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2014年5月 2日 (金)

ついに28年ぶりに夢の日本シリーズが実現【回想】敗戦処理。生観戦録-第38回 2009年(平成21年)編

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毎月2日、昨年2月にスタートしたマイセレクトベストナインを偶数月に、 敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each yearを奇数月の2日に掲載しています。今月は敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each yearの月。

1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。


【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year38回 2009(平成21)


(写真:日本シリーズ第1戦ならではのオープニングセレモニー。200910月撮影)


いつも拙blogをお読みいただいている方ならご承知いただいていると思うが、敗戦処理。はジャイアンツとファイターズをずっと応援している。当然贔屓チームには勝って欲しい。その積み重ねが優勝という最高の結果になるし、両球団とも優勝すれば贔屓チーム同士の日本シリーズが実現するかもしれない。


だが、ジャイアンツは悪くても数年に一度はリーグ優勝を果たすが、近年を別にすればファイターズは長く優勝から遠ざかっていた。1981年に当時ともに後楽園球場を本拠地に持つジャイアンツとの日本シリーズを経験して以降、何年かに一度、いいところまで優勝争いをすることはあっても、いつも届かなかった。本拠地を後楽園球場から東京ドームに変えた後はついに一度も優勝を経験することなく本拠地を北海道に移転した。ブレーブスで黄金時代を築いた名将上田利治を監督に迎えても、優勝争いを繰り広げながら力が尽きて優勝を逃した。「もう、このチームは優勝出来ないのではないか…」本気でそう思った。

そして2006年にようやく25年ぶりにリーグ優勝を果たすのだが、皮肉にもジャイアンツはこの年、球団史上初めての二年連続Bクラスという屈辱を味わった。ファイターズが優勝出来なかった24年間にジャイアンツは8回も優勝していたのだが、ファイターズが念願の優勝を果たしたとき、ジャイアンツはどん底だった。そして実はその翌年、ファイターズはパ・リーグで優勝し、ジャイアンツもセ・リーグで優勝したのだがこの年から導入されたクライマックスシリーズであっさりとドラゴンズに三連敗し、ジャイアンツは“優勝”しながら日本シリーズに出場できない初めてのチームになった。

ファイターズは強くなったが、ジャイアンツとの日本シリーズはそう簡単には実現しないのか…そう観念したが、幸いにもその二年後、2009年に再びファイターズもジャイアンツもリーグ優勝し、ともにクライマックスシリーズも勝ち上がり、そろって日本シリーズに駒を進めたのだ。

単純計算で日本シリーズで同じ顔合わせが実現するのは36年に一度。ファイターズとジャイアンツの対戦は1981年以来28年ぶりだから、まずまずの間隔と言えよう。

そしてこれまた拙blogで何度か触れているが、敗戦処理。のスタンスとして、日本シリーズは出場することに意義があるのだ。贔屓チームが日本シリーズに出場すればもちろんいつも以上に気合いを入れて応援するが、日本シリーズで敗れたとしても責めることはしない。何故なら日本シリーズで敗れたとしても、それは日本シリーズに出ることが出来たから負けることも出来たのであって、多くの球団は日本シリーズで敗れることすら出来ないのだ。クライマックスシリーズの導入で日本シリーズの意義そのものに疑問を挟む向きもあるが、幸いにもレギュラーシーズンでリーグ優勝し、なおかつクライマックスシリーズを勝ち抜いた同士で対戦するのだから何の後ろめたさもない。ジャイアンツは前年にライオンズとの日本シリーズで3勝2敗から連敗して日本一を逃したが、残念とは思うが責める気持ちはなかった。それがましてやこの年は贔屓チーム同士の対戦である。どちらかが勝ち、どちらかが負けるのだが、いずれにしても敗戦処理。の贔屓チームが日本一になるのである。こんな幸せな日本シリーズはない。


この年の日本シリーズはパ・リーグの本拠地から始まる。土日が札幌ドームだ。第3戦が予定される113日が文化の日で祝日。本当なら、次にこの顔合わせが実現するのに再び36年近くを要するかもしれないことを考えると金に糸目を付けずに可能な限りチケットを取って生観戦したいところだが、珍しく仕事が忙しく有給休暇を取れそうもない。そこで札幌ドームで仕事を休まずに観戦出来る土曜日の第一戦と第六戦を申し込んだところ、両方とも当選した!

この時の高揚ぶりは、珍しく生観戦前日にエントリーを立てたほど。後で時間のあるときに参照していただければ幸いである。

20091030日付エントリーいよいよ明日…

この年にはジャイアンツのセ・リーグ優勝、イースタン・リーグ優勝、日本シリーズ優勝をすべて生で観ることが出来たが、これまで書いてきた理由により、マイ・オンリー・ワン…となると、この日本シリーズ第一戦なのである。

ジャイアンツ
()坂本勇人
()松本哲也
()小笠原道大
()ラミレス
()亀井義行
()谷佳知
()阿部慎之助
()木村拓也
()古城茂幸
()ゴンザレス

ファイターズ

()田中賢介
()森本稀哲
(
)稲葉篤紀
()高橋信二
()スレッジ
()小谷野栄一
()糸井嘉男
()鶴岡慎也
()金子誠
()武田勝

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ジャイアンツの先発はこの年、チーム最多の15勝を挙げたディッキー・ゴンザレス
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ファイターズは同じくチーム最多の15勝を挙げたダルビッシュ有が足の故障で戦列を離れていたため、ダルビッシュに次ぐ10勝を挙げた武田勝


