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2012年8月

2012年8月28日 (火)

引退表明・石井琢朗の凄さを調べていたら…

Cdsc_163526日にファイターズスタジアムでスワローズの宮本慎也の回復ぶりに唸っていたら、翌27日、宮本と同学年のカープ、石井琢朗コーチ兼内野手が今季限りでの現役引退を発表した。

ベイスターズ時代の2006年に既に2000本安打を達成済みの石井。通算安打数は2430本となり、歴代11位に到達している。大半を遊撃手としてプレーして2000本安打以上を記録したのは他に藤田平、田中幸雄、野村謙二郎、宮本慎也といるが、石井以外は何らかの理由で遊撃手以外のポジションに転向してその後に2000本安打を達成しており、最も負荷の多いポジションと言われる遊撃手を続けながらの到達は石井くらい。

そして元タイガースの吉田義男1730試合を抜き、遊撃手としての出場試合数も1765と日本記録を更新中の石井。あらためてお疲れ様でしたと言いたい。

(記録は
2012827日現在。以下当エントリー中同じ)

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2012年8月26日 (日)

鎌ヶ谷デー転じて慎也デー!?宮本慎也、華麗なフィールディングで一軍復帰をアピール

Dsc_00998月最後の日曜日、ファイターズのファームでは例年この時期に鎌ヶ谷デーと銘打った試合を行う。今年も今日(26)、鎌ヶ谷市の農産物のマスコット、かまたん が姿を現して賑々しく行われたが、昨日と今日続けて観戦された方に話を聞くと、斎藤佑樹が登板した昨日の方が圧倒的に観客が多かったという。

佑観マダム”まだまだ健在なり、といったところだが、球団公式携帯サイトによると25日の入場者数が1,755人、今日が1,332人。今日は無料招待券が相当ばらまかれている様だが、地元のファンの支持を受けておらがチームとしてここまで盛り上げて来たのだから、“佑観マダム”に負けじと地元常連ファンの皆さんに非・斎藤佑樹登板試合を盛り上げて欲しいところだ。もっとも連日の異常なまでの暑さと、毎度毎度同じ様なパターンで敗れる試合展開に、今日は人数の割には気勢が上がらなかった様に見受けられた…。

 

むしろ二軍調整中の宮本慎也のプレイを生で見ることが出来るとあって、一塁側のスワローズファンがいつもより明らかに多かった。どうやら今日は鎌ヶ谷デー転じて慎也デー!?


(写真:二回裏の守備で石川慎吾のボテボテの三塁ゴロを猛ダッシュして一塁に刺した宮本慎也。華麗なフィールディングそのままにベンチに戻る。)

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2012年8月20日 (月)

宮西尚生はシーズン最後までもつのか

Cdsc_023517日の対マリーンズ戦で史上17人目、パ・リーグでは最速で100ホールドポイントに達したファイターズの左のセットアッパー宮西尚生。今季の登板数も既に50試合を超え、2008年の入団以来5年連続で50試合以上登板。ルーキーイヤーからの連続年次50試合以上登板は岩瀬仁紀13年連続(昨年まで継続中。今季は819日現在でチーム106試合中41試合登板)、往年のホエールズのエース秋山登の9年連続に継ぎ、藤田宗一と並ぶ四人しか成し遂げていない記録。

19日にライオンズに首位を明け渡したファイターズだが、まだまだ熱い闘いは続く。そのキーマンとして、なかなか復調しない斎藤佑樹も心配だが、宮西が故障しないかという心配の方が敗戦処理。的には大きい。


(写真:来る日も来る日もマウンドに上がるファイターズの宮西尚生。2012年7月撮影)

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2012年8月17日 (金)

高橋由伸、300号本塁打達成の次は5年ぶりの規定打席到達へ!

Cdsc_100001ジャイアンツの高橋由伸が17日に東京ドームで行われた対カープ戦で今季第8号本塁打を放ち、史上37人目となる通算300号本塁打を達成した。

若い頃からケガが多く、近年は腰痛との戦いに苦しんでいる高橋由伸。今季も打率は今日の2打数1安打でようやく二割五分という状況だが、満塁本塁打を2本も放つなど、首位を走るチームにおいて要所で存在感を示している。

そして、このまま今季故障等がなければ、2007年以来、5年ぶりに年間の規定打席到達も見えてきた!


