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2013年1月13日 (日)

ジャイアンツの「第二の二軍」が解体…

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日のmsn産経ニュースによると、ジャイアンツが「第二の二軍」を解体するという。清武英利前球団代表時代に、育成選手や二軍でもイースタン・リーグ公式戦に出場機会を得られない選手で「第二の二軍」を形成し、独立リーグの球団やアマチュアチームと練習試合を行って腕を磨いていたが、今季から「第二の二軍」としては解体し、二軍の中に組み込まれることになる。

清武前代表が旗振り役となって導入された育成選手制度の活用では山口鉄也、松本哲也の台頭で成功していたジャイアンツだが、ここに来て分岐点を迎えたようだ。


(写真:背番号
3桁ばかりの「第二の二軍」の試合。 20118月撮影)


巨人「第二の2軍」わずか2季で解散…理想と現実、難しい育成


基本的には書いてあるとおりだと思う。育成選手制度の活用は選手育成システムの一環として利用価値はあると思うが、それで試合を組めるくらいの大所帯にしたところで、そもそも支配下選手を前提にするドラフト会議にはかからない選手で作ったチームで実戦経験を数多く積ませることが選手育成の有効な手法とは考えにくいからだ。ジャイアンツには山口鉄也松本哲也といった育成選手出身の成功例が存在するが、山口や松本哲のような選手が9人以上集まって「第二の二軍」が形成されるとは限らないのだから。ヘタをすれば、磨けば山口や松本哲に大化けするかもしれない選手が埋もれてしまう恐れすらあると思う。

育成選手制度の発足のきっかけはジャイアンツを始め、いくつかの球団が現状の支配下選手70人制度に不満を持ち、人数無制限、あるいは70人を上回る上限への変更を希望しても、大半の球団が人件費の高騰、費用対効果としての疑問視などを理由に反対して改定されないから、別の形での選手契約方式を編み出したのだ。これならば、支配下選手よりも人件費を抑えることも可能だ。

育成選手制度発足当時、ジャイアンツの清武英利球団代表は「これまでのドラフト会議では指名しなかったであろう、全体のバランスは優れていなくても、一芸に秀でた選手を獲得して鍛えていきたい」という趣旨のことを言っていたが、推測ながらこれは支配下選手の上限増加や撤廃に反対していた球団への配慮による建前で、本音は71人目以降の選手確保だろう。

育成選手ドラフトが導入されたのは2005年から(2006年入団組)だが、ジャイアンツは第一回の育成選手ドラフトで山口を指名すると、翌2006年の育成選手ドラフトでは7人を指名。この時の3巡目が松本哲だった。2007年からは3人、4人、5人、8人、6人と来て昨年の育成選手ドラフトでは横浜高校の投手、田原啓吾と別府大学の内野手、松冨倫2人のみと極端に減った。山口、松本哲以降、2007年以降では一軍に上がったのは星野真澄のみと継続的な成果が出ているとは言いがたい。
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また、ウィルフィン・オビスポ、レビ・ロメロのように外国人の育成選手が支配下選手登録されて一軍の戦力となった例もあるが、長続きせず、オビスポ、ロメロともトレードされている。


育成選手から支配下選手登録される選手は出るが、他球団では一軍入りが近い事を意味する育成選手からの支配下選手登録だが、ジャイアンツではそうとは限らない。「第二の二軍」から二軍への昇格というだけのことだ。(注.育成選手登録のままでも二軍公式戦、一軍オープン戦は出場可能。)実際昨シーズンも山本和作、大立恭平、岸敬祐、河野元貴が育成選手登録から支配下選手登録されたが、一軍入りを果たした選手はいなかった。そして彼らが支配下選手登録されて残った
19人の育成選手から8人が戦力外通告を受けた。昨年の育成選手ドラフトで2人を指名したから現状は13人だ。

昨年限りで戦力外通告を受けた育成選手の中で、宮本武文、斎藤圭祐両投手は昨年のイースタン・リーグ出場無し。二年間の育成選手登録で戦力外通告を受けた財前貴男内野手は二年間でイースタン・リーグには1試合しか出場していない。Dsc_0176_2
そんな彼らが主に出場するのが「第二の二軍」のプロアマ交流試合などの練習試合なのだが、昨年は社会人、クラブチーム、独立リーグ、大学野球部といった対戦相手に
30試合で12135引き分けと負け越した。

「第二の二軍」の対外試合にはイースタン・リーグの試合にすら出場機会を得られない選手達に実戦機会を与えるという目的以外にプロアマ交流の一環としてアマチュアチーム側に対し、プロのチームとの対戦機会を提供するという目的もあろうが、これではとても“胸を貸す”とは言えないだろう。
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ちなみに、よく比較されるホークスの三軍の昨年の成績は
73試合で3627敗8引き分け。ただこの中にはウエスタン・リーグに所属するチームの“二軍”との対戦(7試合2勝5敗)が含まれる。推測だがフューチャーズのようにウエスタン・リーグのチーム数が奇数で、試合を組めない球団の対戦相手を務めたのだろう。

実は昨年の「第二の二軍」の30試合という試合数は一昨年と比べると半減している。2011年は65試合で33239引き分けだった。試合数が減った原因は冒頭で引用した“巨人「第二の2軍」わずか2季で解散…理想と現実、難しい育成 ”に書かれている。この時点で「第二の二軍」の目指す方向性は転換期に入っていたのだろう。

昨年と一昨年との違いは球団代表が清武前代表から原沢敦球団代表兼ゼネラルマネージャーに代わったことが最たるものだろう。
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blogでは20111126日付で清武斬っても育成選手制度は斬らず というエントリーを立てたが、着々と“脱清武”を図っていたことになる。

「第二の二軍」解体で、13人の育成選手達には今季は今まで以上に厳しい生き残り競争となる。原沢代表は「育成選手制度を活用して選手を育成していくという方針に何の変更もない」と言ったが、今季終了後にはさらに育成選手の人数は減り、育成選手ドラフトでの指名人数も再び増えることはないだろうから…。

そして育成選手を含めた選手の絶対数が減れば、コーチの人数も減るだろう。原辰徳監督を筆頭に、トレーニングコーチを含めると一、二軍合計で28人。 これでも昨年より2人減っているそうだが、ここにもメスが入るだろう。前半で書いたように、「第二の二軍」の解体の流れとしては致し方ないと思う。ただ、これが渡邉恒雄会長の顔色をうかがう、初めに“脱清武”ありきであれば話は別だが…。

組織が変われば体制が変わるのは自然なことだが、恣意的なものによるものであれば、最終的にそのしわ寄せを受けるのは選手とファンであるからだ。取りあえずそれはないと信じたいが…、“脱清武”が全くないといったら嘘になるだろう。

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