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2016年2月 3日 (水)

死にたいくらいに憧れた花の都“大東京”

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プロ野球で一時代を築いた強打者、清原和博元選手が
2日、警視庁に覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された。以前から週刊誌の報道などで疑惑を向けられていたこともあってか、敗戦処理。はニュースを聞いて、驚いたと言うより、「やっぱり」というのが第一印象。


最近の週刊誌は、訴訟対策もあって昔と違い、火の無いところに煙を立てないと言われているので、まさかとは思いながら、一方でひょっとしたらと疑っていたのも正直な心境


清原、悲しいよ。



<清原元選手>覚醒剤所持容疑で逮捕
 (毎日新聞2月2日23時52分)


三塁にベッキー、二塁にSMAP、一塁に甘利明大臣を置いて、四番の清原和博が満塁本塁打を放った。
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不謹慎ながらそんな感じのニュースだった。たぶん明日(3)からテレビ各局はこのニュースに染まるだろう。テレビの情報番組のいくつかは例えば現役時代の清原の勇姿をVTRに流しながら、BGMには長渕剛「とんぼ」をかけるだろう。清原と言えば「とんぼ」というイメージがある。その「とんぼ」の一節が冒頭のタイトルだ。そしてこの一節は清原にとって巨人軍を意味しているのではないかと見る向きがある。敗戦処理。もその一人だ。
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ドラフト会議での因縁から、入団二年目の直接対決となった日本シリーズでは因縁の王貞治監督が率いるジャイアンツを制する直前、あと一人というところでこらえきれずにグラウンドで泣き出した清原。そしてそうした思いがあったにもかかわらず、自らの意思で移籍できるFA権を取得したら、巨人軍への移籍を決意した清原。清原にとっては巨人軍のユニフォームを着ることが
死にたいくらいに憧れた花の都大東京″」だったのだろう。


清原はライオンズ時代、元巨人の宮田征典がコーチに就任すると、宮田コーチが所有していた「GIANTS」のユニフォームを借りて一人で着て悦に入ったという。また、当時ドラフト会議の名物とも言われた、指名選手を放送するパンチョ伊東パ・リーグ広報部長に頼み込んで「第一回選択希望選手 讀賣 清原和博」とアナウンスしてもらったという。それほど憧れた巨人ブランドを手に入れた清原だったが、残念ながら巨人軍の一員として、清原本来の活躍が出来た期間は短かった。


当時、FA補強をチーム作りの常套としていた巨人軍では獲得のための好条件を途中で打ち切ることはしない。清原以上に期待外れだった広沢克己に対しても、当初の五年契約を維持した。先々選手を獲得する時のため、契約を守る球団というイメージを必要としたのだろう。
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1997年に入団した清原とは五年契約を結び、契約最終年の2001年に巨人軍では最高の成績、134試合で打率.29829本塁打、121打点という成績を残すと、長嶋茂雄監督が退任、そして翌年にFA資格を取得する松井秀喜がメジャー指向が強い事もあり、球団は新たに四年契約を結んだのだが、この四年間、清原は故障との戦いが続き、風当たりが強くなっていた。報道によると、四年契約をあと一年残している段階で、当時はまだフロント入りしていなかった長嶋一茂を球団が使者として清原の元に送り、退団勧告をするが拒まれると言うこともこの時期あった。


契約最終年も故障に泣かされ、元木大介らその年限りで現役を引退する選手のセレモニーが行われた東京ドーム最終戦にも清原の姿は無かった。引退する選手らを惜しむライトスタンドのファンは清原がいないのを承知の上で、「とんぼ」や清原のヒッティングマーチを演奏して清原にエールを送っていた。



清原の容疑に関して、マスメディアがこれからどんどん報じるだろう。清原がいつ、何処で道を踏み外したのかも明らかになってくるだろう。だが犯罪とは別の次元ではあると思うが、清原和博という野球人にとって、道を踏み外したというか、ボタンを掛け違えたいくつかある分岐点の一つは巨人軍でのつまずきにあったと敗戦処理。は思っている。もちろんそれは清原の自業自得なのだが。


最近の清原は111日に行われた「名球会ベースボールフェスティバル2016 にもその勇姿を現し、佐々木主浩らかつてのライバルと打席で対戦していたし、ブログも話題になっている。週刊誌の疑惑報道以来表舞台での活躍の場が減っていたのが、再び活躍の場を得ていたように思えたが、これで台無しだ。


容疑の通りなら、本当に情けない。


blogでは201415日付エントリー新年早々満喫!“のどごし 夢のドリーム プロ野球”生観戦 他でも触れたが、野球ファンの夢を現役プロ野球選手や元プロ野球選手が一緒にグラウンドに立って夢を叶えるという企画で、「清原と対戦したい」という要望が他を圧倒していたという。成績では松井秀喜に劣っても、松井とはまた違ったカリスマ性でファンに愛された清原。清原本人に関しては自業自得の四文字で片付けることが出来ようが、清原を愛したファンの夢を裏切った罪はとてつも無く大きいと言うことを清原は自覚しているのだろうか…。


そして、個人的には最初にも書いたように驚いたと言うより、「やっぱり」という感想を持ってしまったことが悲しい。「とんぼ」の歌詞になぞらえば、


清原のバカヤローが


と言うしかない


【参考エントリー】
2014年2月3日付清原和博の“夢のドリーム”

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本題に入る前に、覚せい剤所持容疑で元プロ野球選手の清原和博容疑者逮捕の件。 ssasachan / スーパーサウスポーあさちゃん。RT @isamu_sasamura: 色々球団を転々とした清原の最終所属先が檻ックスだとかオックスリだとか「ヤク」ルトだとか皆センスあるなぁwww atnb…... [続きを読む]

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