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2013年9月 9日 (月)

「コンバート論」に載らないコンバート選手…

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今年も何冊かの野球に関する本を読んでいるが、その一つが赤坂英一氏の「コンバート論」
(PHP研究所)。コンバートを境に野球人生が一変した選手達の、コンバートを告げられた時の境地、告げられてから新しいポジションをものにするまでの戦いや軋轢、また告げる側の人物にもスポットを当てていて読み応えがあり、ページが進むのが早かった。

掲載された選手以外にもコンバートが転機となった選手はまだいるので、続編を期待したいところだが、現役選手で異例とも言えるコンバートに挑戦していながら、同書で取り上げられていない選手がいる。

もっとも、
コンバートが完全に成功していないからというのもあるが…


(写真:赤坂英一「コンバート論」PHP研究所)

 
尾崎匡哉(おざきまさや)報徳学園高校時代に大型内野手として注目され、
2002年のドラフト会議でファイターズから1位で指名されて入団。遊撃手のポジションが田中幸雄から金子誠に世代交代していた時期で、さらにその次世代と注目されていたがなかなか芽が出ない。梨田昌孝監督の助言もあって2008年から捕手に挑戦するが、チーム事情もあって転向ではなく内野手と捕手の掛け持ちのようになっている。2013年の登録上は捕手。今年で11年目になったが、一軍公式戦に出場したのは2008年、20110年、そして今年の三年間のみ。


かつて拙blogで“鵜久森三年尾崎八年 ”と書いたが、八年どころか十一年経ってもまだ一本立ちしない。
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パンチ力のある打撃、勝負強さは二軍レベルではイヤと言うほど発揮されているが、なかなか一軍からお呼びがかからない。内野のポジションを一通り経験し、捕手も務まる。ファイターズの様に決して層が厚くないチームでは希少価値のある選手であるはずなのだが、希少価値がありすぎるのか、希少価値を発揮するのは専らファームである。



上述したように以前は大型遊撃手と期待されており、岡本哲司二軍監督の時代には「尾崎匡哉育成三年計画」としてファームでひたすら遊撃手として出場し続けた時期があった。一軍がトレイ・ヒルマン監督でエリック・アルモンテを偏重して金子誠が二軍落ちした時でもファームでは三塁・金子誠、遊撃・尾崎だった。金子が復権し、アルモンテが二軍落ちしてきても同様で、それほどまでに尾崎を遊撃手として将来的に一本立ちさせたいという意思が感じ取られた。

だが、金子誠が年齢を重ねても元気だったことや、守備に関しては格段の進歩を遂げた飯山裕志が先に一軍に上がったことで、尾崎も二軍でも、最も難易度の高い遊撃手から三塁手として出場するケースが増え、二塁、一塁も一通りこなすようになっていた。

そんなさなか、捕手出身の梨田昌孝が一軍の監督になり、捕手をやらせた方が良いのではという意見が出て、捕手に挑戦することになった。新聞報道などでは「コンバート」という文言が躍ったが、尾崎本人は、やれる人が少ない捕手を務められるようにすることで、出場機会が増えればと考えていたようだ。当時のインタビューでマリーンズで捕手から内野手にチャレンジした田中雅彦を目標に挙げていた。

田中の捕手→内野手への経緯は赤坂英一氏の「コンバート論」をお読みいただくとして、尾崎は真逆の内野手→捕手を薦められた選手。扇の要と言われ、グラウンドでの監督代行とも形容される捕手のノウハウを身につけると言うことが如何に大変かを考えれば、捕手→内野手と内野手→捕手の転向、かけもちは全く別の次元のものだと考える方が自然だと思った。個人的には田中雅を目標にすること自体が球団の意図を感じ取っていないような気がしたものだ。

ただ球団も、尾崎に捕手転向の挑戦をさせる一方でドラフトでは即戦力を見込んで大野奨太を獲得していたが…。

捕手の育成は各球団とも頭を悩ませていると思う。何年かに一度現れる、ドラフトの目玉になるような大型捕手ですら、本当の意味で正捕手になるには歳月を必要とする。多くは、それこそ高い授業料を払いながら経験を積ませている。その代わり正捕手となれば長くチームの屋台骨を背負わせることが出来る。

敗戦処理。が応援するようになってからのファイターズでは、加藤俊夫、大宮龍男、田村藤夫、野口壽浩、實松一成、鶴岡慎也と、歴代の正捕手はスワローズで野村ID野球の薫陶を受けた野口以外、皆、多かれ少なかれ授業料を払いながら育っていった。

鶴岡が一本立ちし、さらに即戦力の捕手が入団したことで、高橋信二を一塁手に転向させてもシーズンをまかなえる目途が立った。尾崎が捕手として勝負をするなら、まずは今成亮太、渡部龍一に勝たなければならなかったはずだ。でも尾崎がイメージしていたのはマリーンズの田中。そう、捕手でありながらチームの求めに応じて内野としても出場できる選手。

