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2012年9月 2日 (日)

一瞬の戦慄、阿部慎之助が担架で運ばれた!

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Dsc_0189順調に優勝マジックを減らすジャイアンツ。今日
(2)もベイスターズを下して4連勝。この時点で優勝マジックを20とした(マジック対象チームのドラゴンズはナイトゲーム)が、東京ドームに戦慄が走った。1対0でリードの八回表、一死一、三塁の場面で筒香嘉智の一塁ゴロで一塁手大田泰示からの送球を受けるが間一髪セーフ。同点とされたがクロスプレーとなって捕手の阿部慎之助がその場にうずくまった。捕手は實松一成に交代し、その裏に村田修一に勝ち越し本塁打が出て2対1で勝利を勝ち取ったが、勝敗よりも正捕手阿部の症状が気になる。


(写真:八回表一死一、三塁からのホームでのクロスプレーで左膝を強打した阿部慎之助)


今日は地上波での中継もあったし、このシーンを視た人も多いことだろう。左膝の打撲のようだ。試合後の原辰徳監督のインタビューによると、ベンチに退いてからはそれほど深刻な感じでは無く、早ければ火曜日からの対タイガース戦に出場できそうだとのこと。もう一方の贔屓チーム、ファイターズでは糸井嘉男、田中賢介といった主力選手が相次いで離脱した直後だけあって青くなった。もちろん軽傷であって欲しいが、つい最近まで両足首を痛めていて長時間しゃがんでいることが出来ずに一塁手での出場が強いられていただけに見切り発車での強行出場は避けて欲しいものだ。


それにしても、この回…。
Csc_00511対0とリードした七回裏に先発の宮國椋丞に代打を送って山口鉄也がいつものようにマウンドに上がったのだが、一死から金城龍彦に左中間を破られて一死二塁とされると、アレックス・ラミレスの高く弾む一、二塁間のゴロを一塁を守る大田泰示がお手玉して一死一、三塁とピンチを拡げ、続く筒香嘉智の一塁ゴロを大田がバックホームしたがクロスプレーながら金城のホームインが早かったようだ。そして捕手の阿部慎之助が冒頭の写真の様に苦痛に満ちた感じで悶え、うずくまった。


トレーナーと岡崎郁ヘッドコーチ、秦真司バッテリーコーチがすぐに駆けつけるがとてもプレーを続行できる様子になく、グラウンドに担架が運ばれた。事ここにいたってようやくベンチから原辰徳監督が出てきたと思ったら、村田真一打撃コーチだった。原監督はこの間、何をしていたのだろう?監督たるもの、主力選手の一大事とあってもベンチで泰然自若としているべしと言うのか?結局原監督は捕手の交代を球審に告げる以外、ベンチから出てこなかった。捕手を實松一成にするか加藤健にするか迷っていたとも思えない。負傷後、すぐに實松がプロテクターなどを付け始め、加藤が山口の投球練習の相手をしていた。強いていえば、同点にされてしまったので實松をそのまま阿部の打順に入れると八回裏の二人目の打者だから同時に他の野手と入れ替えようかとでも考えていたのか…?

比較しても無意味かもしれないが、敗戦処理。が生観戦した6月の福岡ドームでのホークス対ファイターズ戦で二塁に滑り込んだ稲葉篤紀が負傷した際には栗山英樹監督はすぐに駆けつけた。
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Dsc_0125_2この時、そのことをツイッターで呟いたら、「そんなの当然だろう…」というリツイートがいくつも来た。主力選手に不測の事態が起きたらすぐに飛んでいく。この点に関して敗戦処理。は原監督より栗山監督に好感を抱く。


