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2013年11月12日 (火)

なぜ田中将大が正力松太郎賞でなく星野仙一監督が受賞なのだろうか?

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日、日本プロ野球最高の賞の一つと言える、正力松太郎賞が発表され、ゴールデンイーグルスを日本一に導いた星野仙一監督が受賞。240敗と圧倒的な力で優勝の原動力となった田中将大は特別賞となった。昨年の原辰徳監督、阿部慎之助のようなW受賞もあるかと思ったが、昨年の選考時に次回から一人に絞ることが決められ、議論の末、星野監督に正力松太郎賞が贈られることになった。

確かに、チームを日本一に導いた監督が選ばれるケースが多い賞ではあるが、第1回の王貞治を始め、選手の単独受賞の例も少なくない。

前人未踏、そして空前なばかりでなく絶後かもしれない成績で日本一の原動力となっても正力松太郎賞は選手より監督の方が優先されるものなのだろうか?

正力松太郎賞は昭和52(1977)に制定された賞である。日本プロ野球の生みの親として知られる正力松太郎氏の功績を讃え、その年のプロ野球の発展に、大きく貢献した人物(監督または選手)に贈られる。第1回はその年に通算本塁打数で、大リーグでトップのハンク・アーロンを超えた王貞治が選ばれた。それからは主にその年の日本一の監督が受賞するケースが多かったが、突出した成績を残す選手がいると、日本一監督でなく選手が受賞するケースもあった。

これまでの受賞者を振り返ると、その年の日本一監督が選ばれたケースが
24回、リーグ優勝したものの日本シリーズに敗れた監督が選ばれたのが2回で他に第1回WBCで世界一に輝いた王監督が受賞したのが1回ある。現役選手が選ばれたのが13回あるが、優勝チーム以外の選手が選ばれたのはそのうちの2回しかない。W受賞は過去に3回あり、上述の昨年の昨年もチームを日本一に導いたジャイアンツの原辰徳監督と、優勝、日本一に大活躍した阿部慎之助の他、1994年にジャイアンツを日本一に導いた長嶋茂雄監督と、日本プロ野球初の年間200本安打超えを達成したイチローのW受賞、2003年に日本シリーズが第7戦までもつれたからか、両リーグの優勝監督、王監督と星野監督が選ばれたケースの3回。今回の田中のような【特別賞】は2回目で、過去にはシアトル・マリナーズ所属のイチローが大リーグの年間安打数を更新した2004年に【特別賞】を受賞している。イチローの場合はこの年にNPBに所属していないから苦肉の策で【特別賞】に選んだのだろう。


プロ野球は、様々な形でファンを魅了することが求められているが、大前提はチームスポーツとしてチームの優勝、日本一を目指すものであるから、それを成し遂げたチーム、あるいはその責任者たる監督が最高の栄誉の賞を受賞するという定義付けは充分に理解出来る。だが繰り返しになるが、これまでにおいて例外なく日本一監督が選ばれてきた訳ではなく、突出した成績を挙げた選手個人がいた場合には所属チームの順位に関係なく受賞したケースもある。それが何故今年は田中でなく星野監督だったのか?

正力松太郎賞の選考委員は王貞治委員長以下、野球ジャーナリストの田口雅雄氏、プロ野球OBで評論家の杉下茂、中西太、山本浩二の三氏からなり、選考委員の話し合いによって決まる。

12日付けスポーツニッポンによると、そもそも選考対象に挙がったのは3人。星野監督と田中と、シーズン最多本塁打記録を大きく更新したスワローズのウラディミール・バレンティン。その中から、日本一のゴールデンイーグルスから選ぶべきという意見が多数を占め、最終的には「選手(田中)には、部門別の賞がある」との声もあり、満場一致で星野監督に決まったという。また、記者会見ではコミッショナー代行を務めているバファローズの宮内義彦オーナーが「星野監督が特に若い選手を起用し、選手が期待に応えた.正力松太郎賞にふさわしい手腕だとの声でした」と語った。それなら、論議の必要もない。最初から日本一の監督に贈る賞にすればよい。

それであれば、昨年のジャイアンツの阿部を含め、何故過去に選手が受賞出来たのだろうか?