これはあくまで敗戦処理。の主観だが、
田中のような選手を擁するチームは内野手の控えとしてベンチ入りさせている田中を状況に応じて代打や代走でも使うことが出来るが、尾崎のようにいざとなれば捕手も出来る選手を擁するチームは、いざというときに備えて尾崎のような選手の起用を控えるだろう。ここが尾崎が目標とした田中と、尾崎が目標としている選手像の似て非なるところなのではないか…。


ファイターズは育成選手制度を利用せず、球団が考える適性人数を計画的に育成するシステムを組んでいる。少数精鋭といえば聞こえはいいが、毎年のように今頃の時期からファームで人手不足になる。今タイガースで本職でない外野を守りながら打棒でタイガースの戦力になっている今成はファイターズのファーム時代に何度か二塁を守らされている。荒張裕司はファーム日本選手権の大舞台で、本職でない二塁手としてスタメン出場した。そんなファームのチーム事情では、尾崎は必要不可欠な存在である。現状のように一軍に鶴岡、大野、近藤健介と三人の捕手が集まると、ファームは荒張と大嶋匠、尾崎の三人で捕手をまかなわなければならなくなる。言うまでもないが、大嶋は二年前まではソフトボールの選手…。


大嶋と荒張の一方が故障でもしようものなら、尾崎は控え捕手に回るため、内野手としてスタメン出場できなくなるという矛盾が現実のものになることがあるのだ。

あまり書きたくないが、ファイターズのファームは勝敗とか育成とか以前にこうした次元での戦いをしているのだ。



昨年、尾崎の二年後輩に当たる市川卓が球団から戦力外通告を受けた。
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尾崎も市川も、いわばファームの顔。どちらもファン対応も良く、ファンの評判が高い選手だ。「ファンサービス・ファースト」を方針に掲げるチームで、地元鎌ヶ谷市との一体化を図る方針そのもののような二人だ。
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その一方の
市川の戦力外通告は尾崎の心にも期するところがあるはずだが、今季、今のところ、尾崎に昨年までとの違いが感じられない。

ファームにおいては欠かせない選手であることには変わりない。だが、今年の4月に三年ぶりに待望の一軍入りを果たしたものの5試合の出場で二軍落ち。一軍では一塁と三塁の守備に付く機会はあったもののマスクをかぶることはなかった。


一軍での捕手経験は2010年の三試合だけ。

ただし捕手が出来るということで、一軍ではベンチウオーマーでも重宝されることがあった…。
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初めて一軍に上がった2008年にはダルビッシュ有の投球練習相手を務めたが、実際にはバッテリーを組むことはなかった…。


今季のファームの試合も残り少なくなってきた。この時期にファームの試合を観ると、勝敗とか、若い選手の成長ぶりを観るつもりで行っても、つい別のことを考えてしまう。ここまで書けばわかるだろう、来年…


「コンバート論」によると、コンバート成功の秘訣の一つに、その選手の退路を断つというのがある。そのコンバートに失敗したら、元のポジションに戻れない、退路を断つということだ。

自らも現役時代にコンバートの経験を持ち、ファイターズのGM時代に糸井嘉男を投手から外野手にコンバートさせた高田繁は、長嶋茂雄監督から直接、外野から三塁へのコンバートを言い渡された時、自分が長く守っていたレフトには張本勲が入団してきたので三塁手としてレギュラーをつかむしかないと腹をくくったという。


尾崎が目標にした田中は内野のポジションを守れるようになって自分の立ち位置を確定させることが出来た。今年、スワローズにトレードされたが、スワローズも故障者が出がちなチームで、同じ二番手以降の捕手同士のトレードなら、田中は喉から手が出るほど欲しい選手だったろう。しかし尾崎には内野という、戻る場所があることが捕手としての上達を…



本格的に捕手に挑んだ2009年。尾崎はイースタン公式戦で捕手として39試合に出場した他は一塁手として2試合出場したのみ。イースタンでの捕手としての出場数は今成の55試合に次ぐ多さで、渡部の28試合を上回った。しかしこの年が尾崎にとって捕手としての最多出場なのだ…。2010年には16試合にマスクをかぶったが、2011年、2012年は内野手主体でマスクをかぶるのは一桁の試合数にとどまった。
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今年は9月9日現在で13試合と持ち替えしたが…。


一軍でも3試合マスクをかぶった翌2010年にはイースタンでの出場数が捕手16試合、一塁手19試合、二塁手12試合、三塁手15試合と完全にばらけた。2005年には58試合も出場した遊撃のポジションには一度も付かなかったが、完全に便利屋だ。これでは退路を断たれたとは言えない。


尾崎のような選手の価値については北海道新聞の火曜日に連載されている連載コラム がんばれファイターズ827日付け2軍で「学ぶ」尾崎選手 自分の役割、常に模索と題してテレビ北海道の大藤晋司アナウンサーが非常に好意的に書いている。しかし敗戦処理。はそれを重々承知の上で敢えて書く。プロ野球選手は一軍にいてナンボでしょ?


「それでいいのか、尾崎匡哉?」

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