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2012年7月28日 (土)

♪お~が~さ~わら…ドンドンドンドドン~

Dsc_004敗戦処理。は先週末に続いて二週連続で生観戦の予定がないので、このままでは禁断症状が出かねないと思い、ジャイアンツ球場に行ってみた。一軍は広島、ファームも新潟とそれぞれ遠征しているが、それでも二十人程度の選手と、その選手達を指導するコーチやスタッフが大勢グラウンドにいるのはさすが大所帯の球団と感心するばかり。

そして、今季二度目の二軍調整を続けている小笠原道大の姿も…。

ただひたすら、外野フェンス際の土の部分を黙々と走っていた。


(写真:ジャイアンツ球場の外野フェンス際を黙々とランニングする小笠原道大)


小笠原道大は一人黙々と外野のフェンス際を走っていた。スピードは出していない。歩くよりは明らかに早いが、ゆっくりゆっくりと走っていた。レフトのファウルラインぎりぎりのところから、ライトのファウルラインぎりぎりまで走り、往復する。それをひたすら繰り返す。小笠原が走り出す直前まではそのコースを、脇谷亮太東野峻らが走っていた。彼らはライト側から走り出し、レフトから内野のフェンス際を辿ってグラウンドを一周していた。脇谷や東野らのスピードは小笠原より速かった。ファンが入れるライト寄りのエリアで見ていたら、他に須永英輝亀井義行の姿もあった。亀井は今日が
30歳の誕生日だ。前述の様に一軍が広島遠征で、ファームは新潟遠征。故障者や、いわゆる“第二の二軍”の選手達がジャイアンツ球場で練習している。上記の一軍経験者以外はほとんどが三桁の背番号ばかり。

「小笠原は最近どうしているのだろう…」ファームが遠征で空いているジャイアンツ球場なら、ひょっとしてグラウンド(ファンが見物出来る場所)で練習しているかもしれないと思い、暑いのを覚悟でジャイアンツ球場に立ち寄ったのだが、とりあえず小笠原の姿を見てちょっと安心した。

ただ、野球の練習をしていない。敗戦処理。は10時過ぎにジャイアンツ球場に着いて12時過ぎまで滞在していたが、少なくともその間はランニングとウオーキングを繰り返すだけ。12時近くになり、ブルペンやライトの守備位置当たりで練習していた選手達が順次引き上げ始め、無人だったダイヤモンドに大量のボールを入れた台車が運ばれ、打撃練習用のケージが用意された。
Cdsc_0055一瞬小笠原が打撃練習を始めるのかと期待したが、どうもその様子はない。敗戦処理。も次の予定があるのでそろそろ移動しようかと思ったら豊田清投手コーチが肩慣らしを始めた。せっかくだから少し見ようと三塁ベンチ上あたりに陣取った。


Dsc_0065豊田コーチが打撃練習を務める相手は育成選手中心の投手達。大立恭平、土本恭平、斎藤圭祐、雨宮敬、渡辺貴洋。投手の打撃練習は打撃コーチでなく投手コーチが担当するのか…。
Dsc_00724月に育成選手から支配下登録された大立恭平が強い打球をライト方向に放っていた。近年イースタン・リーグではセ・リーグ所属球団同士の試合でもDH制を採用しているからジャイアンツのファームでは投手が実戦で打席に入る機会はほとんどない。定期的にこういう練習を取り入れているのだろう。

ただ、ライオンズとジャイアンツでの現役時代に通算157セーブを挙げた右腕から繰り出される投球に詰まらされる打者もいた。左打者の打球が詰まらされてレフト方向に上がると、豊田コーチから「オレの球を引っ張れないでどうする?レフトに誰がランニングしているか考えろよ~」との声が飛ぶ。
Cdsc_0082(写真:フリー打撃の打球を避ける小笠原)この時、小笠原はレフトとセンターの間を走ったり歩いたりしていた。そして見事に豊田コーチから本塁打を放つと、小笠原が拍手をしてくれる
<>。若手選手からすれば小笠原は雲の上の人なのだろう。ヘルメットを脱いで小笠原に一礼するシーンも見られた。ちなみにレフトオーバーの本塁打を放った斎藤圭祐は他の選手から「オマリー」と呼ばれていた。

だが、豊田コーチは現役時代の大半をリリーバー、それも1イニング限定の鉄板クローザーとして過ごしただけあって、あまり長くは投げられないようで程なく土井健大ブルペン捕手にバトンタッチしていた。
Dsc_0089


亀井も脇谷も、今日の練習だけで、復帰に後どれくらいを要するのかはわからない。
Cdsc_0015特に脇谷は現在育成選手として登録されているので、
731日までに支配下選手登録をされないと、今季中の一軍公式戦の出場は不可能になる。ジャイアンツは昨シーズン終了後、故障により復帰まで時間を要する選手を脇谷以外にも何人か育成選手として契約を結んだが、現時点で支配下選手登録に復帰したのは山本和作ただひとり。

逆に3月12日に左肘靱帯を手術した須永はジャイアンツに移籍して二年目。回復の度合いによっては最悪の状況も考えなければなるまい。
Dsc_0029ファイターズで七年間、何度か惜しい試合はあったが一軍で勝利投手になることは出来なかった。トレードで
2011年にジャイアンツに移籍したが、昨年は一年間二軍暮らし。一緒にトレードで入団してきた紺田敏正は戦力外になったが、須永は残った。だが、さすがにカド番と思える今年、大事な左肘に手術を受けてリハビリの日々。ドラフト1位で獲得した辻内崇伸なら球団も長い目で見るだろうが、ウィルフィン・オビスポとのトレード相手にそこまで面倒を見るだろうか…。個人的には再びマウンドに上がり、今度こそ一軍で勝利投手になって欲しいものだが…。


そして小笠原。

小笠原に関しても、まだ復帰目前という練習内容とは思えない。

そしてジャイアンツは小笠原不在を全く感じさせずに首位を快走している。小笠原が守る一塁のポジションは主にエドガーが務めているが、エドガーは七番か八番を打っている。単純に考えれば小笠原が一塁に復帰しても空いているのは七番か八番だけ。原辰徳監督が気を利かせれば、二番を打たせるということも考えられるが…。

敗戦処理。のblogを見に来て下さる方の、直近の一週間のエントリー別のランキングでは5月1日付けの 小笠原道大はこのままフェードアウトしてしまうのか… は2位にランクインしている。1位と3位が今月の話題であることを考えると、内容は最初の登録抹消前のものだが、小笠原の状態が気になるファンが多いと言うことだろう。

ジャイアンツが優勝してくれるのであれば、そのウイニングボールは一塁を守る小笠原のファーストミットに吸い込まれ、小笠原がマウンド上でナインと歓喜に浸る。そんな姿を見たいのだが…。

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