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2015年10月 6日 (火)

「ノーヒットノーラン…未遂2回。完全試合…未遂1回。そして今日、四球」…西口文也現役最終登板「四球」の怪。公式戦での引退セレモニーに関する一考察。

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今年のプロ野球公式戦も残りわずかとなった。セ・リーグでは明日のカープの最終戦に3位争いがかかっているが、パ・リーグは順位が全て決まった。今年は球史に名を残すような大物選手の現役引退が相次ぎ、終盤戦では引退を表明している選手がファンに最後の姿を見せる機会が相次いだ。



blog103日付エントリー大功労者の最後の舞台がビジター試合で良いのか!?ではドラゴンズで見られた、大功労者(谷繁元信山本昌)の最後の舞台が本拠地のナゴヤドームでなくビジターの試合だったことに、それでいいのかと異議を唱えたが、本エントリーでは、そもそも、相手球団にも協力を要請して手心を加えてもらう‘引退セレモニー’が公式戦で行われることに関して書いてみる。


(写真:先月28日の本拠地最終戦で引退セレモニーを行ったライオンズの西口文也。 2013年9月撮影



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28日、既に今季限りでの現役引退を表明しているライオンズの西口文也が、本拠地の最終戦に当たるマリーンズ戦でファンの前に最後の勇姿を披露した。西口はライオンズ一筋で21年間プレー。通算182勝の右腕に球団が花道を用意するのはいわば当然。だが奇しくも、チームはクライマックスシリーズに進出出来る3位の座を賭けて、あ、いや争ってマリーンズと熾烈な順位争いの真っ只中。そのマリーンズとの最後の直接対決でもあるので、話がややこしくなった。


こういう場合、ありがちなのは先発投手としてマウンドに上がり、一回の相手の一番打者とだけ対戦してマウンドを降りるという手法をとるものだが、田辺徳雄監督はそれをしなかった。2対3とビハインドの五回表、二死無走者の場面で打者、井口資仁に対して西口を投入。フルカウントから四球となり、続くルイス・クルーズには三番手に岡本洋介を投入した。岡本洋がクルーズを二ゴロに仕留めてこの回を無失点に切り抜けたので問題なかったが、もしも追加点が入っていたら西口には気まずい最終登板になってしまっただろう。


推測だが田辺監督としては、相手の最も良い打者、格上の打者と対戦させてあげようと考えたのではないか。四番を打つアルフレド・デスパイネでもなく、先発した場合の一番打者、荻野貴司でもなく、マリーンズの顔とも言える井口を最後の対戦相手に選んだのだろう。井口はこの打席が第三打席だったが、これ以降の回だと、試合の勝敗にかかわる影響の度合いが大きいと考えたのであろう。


球界の通例では、こういう引退登板や、最後の打席に立たせる場合、相手チームにも筋を通すという。相手チーム側から花束が贈られることも多々ある。蛇足だが、ジャイアンツでは相手で引退する選手に花束を渡す役を十年前から高橋由伸が務めているので、敗戦処理。は高橋由伸のことを「球界の森繁久弥」と呼んでいる。そしてその最後の舞台の相手をする側は、打者相手ならストレートしか投げないとか、投手なら打者が来た球を黙って空振り三振するとか、アメリカ大リーグでよく言われる unwritten rule の様なものが確実に存在するようだ。


だが、今回の西口vs井口は、いくら試合中盤の二死無走者とはいえ、そういう空気を読む場面ではない。マリーンズとしては二死とはいえ、井口、クルーズ、鈴木大地と続く打線で出来れば追加点を奪ってリードを拡げたいだろうし、ライオンズとしては相手のクリーンアップをきれいに三人で片付けることで浦野攻撃にリズム良く繋げたいという思惑もあるだろう。だが、終盤にやるよりはと考えたのだろう、田辺監督はこの場面を西口の最後の場面に選んだ。


ここで相手の五番打者である井口を討ち取れるくらいだったらまだ引退する必要は無い。西口は六球を投じて四球となったが、抑えたいけど打たれたらチームに迷惑がかかる状況ということで、西口は四球という結果に胸をなで下ろしたのではないか。



「ノーヒットノーラン未遂2回。完全試合未遂1回。そして今日、四球。と、ファンの皆様の期待を裏切ることもたくさんありましたが 」


タイトルにもしたこの台詞は、西口の最後の出場となった9月28日の試合後の引退セレモニーでのもの。ファンの中には、プロ野球選手のプレーに一喜一憂することと同じくらい、いや、あるいはそれ以上に、プロ野球選手のプレーをネタにして遊ぶのが好きな人が少なくないようだが、そうした人たちにとって西口はネタの宝庫だった。おそらくは西口は自分がファンの一部からそのように見られているのも承知の上で、引退セレモニーで自虐的に話したのだろうが、ノーヒットノーランや完全試合の未遂はともかく、この引退登板が四球という結果で終わったことは笑い事で済ませて良いのかと思う。


今年は、特に球史に名を残すような選手の現役引退表明が相次いだこともあってか、該当選手の所属球団の本拠地最終戦で彼らの最後の舞台が用意されることが多かった。最後の対決は、見ていても感動する。相手側が多かれ少なかれ手心を加えているとわかるものもあるが、それでも感動する。だが、忘れてはならないのは、どんな偉大な選手の最後の舞台であろうと、公式戦の一場面ということだ。