ところでこの回の失点には一塁手の大田が絡んでいる。昨日(1日)一軍登録されて即一塁手でスタメン出場し、先制打を含む3安打3打点と活躍した。不安視された一塁の守備も無難にこなしているように思えた。
Cdsc_0168しかし、昨年の途中から外野手に転向している大田が今季のイースタン・リーグで一塁を守ったのは一試合のみ。それも昇格目前の8月30日のジャイアンツ球場でのファイターズ戦だけで、一塁手としてスタメンで出場しながら試合途中で外野に回っている。そもそも大田は昨年春の宮崎キャンプの時点で首脳陣に外野転向を訴えている。敗戦処理。の目にはそもそも捕球に不安があるが、本人はスローイングに自信がないので捕球からおかしくなるようだ。その時は首脳陣と話し合って内野手を続けることで落ち着き、イースタン・リーグの開幕戦にも三塁手としてスタメン出場したが、シーズン途中から外野に転向した。この時期、主砲の小笠原道大が極度の打撃不振と故障に悩まされており(それがなくても年齢的に後継者作りは考えなければならない)、またファームで主に一塁を守っている田中大二郎が伸び悩んでいることもあったので“送球イップス”の大田に対し、一塁手転向という選択肢も考えられそうだが首脳陣は外野転向を決めた。ラミレスの衰えが目立ち始めたというのもあったのかもしれない。

そして大田の外野守備は少なくとも敗戦処理。には三塁手や遊撃手、一塁手の時より安心して見ていられるまでになった。ジャイアンツ球場でのデーゲームの試合後にはセンターの守備でノックを受け続ける大田の姿を何回か見かけたが、そういう努力の甲斐あってか、ようやく様になってきたように思えた。今回ジョン・ボウカーに続きエドガーも打撃不振で、一時期一塁を守っていた阿部の捕手復帰にめどが立ち、大田を一塁で一軍で使おうという発想になったのかもしれない。本来なら小笠原に戻ってきて欲しいところであるが、イースタンでの打撃結果もさすがと唸らされるケースもあるが、まだ本調子ではないらしい。

攻守に輝きを見せた昨日の試合中にはBS日テレの実況アナは盛んに「三塁、一塁、そして外野とどこでも守れる大田」と強調し、おそらくファームでのぐだぐだな守備など視たことがないであろう赤星憲広「こういう選手が出てくるとチームも助かる」と言っていたが、大田が内野守備に自信をなくして外野転向を訴えた経緯や、一度は思いとどまったもののそれでも転向となった経緯を考えれば、よくもあんなヨイショが出来たものと思う。昨シーズンの途中に外野転向を決めた時、おそらく大田はもう内野には戻れないくらいの覚悟というか、決意を持って外野守備にチャレンジしたのだろう。それ以前に内野も外野も守れるチームにとって便利屋になって欲しくて、松井秀喜の背番号55を与えたわけではないだろう。

もちろん試合で総力戦となれば、選手交代が相次いで経験者にポジションを守らせるケースもあるだろうから、大田も必要に応じて一塁の守備や、ひょっとしたら三塁の守備につくこともあるかもしれない。だがそれはそれ。高橋由伸谷佳知らに割って入る機が熟したときに大田をスタメンで使えばいいと思う。それまではイースタンでどんどん外野の守備を経験させればいいと思う。一塁手を補充するなら中井大介がいいと思う。

ジャイアンツでは何しろ長野久義が、スイッチヒッターを除く右打ちの日本人の生え抜きの外野手で年間の規定打席に達したのが外野に転向していた時期の原監督以来というほど右打ちの外野手が育たない。レギュラーで生え抜きの右打ち外野手が二人並んだら、それこそ高田繁、末次利光の時代にまで遡らなければならないのではないか…。

試合は1対1の同点から八回裏に村田修一のレフトのポール際への大飛球が本塁打と判定され、ジャイアンツが勝ち越し。際どい打球だったので中畑清監督が抗議してビデオ判定に持ち込まれたが当初の判定通りに本塁打となった。
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Dsc_0220ビデオ判定導入当時は、ビデオで確認するか否かはあくまでも審判団の判断とのことだったが、本塁打かファウルかという状況で一方の監督の抗議を受けてビデオで判定するというのは理に適っていると思う。

 

九回表、抑えの西村健太朗が先頭の代打、下園辰哉に四球を与えたが、続く代打の森本稀哲が初球に試みたバスターエンドランが正面の二塁ゴロ併殺打となって万事休す。ジャイアンツが四連勝となった。

