フォト
無料ブログはココログ

« 稲葉篤紀2000本安打達成ならず-またも目の前で金字塔ならず… | トップページ | 今成亮太放出の翌日、元ファイターズ捕手の小山桂司に… »

2012年4月28日 (土)

埼玉西武ライオンズが故稲尾和久さんの背番号24を永久欠番に!

Cdsc_0128埼玉西武ライオンズが、前身の西鉄ライオンズ時代の大エースにして、「神様仏様稲尾様」とあがめられた故稲尾和久さんの背番号24を永久欠番にするという。毎年恒例の「ライオンズクラシック」の一環で稲尾さんの背番号24を全選手がつける試合も実施するという。

西武ライオンズは長らく堤義明初代オーナーの方針で、西鉄ライオンズを始めとする、福岡時代の前身球団とは一線を画するチーム方針をとってきたが、2008年の「ライオンズクラシック」企画開始以降は積極的に過去を振り返る姿勢を明らかにしていた。

稲尾さんの背番号24が永久欠番になれば、パ・リーグでは元近鉄バファローズの鈴木啓示の背番号1が永久欠番になって以来だが、球団合併によって消滅してしまったので事実上パ・リーグでは唯一の永久欠番と言って差し支えないだろう。

(写真:2008年のライオンズクラシックで功績を振り返られた稲尾和久さん 20088月撮影。スコアボードの得点表示は見なかったことにしよう…。)

“事実上”と書いたのは、実際には選手、コーチ、監督としてユニフォームを着たわけではないファイターズの大社義規オーナーの功績に対してファイターズ球団が背番号100を永久欠番にしていたり、マリーンズやゴールデンイーグルスがファンとのコミュニケーション上、永久欠番と見なすような背番号を設定しているからだ。

稲尾和久さんの功績に関してはここでは細かく触れないが、1961年のシーズン42勝を始め、1958年のジャイアンツとの日本シリーズでの三連敗後の四連勝に貢献した獅子奮迅の活躍など数え切れないほどの金字塔を達成している。現役時代はライオンズ一筋で、引退後もライオンズで監督を務めているから永久欠番になっていても不思議ではないのだが、ライオンズ球団が後に身売りを経験したこともあってか、その措置が取られなかった。

これはしかしライオンズに限ったことではなく、セ・リーグに比べて親会社の身売りが多いパ・リーグでは前出の鈴木啓示以外、永久欠番となった選手はいない。川上哲治長嶋茂雄王貞治ら六人もの永久欠番を残しているジャイアンツを始め、タイガース、ドラゴンズといったセ・リーグの老舗球団に集中していることからも明らかだ。

西武ライオンズの堤義明初代オーナーは、球団経営に携わる前からアイスホッケーチームを保有し、日本のアマチュアスポーツ界に君臨しており、金は出すが口は出さないオーナーではない。傘下の球団にもあるべき姿を求めた。旧西鉄ライオンズが晩年に選手の八百長事件、いわゆる黒い霧事件を起こした事を重く見、旧西鉄カラーを一掃しての新チームを目指した。「ライオンズ」という伝統ある名称こそ残したものの、故手塚治虫氏の人気漫画キャラクターのレオをマスコットにし、同じ「ライオンズ」でも別の「ライオンズ」にするとともに、新天地の埼玉県はもとより新しいファンに新鮮さと親しみやすいイメージを浸透させた。

堤初代オーナーは今のジャイアンツの渡邉恒雄会長も真っ青のワンマンだったから、オーナー君臨時代は福岡時代のライオンズの歴史が球団史の一部として扱われることは全くといっていいほど無かった。埼玉西武ライオンズとなって「ライオンズクラシック」を始めたのも同オーナーの失脚後だ。

2008年からスタートした「ライオンズクラシック」は、2008年が西鉄黄金時代を振り返る企画で、2009年は西武ライオンズの最強時代を振り返るもの。2010年には西鉄の後を引き継いだ太平洋クラブライオンズを特集した。となると2011年はクラウンライターライオンズかと期待させたが、西鉄黄金時代を率いた名将三原脩さんの生誕100周年を記念して故三原脩さんをクローズアップした。

ちなみに今年は稲尾さんの生誕75周年に当たるという。そこで稲尾さんの功績を振り返るということなのだろうが、単なる一貫性のイベントに終わらせないため、稲尾さんの背番号24を新たに永久欠番に制定し、日本球界では初めてとなる、全員が同一の背番号を付けて試合に臨む企画を実施するのだろう。趣旨としては素晴らしいと思う。

今回のニュースに対し、何故このタイミングで?というファンの声をネットで多く見かけた。西武ライオンズが埼玉西武ライオンズになるまでの経緯を振り返れば理解するファンも少なくないのではないか。

