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2014年3月20日 (木)

山崎武司、引退試合出場のためドラゴンズと1試合限定契約

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日にナゴヤドームで行われるドラゴンズ対ゴールデンイーグルス戦を“引退試合”とする山崎武司が、大リーグでよく見られる、一日限定契約を行うことがわかった。昨シーズン終了後、任意引退選手として公示された山崎はこの一戦限りドラゴンズと選手契約を結び、支配下選手登録を行い、試合に出場した後、再び任意引退の手続きを取るという。

19日のスポーツ報知の報道によると、“オープン戦の出場資格は現役選手に限られるため、球団側は試合前日の20日に山崎氏を支配下選手として契約する”とある。日本球界では初めてのケースとあるが、過去にあった、オープン戦に、前年限りで現役引退した選手が出場していたケースは何だったのか!?


(写真:山崎「いいじゃないか、オープン戦なんだから引退した選手が出ても!」 審判「ダメですよ。ちゃんと復帰手続きをしてくださいよ」 写真はイメージです。)



シーズン終盤に、そのシーズン限りでの現役引退を表明した選手に対し、主に本拠地最終戦で最後の花道を用意するというのは多いが、翌年の春のオープン戦で既に引退した選手が最後の登板をしたり最後の打席に立つケースも少なくない。



敗戦処理。が日本のプロ野球を見るようになってからでは、あの有名な長嶋茂雄の現役最終戦は盛大なセレモニーとなったが、同じ試合が最後の公式戦となった川上哲治監督の引退試合は翌年の春のオープン戦だった。

川上監督は現役を引退した時に特に引退試合的なセレモニーを行わなかったそうで、引退してそのままジャイアンツにコーチとして残り、コーチから監督になった。監督退任で初めてジャイアンツのユニフォームを脱ぐことになり、球団が翌春のオープン戦で引退セレモニーを用意した。宿命のライバル、タイガースとのオープン戦で川上さんは代打で登場。タイガースも敬意を表したのか、元々の予定だったのかは記憶が定かではないが当時のエース、江夏豊がマウンドに上がっていた。江夏はどのくらいの加減で投げればよいのか迷っていた感じだったがハーフスピードのストレートで川上さんにライトフライを打たれた。

江夏はその後、ドラゴンズの名捕手、木俣達彦が引退した翌年のオープン戦での引退試合に、木俣と対戦するだけのために登板してはなむけをしたことがあった。

その後、敗戦処理。も生で観戦した大杉勝男の引退試合も引退翌年の春のオープン戦だったし、その翌年には同じスワローズの松岡弘の引退試合も翌春のオープン戦だった。

最近ではファイターズで2005年限りで現役を引退した岩本勉が翌春のマリーンズとのオープン戦で引退セレモニーを組まれて先発し、相手のマリーンズも長く対戦したベテランの堀幸一を一番打者で出場させて岩本と対戦し、堀がレフト前に安打を放ったというのがあった。

岩本は2005年のシーズン限りで球団から戦力外通告を受けたが、当初は他球団で現役続行という考えを持っていたがどうやらオファーが無かったようで現役引退を決意した。このようなケースではシーズンの最終戦などで最後の花道を用意することは出来ない。


“オープン戦の出場資格は現役選手に限られる”と記事にある一方で、引退試合を行われる選手が一試合限定で選手契約するケースは日本球界で初めてというのなら、今まで挙げた例はどういう扱いで現役でない選手が試合に出ていたのかと言うことになる。

これは敗戦処理。の推測だが、“オープン戦の出場資格は現役選手に限られる”云々は近年明文化された“ルール”であるか、そうでなければ、出場資格はきちんときめられていたにしても、非公式試合であるオープン戦だから、相手球団などの了承を得た上で引退した選手を出場させていたのだと思っていた。実際、オープン戦の出場には厳密な一軍登録はないし、育成選手も出場出来る。そういった非公式試合ならではの制約の少なさの上に、相手球団の了承を得た上で引退セレモニーをしているものだと思っていた。


山崎がわざわざ選手契約をして出場するのは大リーグのスタイルに倣っただけと言うのなら理解出来る。ドラゴンズ球団は一応実行委員会で事前に報告済みだそうだが、今後手続きとして、オープン戦と言えども引退した選手が出場するなら選手契約が必要という方向性になるのであれば、いささか本末転倒に感じるのだ。

というのは、引退セレモニーの大半を占める、シーズン終盤の本拠地の試合での最後の花道は、仮にいわゆる“消化試合”といわれる試合であっても、公式記録に残る公式戦で行われていると言うことを軽視してはならないと思うのだ。球界には暗黙のルールがあるようで、例外はあるようだが原則として引退セレモニーの選手が打者ならば、最後の打席にはストレートしか投げないとか、要するに“空気を読む”ことが求められるようだ。これは杓子定規に言えば八百長である。


優勝争いに絡んだ試合を避けて引退試合を当てはめるなど、配慮する球団もあるが、必ずしもそうでない。カープの佐々岡真司の引退登板の対戦打者は本塁打王争いをしていたベイスターズの村田修一で、村田は引退登板の佐々岡から容赦なく本塁打を放ち、36本塁打で本塁打王を獲得した。これなどは真剣勝負の証拠と言えるが、この一本がものを言い、本塁打数2位の高橋由伸、アーロン・ガイエル、T.ウッズに一本差で単独本塁打王に輝いた。

また、2006年のシーズン序盤にしてそのシーズン限りでの現役引退を表明したSHINJOの日本シリーズでのおそらく最後になるであろう打席では目に涙を浮かべて打席に入るSHINJOに対戦相手のドラゴンズの捕手、谷繁元信が「全部真っ直ぐで行くからな」と耳打ちしたという話が当時まことしやかに伝わってきた。


球界の“お約束”は日本シリーズという最高の舞台でも忠実に守られるほどのものなのか…。

公式戦での空気を読む行為、武士の情けを見て見ぬ振りする一方で、非公式戦に杓子定規な規制をかける。何とも本末転倒に思える。

公式戦の中で、武士の情けが存在することに賛否両論なのは理解出来る。個人的には対戦相手と対戦相手のファンからも一目を置かれるほどの選手であれば、優勝争い、順位争い、個人タイトル争いに影響しない範囲で公式戦に花道を用意するくらいは目をつぶっても良いと思う。ただ、誰も彼もというわけにはいかないだろう。


最後に3月20日付けのコミッショナー公示は


【任意引退選手復帰】中日・山崎武司


となっている。記者会見では背番号22と発表された。ドラゴンズの背番号22は進境著しい開幕投手候補、大野雄大がいる。大野は背番号を変更するのだろうか?山崎は正式な支配下登録選手だから、チーム内に同じ背番号が二人いてはおかしい。やる以上はそのくらい徹底して欲しい。

かつてSHINJOが現役最後の公式戦で入団一年目の背番号63に一日だけ変更した時には背番号63の同僚、渡部龍一は背番号を68に変更した。(渡部の「背番号68」のユニフォームが作られたかは定かでない。)

なお、理論上は山崎とドラゴンズが合意すれば山崎はそのまま現役を続けることも可能である。

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