(写真:2004929日の対カープ戦で通算1000本安打を達成した高橋由伸。入団7年間で1000本。このペースなら昨年で2000本安打を達成できても不思議でなかったが、その後は…)

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2012年8月16日 (木)

あの“大阪桐蔭の辻内崇伸”がジャイアンツ7年目で初の一軍入り

Cdsf_大阪桐蔭時代に甲子園を沸かせた辻内崇伸が今日(16日)、ジャイアンツ入団7年目で初めて一軍入りを果たした。

高校時代に最速155
kmをマークした左腕はルーキーイヤーの2006年に左肩を痛めて以来、怪我との戦いを続けていたが、今春は初めて一軍のオープン戦に登板し、開幕からはイースタンでショートリリーフを続けてきた。

かつて辻内が一躍脚光を浴びた夏の全国高校野球大会では桐光学園の松井裕樹が驚異的な奪三振ペースで話題をさらっているが、あれから7年…。今日の対ドラゴンズ戦では登板が無く、高校時代のチームメート、平田良介との対戦はお預けとなったが、辻内は“大阪桐蔭の辻内”ではなく“ジャイアンツの辻内”として新たな姿をファンの前に見せることになる。


(写真:2006年3月、ジャイアンツの辻内崇伸として初めて教育リーグのマウンドに立ち、第1球を投じる辻内。あれから6年、背番号は15から3998と変わった)

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2012年8月15日 (水)

天沼さん、長い間本当にありがとうございました。-ファイターズスタジアムの一番長い日

Cdsc_0132今日(15)約5年間にわたり鎌ヶ谷のファイターズスタジアムでマスコットのC☆Bのアテンドをしてファンを楽しませてくれた天沼ゆかりさんが退任された。

天沼さんは今日行われたファイターズ対ライオンズ戦で最後のアテンドを務め、いつものようにC☆Bとじゃれあっていた。五回終了時の恒例の“C☆Bのお水遊び”では積もり積もった鬱憤を晴らすかのようにC☆Bめがけて放水してファンの喝采を浴びていた。


そして試合後、別れを惜しむファンが天沼さんの周りに集まり、その輪はシャトルバスや路線バスの最終便が出発した後もいつまでも途切れなかった。

天沼さん、長い間本当にありがとうございました。


(写真:お水遊びタイムでC☆Bめがけて放水する天沼さん。この息のあった名コンビも今日でお別れ。)

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2012年8月14日 (火)

鎌ヶ谷ファイターズ11失点、打つ方はあわやノーヒットノーランの貧打で6連敗。

Dsc_0074_2
Cdsc_0075今年のファイターズのファームは昨年イースタン・リーグ優勝を果たした球団とは思えないちぐはぐな戦いぶりが目立つが、今日
(14)も序盤にライオンズに先制されると、中盤には集中打で突き放され、あげく打線は七回までノーヒットとあわやノーヒットノーランを喫するかという一方的な展開で敗れた。

これで
8日のジャイアンツ戦から6連敗斎藤佑樹が中盤に乱れた、非公式戦であるフューチャーズ戦を含めれば1引き分けをはさんで7連敗と振るわない。

ああ、どうしたファイターズ…


(写真:五回表、二番手の宮本賢が一死も奪えずKO。三番手の植村祐介がマウンドに。)

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2012年8月13日 (月)

ドラゴンズの稲葉光雄二軍投手コーチの悲劇を繰り返してはならない…。

Cdsc_0211日、ドラゴンズの稲葉光雄二軍投手コーチがナゴヤ球場で行われたウエスタン・リーグの対カープ戦の試合前の練習中に体調不良を訴えてベンチを外れ、試合中に名古屋市内の病院に運ばれたが、同日午後839分に脳内出血のためなくなられた。63歳だった。

稲葉さんは70年代のドラゴンズの主力投手として活躍。72年には20勝を挙げ、74年のジャイアンツのV10を阻止しての二十年ぶりのリーグ優勝にも大きく貢献。77年には当時のブレーブスに移籍し、その年にパ・リーグの最高勝率のタイトルも獲得した。その後、タイガースでもプレー。コーチとしては古巣のドラゴンズ以外に1998年から四年間ファイターズでも指導した。

敗戦処理。が野球に興味を持ち始めた頃のドラゴンズの主力投手というイメージが強いが、ファイターズタウン鎌ヶ谷が出来て二年目の1998年にファイターズの二軍投手コーチに着任し、二年間若手を鍛えた後、2000年にドラゴンズ時代の同僚、大島康徳が監督に就任すると一軍投手コーチとして手腕を発揮したが2001年限りで退団したファイターズのOBとしての印象も深い。

それにしても、小林繁さん、木村拓也さん、そして稲葉コーチとこの三年間で現役のコーチが三人も急逝されている。現役を引退してからの健康管理、体調管理の重要性をあらためて球界全体で考え直す時期に来ているのではないか…。