ただ、四連勝のジャイアンツだが、攻撃でもう少し何とかならんのかという場面はあった。
Csc_0103相手の加賀美希昇も調子が良かったようで点が取れないのは仕方ないにしても、1対0で迎えた七回裏の攻撃には疑問が残った。宮國の代打、先頭の石井義人がライト前に安打で出ると、石井に代走鈴木尚広が起用されて、長野久義に送りバント。
Dsc_0139もう誰に送りバントのサインが出ても驚かないが、一回失敗した後無事成功して一死二塁。続く松本哲也の打席で暴投があって一死三塁となると松本哲にスクイズを敢行。低めに外されて空振り。鈴木尚が三本間に挟まれて憤死した。
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Dsc_0152暴投で二塁から三塁に進んだ後のスクイズというのは常套で敗戦処理。も「これスクイズ来ますよ…」と話していた矢先だったので驚いた…というか呆れた。三塁走者が丸見えの右投手相手というのも無理がある…。先月29日の対ドラゴンズ戦では一回裏に三番の坂本勇人にセーフティ・スクイズを試みさせて失敗というのがあったが、ジャイアンツにおいてはもはや相手から見てスクイズが意表を突いた采配と見られていないのだろう。原監督も考え直した方がいいと思う。

 

 

なお、今日はグレートセントラルの最終日。ライトスタンドの応援団もジャイアンツの各選手の打席で、過去の選手のヒッティングマーチを二回演奏してから現在のヒッティングマーチを演奏するスタイルを三日間通した。前週の横浜スタジアムでは闘魂こめてをアレンジした曲を二回流す形で統一されていたが、この三連戦は個々の選手で変えていた。敗戦処理。が確認出来たのは、

 

長野久義→吉村禎章のテーマ(背番号7つながり?)

松本哲也→松本匡史のテーマ(松本つながり?)

坂本勇人→篠塚利夫のテーマ

阿部慎之助→松井秀喜のテーマ

實松一成→山倉和博のテーマ(意外つながり?)

村田修一→村田真一のテーマ(村田つながり?)

高橋由伸→駒田徳広のテーマ(今季満塁本塁打を2本打っているから?)

大田泰示→闘魂こめて

藤村大介→緒方耕一のテーマ(俊足好打のイメージ?)

石井義人→石井雅博、レジー・スミスのテーマ(上から読んでもつながり?)

原監督のテーマも、中畑監督のテーマも使われなかったようだ。エドガーやボウカーがいたらウオーレン・クロマティのテーマとかが流れていたのだろうか?

こういうお遊びをたまにやるのは楽しい。ただ、過去のジャイアンツの選手とオーバーラップさせるのは良いが、もしも阿部が長期欠場するようなことがあっても大田に対して栄村忠広のようなバッシングをしないで欲しい。

今回ジャイアンツが採用した復刻ユニフォームは1981年から1985年の間に使用していたもの。最初の1981年は原監督のルーキーイヤーでジャイアンツが日本一に輝いた年であることが今回クローズアップされているが、東京ドームのジャイアンツミュージアムの展示でこの年にチームを率いた“トロイカ体制”の一人、牧野茂ヘッドコーチのグラウンドコートが目を引いた。
Dsc_1650藤田元司監督、現役を引退したばかりの王貞治助監督、そしてV9時代の名参謀牧野ヘッドの三人によるトロイカ体制はやがて来る球団創立
50周年の年に王を監督にして日本一にという思惑があって三年契約であったが、二年を経て牧野ヘッドは体調に自信がないとして辞任を申し出た。藤田監督、王助監督らの慰留に翻意して三年間三人でチームを引っ張ったが、ユニフォームを脱いだ翌年あっさりと帰らぬ人となった。欲を言えば藤田監督に因んだ展示も欲しかったが、原と中畑、あとはせいぜい江川卓ばかりをクローズアップするのでなく、限られた展示スペースに首脳陣の展示があったのは個人的には嬉しかった。

一週前の824日から26日までの三連戦と8月31日から今日までの三連戦。セ・リーグの三カードは同じカードのホームとビジターが入れ替わる形になった。各球団がそれぞれある時期のユニフォームを復刻させたのだが、どうせならホームとビジターそれぞれの復刻をして欲しかったものだが経費の問題なのか同じユニフォームでホームゲームとビジターゲームを通した。ベイスターズが日本一になった1998年当時のビジターユニフォームは38年ぶりとなるリーグ優勝を決めたのがビジターの甲子園球場での試合だったので思い入れが強いファンもいるという。


ジャイアンツはホームユニを二度とも着用したが、こういう機会にこそ“TOKYO”ビジユニを見たいと思うのは敗戦処理。だけだろうか…。

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