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2014年12月23日 (火)

ジャイアンツのビジターユニフォームに13年ぶりに「TOKYO」が復活!

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ジャイアンツは来季からアンダーアーマーと五年契約を結ぶ。
五年契約で総額
50億円規模の契約だから、久々にジャイアンツに超大物の外国人助っ人が入団する…というのは冗談だが、そのアンダーアーマー社製で、来季のジャイアンツのビジターユニフォームには13年ぶりに胸文字に「TOKYO」が復活する。


2002年、ジャイアンツの親会社の読売新聞社の組織改革に伴い、法人としてのジャイアンツ球団が「株式会社読売」から「株式会社読売巨人軍」に名称変更。球団名も「東京読売巨人軍」から「読売巨人軍」に変更となった。球団名から「東京」が消え、ビジターのユニフォームがシーズン途中に「TOKYO」から「YOMIURI」に変わった。その後ビジターユニフォームの胸部分の表示は幾度かの変遷を辿るが、「TOKYO」が復活するのは20027月の変更以後、初めて。


(写真:懐かしい「TOKYO」ビジターユニフォーム姿の長嶋茂雄 199911月撮影)



異様な光景だった。ファンからしてみれば長年親しんでいたビジターユニフォームの胸文字「TOKYO」が消え、「YOMIURI」に変わるということなのだ。上記のような読売新聞グループ全体の組織改革に伴う変更がジャイアンツのユニフォームにまで影響を及ぼした。球団としては、本拠地である東京にとどまらず、全国区の球団であることを意識し、その姿勢をユニフォームにも表したのだろうが、V9時代を知るファンだけでなく、外野席で熱い応援を繰り広げるような若いファンからも拒絶反応が相次いだ。
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彼ら世代では“讀賣”はネットでのジャイアンツの蔑称。選手獲得時などグラウンド外での騒ぎを起こす親会社への揶揄も込めて、アンチ派は蔑称として“讀賣”を用いていた。ただファンとしてはこの蔑称を恣意的に解釈すれば、騒動を起こすのは球団
(親会社)であって選手、監督ら現場(球団)とは別物という割り切り方も出来たが、その親会社の都合で“讀賣”が英文字でユニフォームの胸に躍るのは容易には受け入れられないというのだ。敗戦処理。は6月末の最後の「TOKYO」の試合を生観戦したが神宮球場のレフトスタンドには、渡邉恒雄オーナー(当時)が遺憾の意を表したにもかかわらず胸文字変更を批判する横断幕が掲げられた。


あれから13年。


巨人「TOKYO」ユニ復活!アンダーアーマーと5年50億円契約


胸番号がないところが、以前のデザインとは異なるが、ほぼあの伝統のユニフォームを再現している。子供の頃に見た「TOKYO」の胸文字のユニフォームが復活すること自体は敗戦処理。的には歓迎だが、大義が感じられない。2020年に東京で五輪が行われることに便乗する便乗商法に見えなくもない。野球が五輪での競技として復活する可能性も出てきたため、その時に東京を本拠地にする球団でありながら「東京」を謳わないのはもったいないから、ユニフォームに「TOKYO」を復活させているだけと言ったら決めつけ過ぎか…。


本当に東京をホームタウンとして地域に密着した球団に生まれ変わるというのならば、東京ヤクルトスワローズの様に東京読売ジャイアンツと球団名を変更するところまではやるべきであろう。


それをせずに、ビジターユニフォームの胸文字を替えるだけであれば、2020年の東京五輪開催への便乗商法であり、ユニフォーム変更に伴うグッズ売り上げ増大が目的なのではないかと勘ぐりたくなる。いわば、仏作って魂入れずとでも言おうか…。


そもそも敗戦処理。は(ジャイアンツに限ったことではないが、)昨今の“限定ユニフォーム”ブームには違和感を覚える。いわゆる復刻ユニフォームにこそ「故きを温ねて新しきを知る」という大義名分が成り立つ面があるものの、それ以外の企画モノ、限定ユニフォームはグッズとしての売り上げ見込みのあざとさが垣間見られやしないか…。
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王貞治が「戦闘服」と表現したことがあるように、本来ユニフォームというものは神聖にして、シーズン中に何種類も使い分けるものでは無いのではないか。十二球団の大半が赤字経営に悩まされる中、せっかく見つけた“金の成る木”をファンに見破られるまでは続ける覚悟なのだろうが、ちょっと安直に過ぎないか。



2002年のユニフォーム変更が発表された後、東京ドームのライトスタンドに掲げられた抗議の横断幕の一つに「正力の遺産をなくすな!」という類のフレーズがあった。正力家から渡邉恒雄が巨人軍を牛耳るようになって長いが、その渡邉恒雄に牙をむいた清武英利元球団代表のいわゆる「清武の乱」が裁判においては完敗した。敗戦処理。は司法の判断に対して意見を述べるほどの知識はないが、清武氏が去った後のジャイアンツは、清武氏が球団代表、GMを務めていた時期の育成と補強のバランスを考えたチーム編成が蔑ろにされ、再び補強に重きを置く球団に戻っている気がする。脱清武といっても過言では無いだろう。
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清武氏が骨を折って確立された育成選手は引き続き獲得しているが、「第二の二軍」は解体され、昨オフも今オフも複数のFA補強に余念がない。


そんななかでの「TOKYO」ユニフォーム復活がナベツネ以前への回帰の第一歩というのならそれは一つの吉報だが、今の時点ではそうは思えない。ジャイアンツの今回のユニフォーム変更が、そうしたマーケティング優先のものでなく、13年間の誤りを是正するものであるというのなら(本来はその旨を謝罪するべきかもしれないが)歓迎したいものだが…。


実際に選手達が新ユニフォームを着てプレーするのを見たらまた印象が変わるかもしれないが、今このニュースを聞いただけでは素直に喜べないのだ。

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