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2015年10月30日 (金)

現役時代の背番号をそのまま背負う監督

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日本シリーズはホークスが
41敗でスワローズを圧倒して終了したが、日本シリーズに出場していない十球団は着々と来季の準備を始めている。ジャイアンツでは26日に高橋由伸新監督が監督就任会見を開き、今季まで背負っていた「背番号24」を監督としても背負うことも併せて発表された。


ライバルのタイガースでも、金本知憲新監督がタイガースでの現役時代に背負っていた「背番号6」を背負うことを発表している。またタイガースでは現役引退以来28年ぶりにユニフォームを着る掛布雅之新二軍監督も現役時代の「背番号31」を付けることが既に発表されている。


高橋由伸の「背番号24」、金本知憲の「背番号6」それぞれについて思うことを書いてみた。


(写真:ジャイアンツの公式戦最終戦で代打に起用されて打席に入る高橋由伸。結果的にこの打席が公式戦最終打席となった。 2015104日撮影)



選手から指導者時代を通じて同じ背番号を背負っていた人というと、王貞治を思い出す。王は昭和
34(1959)のルーキーイヤーから現役を引退する昭和55(1980)まで「背番号1」を付けていたが、引き続き助監督(1981年~1983年)、監督(1984年~1988)と役職が変われどもジャイアンツでの合計30年間「背番号1」で変わらなかった。


監督になっても現役時代の「背番号1」を変えない王監督に対して、ある記者が背番号を変える気は無いのか聞いたところ、王はこんな感じで答えたという。

「もし僕が他の番号を付けることになったら、『背番号1』を付ける人は誰もいないだろうから、僕が一人で二つの番号を持つことになる。巨人は永久欠番も多い。練習生を採用しているし、その分コーチの人数も多い。背番号が足りなくなるかもしれないからね」

確かに、王の「背番号1」は王が「背番号1」を手放したと同時に永久欠番になるのが明白だった。実際、昭和63(1988)のシーズンを最後に王が監督の座を退き、退団が決まると、王の「背番号1」はジャイアンツの永久欠番になった。


余談だが、王の入団以来30年間同一背番号というのは日本プロ野球の最長記録であったが、山本昌に抜かれた。山本昌はルーキーイヤーの昭和59(1984)から現役を引退する今季まで生涯「背番号34」一筋だったが、その期間は王を上回る32年間だった。


王はホークスの監督になって「背番号89」を背負うようになった。生涯同一背番号ではなくなった。生涯同一背番号という点で山本昌に次ぐのは、国鉄スワローズとジャイアンツでの現役時代、ロッテオリオンズでの監督時代と合計28年間(ただし連続ではない)「背番号34」だけをつけていた金田正一。山本昌が指導者になる時、背番号が何番になるか注目される。


話をもどそう。高橋由も、さすがに「背番号24」が永久欠番になることは少なくとも現時点ではないと思われるが、さりとて、来季すぐに「背番号24」を継ぐ選手が出てくるとも考えにくい。高橋由新監督が新しい背番号を背負うとなると、王が言うところの「一人で二つの番号を持つことになる」に相当しかねない。


また、ジャイアンツの背番号も空きが少ない。


今季途中で入団した外国人助っ人のホアン・フランシスコは「背番号21」。
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「背番号
21」というとジャイアンツに限らず主力投手というイメージが強い。一発長打を期待されて入団した内野手の外国人選手に何故投手のイメージの強い番号を与えたのかというと、単に空いている番号の中で、もっとも若い番号を与えただけだ。その後に入団したアレックス・カステヤーノスは、今季のジャイアンツにとって支配下登録の上限となる70人目の支配下登録選手だったが、「背番号93」だった。「背番号55」は空いていたが、さすがに…。


