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2012年8月17日 (金)

高橋由伸、300号本塁打達成の次は5年ぶりの規定打席到達へ!

Cdsc_100001ジャイアンツの高橋由伸が17日に東京ドームで行われた対カープ戦で今季第8号本塁打を放ち、史上37人目となる通算300号本塁打を達成した。

若い頃からケガが多く、近年は腰痛との戦いに苦しんでいる高橋由伸。今季も打率は今日の2打数1安打でようやく二割五分という状況だが、満塁本塁打を2本も放つなど、首位を走るチームにおいて要所で存在感を示している。

そして、このまま今季故障等がなければ、2007年以来、5年ぶりに年間の規定打席到達も見えてきた!


(写真:2004929日の対カープ戦で通算1000本安打を達成した高橋由伸。入団7年間で1000本。このペースなら昨年で2000本安打を達成できても不思議でなかったが、その後は…)


入団から丸7年で通算1000本安打を達成した高橋由伸。この年はこの安打が最後の安打だった。単純計算では同じペースで安打を打てばその後7年間で2000本安打達成となる。
Cdsc_100002だがその
7年後、2011年に高橋由伸が達成した記録は通算2000本安打でなく、通算1500本安打だった。最初の7年間に比べ、安打を放つペースが半減。その理由は他でもない。度重なる故障だ。通算1000本安打を達成した2004年までの7年間は毎年規定打席に達していたのに、その後の昨年までの7年間では2007年に一度だけ規定打席に達しただけ。

今日でジャイアンツは103試合を終了。現時点で規定打席に到達している高橋由伸の打席数は今日の3打席を加えて351となった。規定打席の計算方法は試合数×3.1。年間144試合の規定打席は446(小数第1位を切り捨て)。残り41試合で95打席たてば5年ぶりに規定打席に到達する。今日の試合のように最後の打席で左投手相手で代打を起用されたり、連戦が続く際に疲労を考慮してスタメンを外れることもあろうから、まだ安泰とは言えないかもしれないが、5年ぶりの規定打席到達がかなり現実味を帯びてきた。

ちなみに5年前の2007年は主に一番打者を務め、打率.30835本塁打を放って四年ぶりのリーグ優勝に貢献した。ただその年も3年ぶりの規定打席到達だった。

慶應義塾大学時代に東京六大学リーグの通算本塁打記録を塗り替え、天才打者と言われて入団し、ジャイアンツでも一年目からレギュラーを獲得し、程なくクリーンアップに定着した逸材。ただ打つだけでなく、足も速く、肩も強くて守備も上手い。松井秀喜が抜けてもチームを引っ張れる選手と思われていたが、いかんせん若い頃からケガが多かった。守備でのケガを恐れぬダイビングキャッチなどは思わぬファインプレーとなったりチームの士気を鼓舞する効果が大きい半面、主力選手が一定期間離脱するデメリットも大きく、敗戦処理。は個人的には高橋由伸の守備でのハッスルプレーを素直に喜べなかった。そのうちにさほどハードなプレーでなくてもケガをすることが多くなった。

手を抜けとは言わないが、もうちょっとどうにかならんのかと思っていたが、極めつけは2008年以降悩まされ続けている腰痛。今の高橋由伸は入団して二、三年くらいの高橋由伸とは別人だと思っている。

古い話になるが、故障がちだった2006年に当時敗戦処理。が参加していたネットの掲示板で、高橋由伸トレード論をぶちあげたことがある。当時のジャイアンツは堀内恒夫監督から原辰徳監督に代わっても今一つチームが浮上せず、投手力も弱かったので、ケガがちな高橋由伸をトレード要員にして多くの勝ち星を計算できる投手をもらえないかと考えたのだ。希望する交換相手には当時スワローズだった藤井秀悟や、当時ゴールデンイーグルスだった岩隈久志を失礼を顧みず挙げた。ジャイアンツファンから猛反発が来るのは想定していたが、意外に思えたのは反対意見を出してきた人のほとんどが高橋由伸の成績を把握していない事だった。故障がちで年間の規定打席に達していないのに「一年を通して考えれば充分に働いている」とか何故か他球団の主力外野手と比較して高橋由の成績はトップクラスと反論してきた人もいた。入団からの通算成績なんて関係ない。年俸の割にこの二年間低迷する選手をFA権を獲る前に商売してやろうという敗戦処理。のよこしまな考えは多くのジャイアンツファンに理解されなかった。そればかりか、交換相手に名指しされた球団のファンからも「故障で試合に出られない人は要りません」と拒否された<>

2007の復活劇でそんなことは誰もぶり返さなくなったが、この年にFA権を取得した高橋由伸はジャイアンツと2011(つまり昨年)までの四年契約を結んだ。2007年には推定で28800万円だった年俸は四年契約で四年間35000万円固定という好条件を球団から引き出した。毎年3億5000万円もの年俸をもらいながら四年間一度もレギュラーの最低条件とも思える年間の規定打席にも達せず、2009年などは年間で1打席しか出場しなかった。普通なら月給泥棒と酷評されても不思議ではないが、上には上がいるというか、2007年から2010年までの四年間に6億円固定での四年契約を結んでいたイ・スンヨプがいたせいか、それほどには酷評されていないようだ。

2011年で四年契約が終わり、さすがに年俸は野球協約上の減額制限をも超える17000万円とのダウン提示を飲むしかなかったようだ。もちろん単年契約。


高橋由伸は、たぶんジャイアンツのユニフォームのまま現役生活を終えるだろう。ジャイアンツの伝統として、生え抜きで長く活躍した投打の中心選手は現役引退後も優遇される。高橋由より少し上の世代だと、松井秀喜桑田真澄も日本ではジャイアンツのユニフォームしか着ていないが、自らの意思で大リーグに進んでいる。大リーグに移籍するときの動きを思い起こすと、ジャイアンツに対しては卒業という感じだった。敗戦処理。は個人的にはジャイアンツの生え抜き至上主義には限界を感じているが、肯定するにせよその最後の砦は高橋由伸だと思う。高橋由伸のこれからの在り方が阿部慎之助にも影響を及ぼすとすら思っている。


今現在37歳という年齢を考えると、年間の規定打席到達もラストチャンスかもしれない。スポーツ新聞の打撃成績表で探すには下から探せばすぐに見つかるほどの成績で、ジョン・ボウカー、亀井義行、松本哲也らの不成績、故障があって消去法で高橋由伸レギュラー固定という感は否めない。これまで規定打席に到達した年度で最も打率が低かったのは2000年の.289。同年以外の7度の規定打席到達年はいずれも打率三割をマークしている。自己ワースト成績での到達となる。

Cdsc_0097_1
なみに打率の推移を振り返ると、3、4月の打率が.2335月が.2606月が.1977月が.350、今月が今日までで41打数10安打で.244。打率が低いなりに上下動が激しい。おそらく本人も、こんな成績では規定打席に到達したくらいでは喜ばないだろう。いや、むしろそうであって欲しいくらいだ。17000万円の年俸に見合う成績とは言えまい。でも敗戦処理。はこのまま年間の規定打席に高橋由伸が到達したら、それはそれで讃えてあげたい。本当は到達したときにこのエントリーをまとめようと思っていたが、日本プロ野球史上37人目、球団史上でも王貞治、長嶋茂雄、原辰徳、松井秀喜に次いで5人しかいない通算300号本塁打到達を記念してこのタイミングで先に書いた。

この四年間、かなりきついことも書いたりしたけど、これからも頼むよ、高橋由伸!

 

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