄誉の一つである「永久欠番」が制定されなくなって久しい。上述の通り、稲尾和久さんが2012年に永久欠番になって以来だが、現役で活躍したのは半世紀以上も前。セ・リーグに至っては王貞治以来。現役を引退したのは王よりカープの山本浩二、衣笠祥雄の方が後だが、王が引退後もユニフォームを脱がず背番号1のままで助監督、監督を務めたので監督を辞めて退団して永久欠番になった。


ミスタードラゴンズと呼ばれた立浪和義や、連続フルイニング出場の記録を達成した金本知憲が引退時に永久欠番にならなかったのだから、それこそイチローが現役を引退する時にバファローズがイチロー在籍時の背番号51を永久欠番にしなかったら敗戦処理。の目が黒いうちには永久欠番が出ないだろうとも考えていた。


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稲尾さんの背番号
24が永久欠番になった背景には僚友の豊田泰光氏が球団に働きかけ、ライオンズ球団の歴史を振り返る企画、ライオンズクラシックで稲尾さんの生誕75周年を記念する企画とともに永久欠番制定が実現したのだが、その記念試合の試合前イベントで綱島理友氏が「名球会よりも、野球殿堂入りよりも、永久欠番の方が希少価値がある」と言っていたが正にその通り。
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だがそれが故にハードルが高くなっているのか、それとも
永久欠番という発想すら時代になじまないと思われているのか、過去の永久欠番制定者に匹敵する業績のある金本ですら永久欠番に制定されなかった。


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今回、黒田の背番号
15が永久欠番に制定されると言うことにより、カープの近年の好成績に引っ張られてカープファン、野球ファンになったファン層にあらためて永久欠番という栄誉があることを認識してもらえるというのは個人的には素晴らしい事とも思える。選手として残した実績が山本浩や衣笠に比べて物足りないという指摘をする人が出てくるかもしれないが、何をためらっているのか功労者に永久欠番を与えない球団が多い中、英断だと思う。


余談だが、金本の背番号6を永久欠番にするのに否定的な意見の中に、タイガースの背番号6というのは球団最多安打の藤田平や、和田豊という同じ背番号6で輝かしい実績を残した選手がいて、背番号6は金本ひとりの番号では無い、という意見があった。
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これは一見もっともらしく聞こえるが、敗戦処理。に言わせれば、永久欠番と言っても実際に評価されるのは番号では無くその選手であり、選手を永く評価するための記号が背番号を封印するというものなので、その背番号を別の選手が背負っていようが関係ないのである。あくまでも評価されるのはその選手であるからだ。この論理だと、同じ成績を残した選手でも背番号によっては永久欠番にならないということになる。極めてナンセンスだ。金本は監督になって背番号
6をつけている。監督退任の時にタイガースは今度こそ背番号6を永久欠番にして欲しい。幸いにもタイガースでは吉田義男が監督退任のタイミングで現役時代の背番号23が永久欠番に制定された前例がある。


ところで、黒田の永久欠番を報じた今朝(31)の日刊スポーツとスポーツニッポンとではプロ野球の永久欠番の人数が異なる。日刊スポーツは15人、スポーツニッポンは14人だ。これは日刊スポーツが近鉄バファローズの鈴木啓示の背番号1を載せているのに対し、スポーツニッポンが載せていないからである。
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鈴木啓示の背番号1は間違いなく近鉄バファローズでの永久欠番だが、球団がオリックス・ブルーウェーブと合併してからは永久欠番ではない。合併球団が鈴木本人に許可を取ったという。何ともはや


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イチローが引退したら背番号
51を永久欠番にするなら、あらためて背番号1を永久欠番にして欲しい。欲を言えば7番と17番も


率直に言って、黒田が日本シリーズ開始前に引退表明をしたときには「余計なことを」と感じたが、幸か不幸か日本シリーズでの登板は第三戦のみとなり、アクシデントがあったとは言え勝利投手の権利を持ったまま降板し、結果的にはファイターズが逆転勝ちした。第七戦の登板は幻となり、お互いに丸く収まったように感じた。そして日本シリーズが終わったら久々の永久欠番制定。終わりよければすべてよしというと語弊があるかもしれないが、よい話だと感じた。

 

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コメント

球史に残る偉大な名選手・名監督・そして野球関係者を讃える永久欠番制度について批判覚悟で言います。

もう永久欠番制度はやめませんか?

僕がこの永久欠番制度に否定的なのには2つ理由があります。まず一つ目の理由は制度自体が持続可能なものでないことです。プロ野球にとって背番号とは「偉大な共有財産」です。別にそう思わない人もいるでしょうが僕はそういうものだと思っています。つまり永久欠番制度とは言い換えるならば限りある資源を喰い尽くすものでもあるのです。
きっと「そうだとしても背番号が1個や2個減ったところでまったく問題ではない」と言われるでしょうがそれはプロ野球を自分の生きる時代の範囲だけで見ている考え方です。僕は本気で100年後もプロ野球が存在してると思いますし、500年後もプロ野球が存在するものと思っています。当然今生きているプロ野球ファンはその頃には全員死んでいることになりますがだからといって遠い未来のプロ野球ファンのことを考えなくていいとはなりません。
「もし永久欠番のせいで一桁、二桁の背番号が足りなくなったらなったで支配下選手を一桁~三桁背番号、育成選手を四桁背番号にすればいいだけ」勿論こういうやり方で問題解決を図ることもできなくはないですが、背番号という偉大な共有財産を自分達の生きる時代の範囲だけで捉え、遠い未来のプロ野球ファンのことを考えないのはある種の驕りがあるとしか思えないのです。

