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2016年8月 7日 (日)

超えてはならない一線-“暗黙のルール”。

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今週発売中の「週刊ベースボール8月15日号」(ベースボール・マガジン社)石田雄太氏の連載コラム『石田雄太の閃球眼』に久々に引き付けられた。石田雄太氏はイチローの物まねで知られるニッチローがイチローの打席の最中にその試合が行われているスタンドでイチローの物まねをしたことに異議を唱えている。そのシーンを情報番組で見た敗戦処理。も、それはないだろうと思ったが、情報番組は面白おかしく伝え、石田雄太氏のコラムを見るまで特にニッチローの行為を批判する意見を見かけなかった。



 写真はイメージです。本エントリーの内容と直接の関係はありません。



Cdscn1990_2_3石田雄太
氏の主張は、物まねタレントがグラウンドの外周などで選手の物まねをするのは構わないが、球場の中へ一歩、足を踏み入れれば、そこは選手のフィールドだから、プロの物まねタレントとして、観客席だとしてもそこで物まねをすべきではないということ。この点は敗戦処理。も同意見だ。


石田雄太氏は最近見たというある歌手のコンサートで、歌手が曲の合間に客席に向けて語り掛けるのに対して客席から一々それに答える客がいてガマンならなかったという話を引き合いに出して、ステージと客席の間には、決して突き破ってはいけない透明のバリアがあり、それをお互いが尊重するのは、プロのエンターテイメントの世界における暗黙のルールだと結んでいる。そして物まねタレントの話に続けている。



今回このエントリーで敗戦処理。が取り上げたいのはニッチローの方ではなく、コンサートの観客の方だ。“人の振り見て我が振り直せ”ではないが、野球ファンとしてもやはり超えてはならない一線の存在を意識しなければと感じる。


敗戦処理。はファイターズが東京ドームで行う主催試合を一塁側のエキサイトシートで観戦する。グラウンドとスタンドを仕切るのはフェンスだけで、ネットはない。その臨場感はハンパではない。そして、ただ単に臨場感があるだけでなく、選手がイニング間のキャッチボールで使用したボールをプレゼントしてくれたり、マスコットがハイタッチや撮影に応じてくれたりする。近年では勝ち試合でヒーローインタビューを受けた選手とのハイタッチも恒例になっている。
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だが、グラウンドに入っていけないのは当然のこと、石田雄太氏の言う透明のバリアは当然存在する。特等席だけに企業の接待用に使用され、三連戦で毎日異なる人間が座っていることもあるが、おそらく大半の人は、たとえ初めてでもその臨場感の素晴らしさに感動するとともに、透明のバリアの存在にも気付くようだ。


だが、ごくまれにあまりの特等席ぶりに舞い上がってしまうのか、何か自分が特権を手にしたと勘違いしてしまう観客もいる。エキサイトシートの中で最もホームに近い位置の最前列のブロックにたまに座っているサラリーマンの集団は時に抑制がきかなくなる。
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ある試合では試合後のをいつまでも拘束しようとし、写真のようにBBから「もう時間がなくなるよ」と窘められる始末。BBは喋らないから、彼らになかなか伝わらなかったが。程なく、勝ち試合後のBBはエキサイトシートのファンに対するサインを書かなくなり、写真撮影のみになった。東京ドームの22番ゲート前に列をなす、グリーティングを楽しみにしているファンを待たせすぎないための対応であろう。


ファンが、選手やマスコットが提供してくれるサービスをはき違えると、選手やマスコットとファンの間のバリアはいつの間にか厚くなるだろう。


今年4月に訪ねたホークスのファームの新しい施設、タマホームスタジアム筑後の選手の移動通路を確保するための仕切りを見ていささかの違和感を覚えた。
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当然と言えば当然の措置だが、少なくともファイターズスタジアムでは一軍練習でもない限り、グラウンドから選手寮に向かう通路にファンと選手の接触を妨げる仕切りはない。


今年5月に起きた、東京・小金井市のライブハウスで女性アイドルがストーカー的なファンに刺される事件に震撼させられたことを考えると、ファイターズスタジアムの緩さが良いのか悪いのかはにわかには断定出来ないが、少なくともファンと選手達の間に不確かではあっても透明なバリアが存在しているのだろう。昨年までの雁の巣球場では過度なヤジを慎む様にとの場内アナウンスが定期的に流れていたというから、安全を確保する必要があるのだろう。


そのホークスの一軍のホームゲームをテレビ観戦していて、どうにもガマンならないシーンがあった。


主にホークスが攻撃でチャンスの時、かつての藤本博史のヒッティングマーチを演奏するとともに、外野席最前列のファンが外野のフェンスをメガホンで叩きながら応援するパフォーマンスだ。


昨年からホームランテラスが新設されたので状況は変わったが、それ以前は彼らが叩いている外野のフェンスはグラウンドの一部であり、しかもフェアゾーン。敗戦処理。に言わせれば超えてはならないバリアの外である。


球団や球場は何故あのパフォーマンスを許しているのだろうか?フェンスが高い位置にあるとかは関係ない。ファンはあくまでグラウンドとは一線を画されたスタンドに位置するべきであって、ネット等がないからと言って、グラウンドの一部にインプレー中に触れてはいけないと思う。あのパフォーマンスを楽しんでいるホークスファンにはそういう感覚はないのだろうか?球場の外野席という空間は群集心理に負けてしまうのかもしれないが…。それとも敗戦処理。の感覚の方がおかしいのか?


近年、各球団がファンサービスの一環で試合後のグラウンドにファンが足を踏み入れられる機会が以前と比べて明らかに増している。敗戦処理。も東京ドーム、ジャイアンツ球場、ファイターズスタジアムなどでありがたく体験させていただいた。


2010
年にはオフシーズンであるが甲子園球場のグラウンドに立てる機会を得た。甲子園球場のグラウンドに立てるのである。交通費なんて問題ない。こんな機会を逃してたまるかと暮れのバタバタした中、甲子園まではせ参じた。
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係員から説明を受け、実際にグラウンドに足を踏み入れる時、「高校野球すらやっていない自分が甲子園のグラウンドに立って良いのか?」という疑問を抱いた。もちろんそのままグラウンドに立ったが、あのとき躊躇した気持ちを野球ファンとして常に頭の片隅に置いて忘れてはならないと肝に命じている。


昨今、プロ野球十二球団は様々なファンサービスを展開し、おそらくそれが観客動員増に結びついている。それはそれで素晴らしいことだが、ファンはそうしたサービスを当たり前のものと思ってはいけないと思う。特に選手自ら行うサービスに関して、それを受けることには一定の感謝の気持ちを持つべきだと思う。「ファンあってのプロ野球」であることは間違いないが、野球選手の第一義はまずプレーでファンの期待に応えることである。それを忘れ、ファンが選手や球団、球場に対する敬意を持たないようになると、本来は透明で出来るだけ薄くあって欲しいバリアが厚いものになり、やがて目に見える形になって距離感が出来るだろう。


石田雄太氏はコラムの中でコンサートの歌手が、ステージで水を飲み、水を飲んでいる時に声をかけられてビックリしてシャックリが止まらなくなったというエピソードを口にして、やんわりと観客を窘めたと書いているが、石田雄太氏自身もタブーを犯した物まねタレントを題材にしながら、ファンの行き過ぎた行為を窘めたかったのではないか…!?


穿ちすぎかもしれないが、敗戦処理。はそう読み取った。

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