正力松太郎賞の制定初期には同じ人物が複数回受賞するのを避けている傾向も見られた。

森祇晶監督は期間中に六回の日本一を達成しているが受賞は2回だけ。広岡達朗はスワローズとライオンズを初の日本一に導いた年にはそれぞれ受賞したが、ライオンズで二年連続日本一を果たした1983年には田淵幸一が選ばれた。個人的にはこの年は現役選手が選ばれるなら盗塁数の世界記録を更新した福本豊が選ばれるべきだと当時思った。翌1984年には日本一にはカープが輝いたが、古葉竹識監督が1980年に受賞済みだったからか、衣笠祥雄が受賞。森監督の1986年と1990年以外の日本一イヤーには1987年に工藤公康1988年には門田博光1991年には秋山幸二1992年には石井丈裕が受賞している。野村克也も監督として三回日本一になっているが、初めて日本一に輝いた1993年に受賞すると、その後の1995年はイチロー、1997年は古田敦也が受賞。

そういう意味では2003年に日本一を逃しながらも受賞歴のある星野監督より田中が選ばれる可能性が高いのではと敗戦処理。は睨んでいたが、選考委員は満場一致で田中でなく星野監督を選んだ。

王委員長は「星野監督は、3年前に東日本大震災があり、その中で先頭に立って、(就任)3年目の正直で日本一。これ以上ない感動を与えた」とコメントしている。

“これ以上ない感動を与えた”という点において、田中でなく星野監督だったという具体的な根拠が知りたいものだ。

それにしても、「選手には、部門別の賞がある」という理由は笑止千万である。それではまるで同情票だ。賞の定義通り定めて年間でただ一人を選べばよいと思う。第一、現役選手と簡単にくくるが、投手には沢村栄治賞があるが、打者にはそれに相当する賞がない。ポジション別の守備のスペシャリストが選ばれるゴールデングラブ賞はあるが、打撃で最も秀でた選手をポジション別、あるいは打順別に表彰する制度はない(ベストナインは打撃成績が重視される傾向があるが、原則は攻守両面の総合的な人選)。監督にタイトルらしいタイトルがない訳ではなく、最優秀監督というタイトルがある。

今年の田中将大の成績と、監督としての星野仙一監督を比較したら、普通に考えれば星野監督の栄誉に尽力しているのが田中であることを考えると、田中の成績があっての星野監督なのである。これが例えば、長年破られなかった年間本塁打記録を更新して年間本塁打の日本新記録を達成したバレンティンと星野監督との比較であれば話は別だが、田中と星野監督を比較する事自体が無理であることに気付くはずだ。田中が好成績を挙げれば挙げるほど、監督としての星野に還元されるからだ。


あくまで仮定、もしもの世界だが、もしも日本シリーズ第
7戦で、前日の160球完投に続く連投でマウンドに上がった田中が疲労のあまりジャイアンツ打線に捕まり、ジャイアンツに逆転日本一をさらわれていたと仮定しよう。正力松太郎賞は二年連続日本一の原監督に贈られただろうか?おそらくノーだろう。田中を強行登板させた星野監督に批判が集中し、正力松太郎賞は田中の単独受賞となっただろう。原監督はひょっとしたら特別賞にありつけるかもしれない。

裏を返せば、これは仮定に基づく結果論だが、田中は160球完投の翌日に志願の連投をして、チームに日本一をもたらしたばかりに正力松太郎賞に関しては受賞を逃し、【特別賞】に据え置かれたのだ。

田中が沢村栄治賞に選ばれた際、沢村栄治投手でも、あるいは他の歴史上の大投手でも残せなかった前人未踏の成績を残したのだから、「田中将大賞」を制定して第1回の受賞者にするべきだとの声が一部のファンから挙がったそうだ。それになぞらえれば、「川上哲治賞」を制定し、その年の最も優秀な監督を表彰し、正力松太郎賞は監督、選手の間からフラットに選ぶ賞としてその上に輝く賞であって欲しいと個人的には思う。

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