一回の表裏はともに三者凡退と静かに始まった試合は、二回表にジャイアンツが谷佳知のソロ本塁打で先制すれば、その裏にファイターズもターメル・スレッジのソロ本塁打ですかさず同点に追いつく。
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1対1で迎えた五回表、ジャイアンツは谷と阿部慎之助の連打で無死一、二塁とすると木村拓也が送って一死二、三塁。
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二死後、坂本勇人があわや本塁打というレフトフェンス直撃の二塁打を放ち、3対1と勝ち越した。


2点を追うファイターズは六回裏、スレッジと小谷野栄一の連打で無死一、二塁とするが糸井嘉男のバントが前進守備の一塁手木村拓の好守に阻まれ三塁で封殺。一死二、三塁としたいところが一死一、二塁となった。それでもファイターズは鶴岡慎也に代打、左の坪井智哉を起用して勝負を賭けると、ジャイアンツもゴンザレスから左の山口鉄也にスイッチ。
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ファイターズも代打の代打としてこの年にジャイアンツから移籍の二岡智宏を起用。期待に応えた二岡がレフト前に運ぶがバント失敗がたたり、1点止まり。


七回表、ファイターズは武田勝に代えて建山義紀。ジャイアンツは先頭の谷がこの日3安打目となるライト前安打を放つと、左の阿部を迎えるところで、二岡とともにジャイアンツからこの年に移籍してきた林昌範を投入。阿部安打、木村拓三振の一死一、二塁から古城茂幸に代打、左投手に強い大道典嘉が起用されると、林に代えて右のサイドスローの江尻慎太郎を投入。ジャイアンツも代打の代打、イ・スンヨプを起用。
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イ・スンヨプは期待に応え、センター前にタイムリーを放ち、4対2と再びリードを拡げる。


ジャイアンツは七回裏を続投した山口が抑え、八回裏は右の越智大祐が抑える。4対2で迎えた九回裏は抑えのマーク・クルーンを投入する万全の継投。

九回裏のファイターズは先頭の田中賢介のプッシュバントがクルーンの頭上を超える内野安打になると、二死から四番の高橋信二がセンター後方のフェンスを直撃するあわや同点本塁打のタイムリー二塁打で1点差に迫る。
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続くスレッジもクルーンのストライクからボールになるフォークを良く見極めて四球を選び、一打同点、長打が出れば逆転サヨナラ勝ちという場面を作るが、小谷野が三振に倒れ、一歩及ばなかった。



20091031日・札幌ドーム】
G 010 020 100 =4
F 010 001 001 =3
G)○ゴンザレス、山口、越智、Sクルーン-阿部
F)●武田勝、建山、林、江尻、宮西-鶴岡、大野、中嶋
本塁打)谷1号ソロ(武田勝・2回)、スレッジ1号ソロ(ゴンザレス・2回)


まさに頂上決戦にふさわしい、最後の最後まで結末がわからぬ接戦であったが、勝敗を分けたのは送りバント。五回表のジャイアンツの勝ち越し劇を演出した無死一、二塁からの木村拓の送りバントは武田勝への強い打球で一瞬三塁封殺かと思ったが素手で捕りにいった武田勝がお手玉し、打者走者を刺すのが精一杯だった。
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一方で2点差を追う六回裏のファイターズの無死一、二塁からの糸井の送りバントはバントシフトでダッシュした一塁手の木村拓に好捕され、三塁封殺。この差が明暗を分けた。


シリーズはこの後、第二戦では病み上がりのダルビッシュがほとんど上半身だけの手投げのような投法でジャイアンツ打線を翻弄して一勝一敗のタイとすると、舞台を東京ドームに移した第三戦はいわゆる空中戦となってジャイアンツが制す。負けじと第四戦はファイターズ打線が爆発で再び対戦成績をタイに戻したが、第五戦でジャイアンツがファイターズのシーズン0敗の武田久から本塁打2本で逆転サヨナラ勝ちし、王手をかけて再び札幌ドームに乗り込んだ。敗戦処理。も再び札幌ドームに乗り込んで第六戦を生観戦。ジャイアンツが2対0でファイターズを下し、日本一を達成した瞬間を生で目撃した。
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ファイターズとしてはジャイアンツ相手に28年越しのリベンジがならなかったことになるが、個人的にはどちらのチームが日本シリーズを制したかはさほど大きな問題ではない。この両チームが日本シリーズという最高の舞台で顔を合わせたことが重要なのだ。


ただ、それから三年経って三度この顔合わせになってまたまたファイターズは敗れた。2009年とは逆にジャイアンツの本拠地、東京ドームから始まる日本シリーズで敗戦処理。は第六戦、第七戦のチケットを入手した。この両チームによる第七戦を生観戦したら心臓が破裂していたかもしれないが、幸か不幸か三度第六戦で決着が付いた。

贅沢は言わないが、次、もう一度ファイターズとジャイアンツの日本シリーズが実現したら、さすがにファイターズに日本一になって欲しいものだ。



【参考資料】
2010ベースボール・レコード・ブック」ベースボール・マガジン社
blog20091030日付いよいよ明日…
blog20091031日付これぞ、頂上決戦!!
blog2009117日付おめでとうジャイアンツ、北の大地で7年ぶり日本一に輝く!!

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