稲葉光雄さんのご冥福を心よりお祈りします。


(写真:稲葉光雄コーチが体調不良を訴えた、ドラゴンズのファームの本拠地、ナゴヤ球場。2001年5月撮影)

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2012年8月12日 (日)

“田原一京介”に負けるな、ルーキー江柄子裕樹が7回1失点の好投で3勝目

Dsc_0051くどいようだが、また“田原一京介”だ。ただ今夜はその三人に一軍での活躍の機会を得るのに先を越された形のドラフト6位ルーキー、江柄子裕樹が今日(12日)のイースタン・リーグのベイスターズ戦で好投した。日中の暑さがおさまった追浜のナイトゲームで江柄子が心地よく好投してくれて、生観戦も心地よかった…。


(写真:7回を4安打1失点に抑え、3勝目を挙げたジャイアンツのルーキー、江柄子裕樹。)

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2012年8月 8日 (水)

読売巨人軍は幸せだ!「清武問題とジャーナリズム~創出版 30周年記念トークライブ/ジャーナリズム徹底討論第1部」より

Cdsc_また清武信者のアホとか言われそうだが、懲りずにまた清武英利前読売巨人軍球団代表の話を聞いてきた。今度は創出版30周年記念トークライブの1コーナーで、吉峯啓晴弁護士も同席していた。


(写真上:「清武問題とジャーナリズム」に出演した、右から雑誌「創」篠田博之編集長、清武英利前巨人軍球団代表、吉峯啓晴弁護士。写真下:ワック出版より発行された清武氏の著書「巨魁」と同氏の週刊ベースボール=ベースボール・マガジン社刊の連載コーナー「野球は幸せか!」)

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2012年8月 5日 (日)

東日本大震災復興支援「NPBベースボールフェスタ in 福島」

Dsc_0316この週末、4日、5日と福島県郡山市の開成山野球場で行われた東日本大震災復興支援「NPBベースボールフェスタ in 福島」の二日目、NPB十二球団選抜対オール福島を生で観てきた。

もちろん、NPBは公式戦の真っ最中。十二球団選抜といっても、一軍登録されている選手を除き、福島県や東北地方にゆかりのある選手を主体に選抜されたチーム。オール福島は福島県下の大学生と社会人による混成チーム。


(写真:試合後にNPB十二球団選抜を代表してメッセージを送るタイガースの歳内宏明。昨年の東日本大震災の際には福島県の聖光学院の生徒として被災した。)

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2012年8月 4日 (土)

斎藤佑樹フューチャーズ相手にビッグイニング。1イニングに5失点で六回90球降板。

Dsc_0144一軍登録を抹消され、ファームで再調整中のファイターズの斎藤佑樹。今日(4日)はイースタン・リーグの混成チーム、フューチャーズとの試合に先発。五回までは被安打1の無失点と好投したが、六回に5安打を集中され5失点。この回限りでマウンドを降りることになった。

栗山英樹監督からファームでしっかりと結果を出さないと一軍復帰はないと告げられたという斎藤だが、最初の実戦登板は残念な結果に終わった。


(写真:五回までの好投とは一転、六回裏に5安打を集中されて5失点の斎藤佑樹。イニングを終えて呆然という感じでマウンドを降りる。)

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2012年8月 3日 (金)

清武英利前巨人軍球団代表の話を聞いてきた。

Cdsc_14992日、歌舞伎町のロフトプラスワンで行われた“週刊朝日UST劇場オールスターズ in ロフトワンプラス第2弾「大放談!こんな男と熱帯夜」”の第1部~「読売・巨人の明日はどっちだ!?そうだ、清武さんに聞いてみよう」を見てきた。

清武英利前読売巨人軍球団代表兼ゼネラルマネージャーはご本人によると6件の裁判を抱えているとのこと。そんな身で大胆なことを言えないのは織り込み済みだったが…

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2012年8月 2日 (木)

当初から賛否両論だったプレーオフ制度を定着させてしまったまさかの一発【回想】敗戦処理。生観戦録-第31回 2004年(平成16年)編

Shinjo01これまで当blogで毎月2日に交互に掲載していた 敗戦処理。が生観戦した野球場が58ケ所の観戦球場を出し尽くしたので当面 敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year 主体にいくことにし、また新たに初めての球場で観戦したら臨機応変にはさむようにします。

1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。


【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year31回 2004(平成16)


(写真:この年のファイターズに、いやパ・リーグに神の様に降臨したSHINJOこと新庄剛志。プレーオフでは体調はボロボロだった… 200410月撮影)

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