「背番号21」と「背番号93」。付け焼刃で場当たり的な補強が奏功しなかった今季のジャイアンツを象徴する背番号の配置といったら言い過ぎだろうか…。


ジャイアンツはフランシスコで懲りたのか、ドラフト1位指名の桜井俊貴投手に「背番号21」を与えるという。


ジャイアンツでは「背番号0」と「背番号00」がいて、逆に永久欠番で1、3、4、1416346つの番号がふさがっている。単純に小さい数字から埋めていくと支配下70人で、74番までが埋まる。だが育成コーチの福王昭仁の「背番号70」を筆頭に70番台にずらりとコーチ陣が並ぶ。結果、今季でいうと90番台にカステヤーノスを含め、6人の現役選手が名を連ねている。高橋由新監督が大きな背番号を選ぶと、選手が付ける空き番号が限られてしまうことになりかねないのだ。ましてや来季、ジャイアンツは三軍制を敷く。育成選手は三桁の背番号になるにせよ、三軍の監督、コーチの背番号をどうするかという問題が出てくるのだ。因みに三軍制の先輩、ホークスでは今季の三軍に小川史監督を含め9人の専任指導者がいた。


三軍のコーチを除くジャイアンツの来季のコーチングスタッフが発表された。十年間務めた原辰徳監督が退団した割にはがらっと顔ぶれが変わるという感じではなく、配置転換でチームに残るコーチが目立つ。しかしよい機会だから、コーチの背番号を見直し、選手に90番台をつけさせるのでなく、70番台までを選手の番号にしてはどうか。

 

 

金本知憲新監督の「背番号6」にも言及しておきたい。

 

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こちらは、その輝かしい連続出場記録の数々を考えれば、金本の現役引退時に永久欠番になっても不思議ではなかった。記録はカープ時代との合算であるが、例えばジャイアンツで「背番号
34」が永久欠番になった金田正一は通算400勝のうち、ジャイアンツでは五年間の在籍で47勝しかしていないがジャイアンツはトータルでの成績に敬意を表し、永久欠番としてたたえた。金田の前例があるのだし、金本の「背番号6」も個人的には永久欠番にしてほしかった。


前例といえば、タイガースでは吉田義男の「背番号23」が永久欠番になったのは現役引退のタイミングではなく、二度目の監督生活に終止符を打った昭和62(1987)の退任時だった。吉田監督は一度目の監督在任期間もこの二度目の監督在任期間も現役時代とは異なる背番号を付けていたが、昭和60(1985)にチームの21年ぶりのリーグ優勝、球団史上初の日本一を成し遂げた功績が評価されたのだろう。野球ファンのみならず、国民的な「虎フィーバー」を起こしてからわずか二年で最下位に沈み、タイガース特有のいざこざも表面化。責任を取らされる形での退任となったが、球団がご褒美を与えた形だった。


金本監督がもしも成績が不本意で退任に至った場合「背番号6」も傷つく形になってしまいかねない。現役時代の背番号を背負うのも善し悪しかなという感じだが、今からでもタイガース球団はいずれ「背番号6」を永久欠番にするという前提で考えてほしいものだ。


なお、金本の現役引退時に金本の「背番号6」が永久欠番にならないことが判明すると、賛否両論があったのだが、永久欠番にしないことを支持する意見の一つにタイガースの「背番号6」は名球会入りしている巧打の名内野手、藤田平や、今季まで監督を務めていた和田豊がいるのだから、タイガースの「背番号6」イコール金本ではないので永久欠番はふさわしくないというものがあった。これは敗戦処理。の感覚と全く異なる。


永久欠番というのは選手の功績を評価する最大級の栄誉の一つだと思うが、その讃え方の具体的な形として、ある背番号をその選手限りにして封印するというものである。その性質上、背番号という数字が浮き彫りにされるが、あくまで讃えられているのは選手である。したがって、その選手と同じ背番号を付けた先人にどんな偉大な選手がいようと、永久欠番として讃えることをためらう必要がない、と敗戦処理。は思う。


金本の「背番号6」が永久欠番になれば、おのずと掛布雅之の「背番号31」はどうなの?という声が出てくるだろう。日本のプロ野球から永久欠番という習慣がなくなってしまいそうな風潮に待ったをかけてほしい。


高橋由伸、金本知憲、ともに転換期のチーム指導を託されるには若すぎると懸念する声が少なくない。ましてや現役時代の背番号をそのまま背負っていると、現役気分が抜けていない等と揶揄される可能性は高いが、青年監督ならではの戦いぶりで「伝統の一戦」に新たな彩りを加えて欲しい。

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