そして二つ目の理由は永久欠番という存在が得てして歴史と伝統を断つ存在となってしまうことです。プロ野球にとって背番号とは「歴史と伝統を紡ぐもの」でもあります。背番号の系譜とはその球団の歴史であり、またその背番号は伝統にもなります。
永久欠番はそれを与えることで特定の選手を讃えるのと同時に代償としてこれらを無くすものでもあるのです。文中に阪神の6番の例が出されていたので、これを例に説明するともし仮に阪神・金本の6番が永久欠番となれば藤田や和田の6番を否定こそしないまでも永久欠番という形で選手間に明確な優劣を示すことでそれまでの選手の印象は限りなく乏しくなると言えるでしょう。そして言うまでもなく阪神の背番号6の歴史はそこで終わります。

日本ハムではいずれダルビッシュ、大谷がともに永久欠番の候補となっていることは考えられますが僕はダルビッシュの11番も大谷の11番も永久欠番になってほしいとはまったく思いません。それよりも次のファイターズの11番は誰が背負うのだろうかという背番号11の継承に夢を馳せます。

背番号という単なる識別番号にこんな価値観を抱くことは果たしておかしなことでしょうか?

今回の黒田の永久欠番決定は本当に久しぶりなことですが、過去の適用例から見るに別に永久欠番に値する選手が長年いなかったのかというと決してそんなわけではなかったでしょう。長年プロ野球を見てきたとは言えない僕ですら球団別にすらすら出せるほどその候補はいるものと言えます。にも関わらず現実に長年出てこなかったのはやはり検討過程において僕の挙げた2つの理由と近い考えがあったのでしょう。偉大な選手に特別な賞を与えるのは簡単なことですが、特定の背番号を欠番にして未来永劫使えなくすること、過去にその背番号をつけていた偉大な選手を考慮することは永久欠番を望む人にとっての大きな障壁となるのです。

ここまで永久欠番制度への反対理由を述べてきましたが、永久欠番をなくす代わりのものとして僕は球団ごとの野球殿堂を提案します。既にMLBで存在する制度ですが文字通り通常の野球殿堂とは別に球団ごとの野球殿堂を創設するのです。これなら永久欠番で生じるデメリットなくその球団にとって偉大な功績を残した選手を讃えることができます。また具体名を出すのは避けますが野球殿堂入りされている選手で「○○ファンにとっては殿堂入り当然かもしれないがこの選手は違うだろ」的な選手を讃える場としての存在意義もあるでしょう。

最後に若くして命を落とした選手が永久欠番になることで起こりうる懸念について今年9月、マーリンズのフェルナンデスがボート事故で命を落とすという事がありましたがマーリンズはその死を悼んでフェルナンデスの背番号16をマーリンズの永久欠番としました。海外ではこういうケースはよくあり特に違和感ないことかもしれませんが僕が懸念するのはこのような前例から招く最悪のケースです。もし今後、天災・飛行機事故などで同様に現役のプロ野球選手が1名亡くなるということがあったらこの前例にならいその選手の背番号は永久欠番となるでしょう。まだそこでは論争は起きません。しかしもし今後天災・飛行機事故などで多数の現役のプロ野球選手が亡くなるということがあったらそこであってはならない論争を招く恐れが生じます。亡くなった選手全ての背番号を永久欠番にするかしないかで。こんな惨劇は想像したくもないことですが、考えたくない最悪のケースだから考えなくていいというわけにもいきません。実際他競技ですがマンチェスターUの選手でこのような悲劇は起きているのです。→『ミュンヘンの悲劇』
ここで重要なのは死を悼んで永久欠番にするという前例があったゆえに無用な論争が起きてしまうという点です。なにぶん人の死が絡むだけに前例との扱いで差が生まれるとそれに対する批判が止まないことは容易に想像できます。

実は今回のフェルナンデスの事故死でも無用な論争は起きています。事故調査の過程でフェルナンデスの体内からコカイン、アルコールが検出されたという報道を受けフェルナンデスの永久欠番が果たして正しかったのかというものです。ここでの論点としては死を悼んで永久欠番とする際死因によって判断を分けるべきかという点となります。しかしこれも先ほど書いた最悪のケースと同じようにそんな論争自体があってはならないのです。

この件は始めの永久欠番制度の是非論とはまた違う次元の話ですが、選手の死を悼んで永久欠番にすることについては永久欠番を与えることで死を悼むことになり、与えないことで死を悼まないことになってしまうのかという根源的なことまで踏み込んで考える必要があるものと言えるでしょう。

サフラン様、超長文のご意見ありがとうございました。

なるほど、長期的に見て、背番号がなくなるは問題ですね。

でもまあ80年で全球団合計で20人足らず。800年で200人としても、一球団あたり十数人。まぁ何とかなりますよ。

球団別の殿堂はいい試みだと思います。

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