プロ野球選手にとって、自己表現の場としては公式戦が全てだ。クライマックスシリーズや日本シリーズは好成績を残したチームのみが進める場、通常の公式戦は公式記録として、この国にプロ野球が続く限り、半永久的に残るものだ。たとえチームの順位が決まった後であっても、全てのプレーが真剣勝負としてなされなければならない。選手は「チームの勝利が全て」と口にするが、仮にチームが日本一になっても、成績の悪い選手は戦力外通告クビを宣告される。ましてや近年ではクライマックスシリーズ制度の導入により、いわゆる消化試合も少なくなっている。

シーズン終盤戦だろうと何だろうと、公式戦は公式戦。単に引退する選手が打席に立ったり、マウンドに上がって登板するだけなら、力の衰えた選手を試合に加えることのリスクをチームとして負う覚悟でやる分には、ファンも大半が納得するのならそれはそれで有効な演出の一つなのだろうが、相手を巻き込んで(手心を加えてもらって)最後の出番を果たすのは如何なものか、と思うのだ。


ただ、「武士の情け」という諺もある。最後くらいファンが納得する結果を整えてあげることに目くじらを立てることもない、という意見も理解出来ないこともない。そうであれば、昨今、毎年シーズン終盤戦ごとに行われる、両チーム了解済みの引退興行を行う選手をもっと絞り込むべきではないのか?


敢えて固有名詞をあげないが、何でこの程度の選手のために、ここまでしてやらなければならないのか?と首をかしげざるを得ない選手もいる。最後の所属チームにはほとんど戦力として貢献していない選手に何で盛大に?という選手がいる。そのチームを純粋に応援するファンにとっては袋だたきにしたいくらい、期待を裏切ったのではないかと。


ファイターズファンとして知られるコラムニストのえのきどいちろう氏がこんな事を書いている。

引退試合で感じた変化。『在籍時の実績より、野球人として称えた』森本、木佐貫、中嶋

素晴らしい文章だと思うが、同時に、ファイターズファンによる、ファイターズファン目線による見方という領域を超えるものではないと思う。敗戦処理。も、別に森本稀哲やライオンズ球団を特定して批判するつもりはない(移籍先で森本以上に働かなかった役立たずもいる
)が、引退興行をする選手を絞り込むとしたら、森本のような選手は除外されるだろう。


確かに、フリーエージェント制度を活用すると、選手生活で最後に所属する球団が、その選手にとって最も輝いていた球団であるとは限らない例が今後も増えてくるであろう。そう考えると、谷佳知は幸せだったと思う。もっとも、最初に所属した球団だからこそ拾ってくれたというのもあろうが


長くなったが、極論すると、公式戦の真剣勝負の場に、相手球団まで巻き込んで演出する舞台を作るべきではないし、作るにしても、ほんの一握りの球界に燦然たる功績を残した選手に限定すべきだと思う(何処で線引きするかは非常に難しいと思うが)。


やるのであれば、過去には行われた翌年の春のオープン戦での引退興行というのも一つの代案になろう。もう三十年も前になるが、敗戦処理。は松岡弘大杉勝男の引退試合を神宮球場の春のオープン戦で観た。かつてスワローズでエースだった松岡は当時のジャイアンツの主砲、原辰徳ではなくチームの顔である中畑清の打席を最後の舞台に選び、中畑はわざとらしいくらいのフルスイングで空振り三振を喫した。


現役を引退してすぐに他球団でコーチに就任してしまうと、翌春の引退興行は出来なくなるが、公式戦で相手球団に手心を加えてもらう演出をするよりはいいだろう。

明日、山本昌が引退登板するが、予告先発で山本昌の先発が発表されている。試合に及ぼす影響を最小限にとどめるために、一回表の一番打者ひとりとの対戦にとどめたのであろう。カープのホームゲームであり、カープ対ドラゴンズ戦でありながら、タイガース対カープ戦という側面を併せ持つ試合だ。山本昌に与えられる場所はその一つしか無いのだろう。


最後に、5日にジャイアンツの福田聡志投手の野球賭博関与が発覚した。所属するジャイアンツが事実を把握してコミッショナーに告発すると共に、マスコミに公開した。


賭博の背後に反社会的勢力の存在が繋がれば、不正行為である八百長行為に荷担していたのではないかという疑惑の目で見られかねない。このエントリーを書いている時点ではまだ何とも言えない。今後の推移を見守るしかない。


だが、八百長を問題視するのであれば、いかに相手選手の最後の舞台に敬意を表するとはいえ、公式試合で手心を加えたプレーをするのは広義な意味での八百長とも言えるのである。お互い様で済まされる問題では無いと思う。

昨今のように、オーバーにいえば誰も彼も引退セレモニーを起こしてもらえ、単に惜別の意味で出場の機会を得られるだけでなく、相手チームを巻き込んだ八百長まがいのプレーが認められると、その領域はどんどん広がっていくようになると思う。そしてそれが常態化してしまうと、その先には空気を読むのが当たり前という、上述の unwritten rule が広がり、本当の意味で、やってはならない八百長の誘惑を受けた時に、正しい倫理観を以て対応することが出来ないようになると思う。


数年前に角界で八百長疑惑が表沙汰になった時に、力士間の連絡手段が携帯電話による打ち合わせだったことが明るみに出た時、NPBは対岸の火事とせず、グラウンドで、お客さんが入場してからは相手球団の選手と会話をしてはならないという通達をコミッショナー名義で出した。当時は敗戦処理。も「そこまでしなくても…」と感じたが、この通達はほとんど無視された。


シーズン終盤の公式戦における最後の舞台の演出はもはや市民権を得た感じがあり、今さら線引きは難しいとは思うが、どこかで歯止めをかけるべきではないか。今ならまだ間に合うかもしれない。

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