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2013年1月 4日 (金)

大田泰示、もう五年目…

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スポーツ報知
web版(3日)によると、今年入団五年目のジャイアンツ、大田泰示が「もちろん打つことが大前提ですけど、チームを明るくしたり、捕れないボールにも飛びついたりとか、チームを盛り上げることは意識していきたい」と意気込んでいるという。記事では“大田襲名「2代目・絶好調男」”と謳っている。

大田が2代目だとしたら、もちろん初代は中畑清


(写真:もう五年目?まだ五年目?今年五年目を迎えるジャイアンツの大田泰示。2012年9月撮影)


記事によると、大田泰示はこのオフに日本プロ野球六球団混成チームの一員として台湾でのウインターリーグに参加。リーグトップタイの3本塁打を放つなど活躍し、チームの優勝に貢献。胴上げの音頭を取るなどムードメーカー的な役割も務めたという。「向こうは技術うんぬんよりも、1球に対するこだわりを持ってるから、すごい悔しがったり、喜んだりする。あそこには野球の原点があった」とのことだ。
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それで記者はかつてハッスルプレーでチームメートのみならず観客の心も一体化させたジャイアンツOBの現ベイスターズ中畑清監督の名前を出したのだろう。


“松井秀喜以来の背番号55と期待された大田も今年でもう5年目である。昨年、ようやく一軍で公式戦初本塁打を放ったが好調が長続きせず、クライマックスシリーズ突入直前に二軍落ち。日本シリーズでもベンチ入りできなかった。

知っている人は知っていると思うが、現役時代の中畑監督が「絶好調男」という異名を付けられたのは、現役時代の売り出し期にある時期“絶好調”だったからではない。まだ駆け出しで一軍に上がったばかりの頃、当時の長嶋茂雄監督に声をかけられても適当な通り一遍の返事しかしていなかった中畑に当時の土井正三コーチが見かねて「おいキヨシ、お前みたいなのは監督に調子を聞かれたら『絶好調です』って言わなきゃダメだぞ。他にも選手はいっぱいいるんだ。空元気でも『絶好調です』と言え」と言い、それを守った中畑が長嶋監督に対するときに限らず「絶好調です」を連発したのがきっかけだ。もちろん当時の中畑は飛ぶ鳥を落とす勢いで打ちまくり、年齢的に衰えの見えてきた高田繁に代わって三塁手として出場する機会が増えていた。この時期、中畑は駒澤大学からドラフト3位で入団して四年目。そろそろ結果を出さないと…というタイミングだった。

大田はもう5年目とはいえ、高校卒(東海大相模)での入団だから当時の中畑よりは年齢的に若い。だが、この記事にあるように大田が例年とは異なる気合いでシーズンに臨もうとしているならばそれは今季の飛躍のきっかけになるかもしれない。

大田はかつての中畑とは状況が異なる。ドラフト1位で入団し、前述したように、松井秀喜のFA移籍後、空き番になっていた背番号55を付けた期待の星だ。一年目からファームでは優先的に試合に起用され、テスト的に一軍をも経験した。二年目もファームで経験を積んだ。
Dsc_0166長打力に関してはイースタン・リーグで一年目に
17本塁打、二年目に21本塁打を記録するなど長距離砲の片鱗を見せたが、守備では三塁手としても一塁手としてもミスを連発。ついには内野守備に自信をなくし、自ら外野手転向を申し出た。一度は首脳陣に翻意されて内野手続行を決意して三年目のシーズンに臨むが、このシーズンの途中に外野手に転向。

このあたりの経緯は一歳年上で一年早くプロの世界に進んだ中田翔と似ている。

Dsc_0127ジャイアンツとファイターズを応援する敗戦処理。はどうしても比較してしまうが、残念ながら大田が中田の一年後を大田が歩んでいるとは言いがたい。そこが物足りない。


ともあれ、迷いもがいてはいるものの、大田は球団から常にポジションを用意されている。監督やコーチから声をかけられて、空元気でも「絶好調です」と答えなければならない中畑とは違う。少なくともファームでは常に優先的に出場機会を与えられてきた。外野転向の際には外野守備の三つのポジションで最も難易度の高いセンターで最初から試合に出ている。高校時代には主に三塁を守り、プロに入ると同時に外野手に転向した松井でさえ、センターのポジションを守るようになったのは五年目からだ(前年までセンターを守っていた好守の現役大リーガー出身のシェーン・マックが退団したということもあるが…)。

これまでは球団の育成方針でお膳立てがなされ、あとは大田がそれに応えるかという境遇だった。
Cdsc_0145一軍に上がっては跳ね返される。でもファームに落ちればそこにポジションはある。昨年まで在籍していた田中大二郎と、中井大介とともに優先的にクリーンアップで起用された。それはチーム挙げての英才教育の一環だった。だから大田はそのチャンスを活かせるかどうかだけを考えていただろう。他の選手はまずチャンスをどうつかむかというところに腐心する。


昨年、原辰徳監督はベンチ入り25選手を最大限に活用できるよう、主力選手であっても複数のポジションでの対応を求めた。内野と外野、捕手と内野、内野で複数のポジションを守った選手は12人にのぼる。これは昨年の十二球団では最多だ。大田もその一人だ。大田は(一説には自ら「イップス」とまで言った)内野守備から解放され、外野手転向で不退転の決意で外野守備に取り組んだろう。だが大田が9月1日に一軍に上がった際、その時点で昨年のイースタンでは1試合しか守っていない一塁手としてスタメン起用された。この試合で3安打3打点と活躍した大田は試合途中で一塁からセンターに回り、最後は三塁を守った。この試合では守備でのミスはなかったが、翌9月2日、大田は一塁守備でゴロを弾く失策でピンチを拡げ、次打者の一塁ゴロで間に合わない本塁に送球して阿部慎之助を負傷退場させる失態を犯した。
Cdsc_0168結局大田は一軍で外野手として
15試合、一塁手として12試合、三塁手として2試合出場した。育成方針もへったくれもない。優勝間近のチームにおいて足りないピースを埋める便利屋として“貢献”した訳だ。

大田は自分が変わらなければならない事を自覚したのだろう。一軍に上がったはいいものの、そこでは25人の中の一人に過ぎない。これまでの一軍昇格時にも、大田本人はバットでアピールしたいのにもっぱら代走での出場だったり、ファームで腕を磨いた事を発揮する機会に恵まれていたとは言いがたかったが、昨年のシーズン終盤、再びつかんだ一軍の座で味わったものは自分がイメージしていたものとは違ったのだろう。

Cdsc_0196「もちろん打つことが大前提ですけど、チームを明るくしたり、捕れないボールにも飛びついたりとか、チームを盛り上げることは意識していきたい」この考え方が正解かどうかは現時点ではわからない。ただ、大田が変わらなければならないのは事実。一年先に入団した中田はファイターズでポジションをつかんだどころか昨年は年間通して四番打者として君臨。侍ジャパンの最終候補にも残っている。
Cdsc_0140いや、中田を追うどころか、一年後に入ったベイスターズの筒香嘉智に追いつかなければならない立場だ。


冒頭の写真のキャプションには“もう五年目?まだ五年目?”と書いたが、やはり、“もう五年目”だろう…。昨年の3月、敗戦処理。は一昨年まで伸び悩んでいたファイターズの吉川光夫に対し、吉川光夫を鎌ヶ谷出入り禁止にして欲しい というエントリーを立てた。大田にも同様に言いたいところだが、まだまだ…

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