個人的には埼玉西武ライオンズ球団として、本当に西鉄ライオンズ時代を総括するのであれば、ライオンズクラシックの中で「黒い霧事件」を扱うべきだと思う。2008年の西鉄ライオンズ時代を振り返る企画の中では一部で西鉄時代の晩年の衰退ぶりにも触れたと言うが、微々たるものだったらしい。稲尾さんや中西太らが大暴れし、三原魔術でパ・リーグのライバルチームや日本シリーズでジャイアンツを蹴散らした姿だけが西鉄ライオンズではない。球界に存亡の危機をもたらしかねなかった「黒い霧事件」を、同じく伝統球団であるジャイアンツの契約問題がとやかく言われている年に総括するのも、今後プロ野球界で不正なことが行われないようにとの決意も含めて意義のあることだと敗戦処理。は思う。

そしてそうした、良い時代も悪い時代も振り返った上で、稲尾さんに遅ればせながら永久欠番の名誉を与えるのが筋ではないかと思うし、稲尾さんの背番号24を永久欠番にするのなら中西氏の背番号6や故大下弘さんの背番号3もという声も当然出るであろう。

まさかとは思うが、今年は稲尾さんの背番号を永久欠番にし、来年の「ライオンズクラシック」では中西氏の…などと考えているのなら、断固反対だ。完全に商売、プロモーションの一環として西鉄時代の栄光を切り売りしているようで不愉快だ。まさかはまさかのままであって欲しいものだ。

昨日(27)、テレビ朝日の報道ステーションのスポーツコーナーで長嶋一茂が担当する宮本慎也の特集があって中西氏がVTR出場していた。宮本は中西氏にスワローズの臨時コーチとして打撃の指導を受けて以来、好打者として成長したそうだが、映像の中で中西氏は立って身振り手振りで打撃理論を説明していた。79歳とのことだが、お元気そうでなによりだ。ただ高齢であることに変わりはないので、永久欠番として讃えるのであれば、出し惜しみせず早い方が良い。


そして出来れば、これをきっかけに、各球団は経営母体が異なる時代に遡って永久欠番を今からでも追加して欲しいと思う。特にオリックス・バファローズには後藤光尊の背番号1を返上して鈴木啓示の背番号1を再び永久欠番にするとともに、福本豊の背番号7、山田久志の背番号
17を永久欠番と制定して欲しい。それをせずして、阪急ブレーブスや近鉄バファローズを復刻するなどと安直に考えないで欲しい。

ところで、今回の稲尾さんの永久欠番の件に触れて、ツイッターで「短い間ですけど永久欠番だったみたいですが」との指摘を受けた。指摘通り、Wikipediaによると失効した永久欠番の中に稲尾さん、中西氏、大下さんの名がある。稲尾さんと中西氏は球団身売りによって消滅し、大下さんは他球団移籍で返上したと言うことになっている。ところが、今回の報道の日刊スポーツでも鈴木啓示の永久欠番消滅には触れていたが、西鉄勢には触れていない。ベースボールマガジン(隔月刊、以前は季刊)誌の過去の「背番号」特集の永久欠番の項目でも触れられていない。ベースボール・マガジン社の「プロ野球70年史」の、Wikipediaによると稲尾さんが永久欠番に制定された1972年の出来事の中に稲尾さんの永久欠番に関する記載はない。同年にタイガース球団から永久欠番に制定された村山実さんの記載があるにもかかわらずだ。

失効した永久欠番の中にはスワローズ時代の大杉勝男氏まで含まれている。広沢克己の入団によって失効したとあるが、そんな永久欠番などあるはずがない<>

また、準永久欠番なる項目もある。そもそも準永久欠番なる扱いが公式にあるのかも定かだが、要は功績のあった選手の背番号を、それを次ぐにふさわしい選手が出てくるまで空けてあるというレベルのものを網羅しているのだが、スワローズの古田敦也以外は短期的に空き番になっただけに過ぎないものがほとんどだ。

敗戦処理。はさすがに西鉄ライオンズの時代はリアルタイムに追いかけていないので断定は出来ないが、Wikipediaのこの項目は眉唾な気がする。

当時の資料に接する機会があれば、調べてみたいものだが…

« 稲葉篤紀2000本安打達成ならず-またも目の前で金字塔ならず… | トップページ | 今成亮太放出の翌日、元ファイターズ捕手の小山桂司に… »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 埼玉西武ライオンズが故稲尾和久さんの背番号24を永久欠番に!:

« 稲葉篤紀2000本安打達成ならず-またも目の前で金字塔ならず… | トップページ | 今成亮太放出の翌日、元ファイターズ捕手の小山桂司に… »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック