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2011年12月 3日 (土)

ドラゴンズは落合遺産を相続放棄するのか?

Cdsc_0013 2日、高木守道監督を中心にドラゴンズの来季の首脳陣が記者会見を行った。落合博満前監督がシーズン中のスワローズとの優勝争いの最中に「今季限り」と発表され、次いでコーチ陣の大半の解任も発表されるという異例の事態であったが、球団の至宝とも言える高木守道のまさかの現場復帰とともにドラゴンズ生え抜きのOB主体のコーチ陣。

ジャイアンツが清武英利前球団代表の告発に始まる内紛に揺れているが、ジャイアンツと並ぶセ・リーグの古豪、名門ドラゴンズの落合色一掃も水面下ではかなりのドロドロがあったと察するに難くない。マイナス面も指摘された落合式「オレ流」野球だが、監督在任8年間で日本シリーズ出場5回、リーグ優勝4回、日本一1回という歴代監督の誰をも上回る実績を全否定して、この球団は本当にファンを来年以降も魅了出来るのだろうか?

(写真:今シーズン限りで8年間指揮したドラゴンズを退任した落合博満前監督。2011年9月撮影)

落合博満前監督に関しては、球団からの解任通告以前から、その監督としての結果とは裏腹に、キナ臭い報道が漏れ伝わってくることが多かった。

やれ、落合の野球は勝っても面白くないだの、親会社の中日新聞や系列のスポーツ紙に対しても徹底した情報管制で、ファンに対して積極的に情報を公開していく時流に逆行しているとか、ネガティブな要素を強調されることが少なくなかったが、優勝争い真っ只中での解任通告や、腹心と見られるコーチ陣の一斉解雇などはドラゴンズファンでない敗戦処理。から見ても尋常ではない。よくぞこんな状況でセ・リーグでは逆転優勝を果たし、クライマックスシリーズも勝ち抜き、敗れはしたものの日本シリーズも第7戦まで戦い抜いたものだと思う。敗戦処理。はかつて落合前監督が2009年のWBCに選手を派遣しなかったことに関しては当blogで異議を唱えたが、それ以外は別にドラゴンズファンでもないので無関心を装ってきた。だがやはり、この尋常でない体制、方針の転換はジャイアンツのライバルチームとして、ジャイアンツ、タイガースと並ぶセ・リーグの古豪としてやはり気になるのだ。

今季のドラゴンズのリーグ優勝は昨年に続く二連覇だが、報道で「球団初の二連覇!」と報じられ、意外に思ったファンは少なくないだろう。2006年、2007年と二年連続で日本シリーズに出場しているが、2007年はレギュラーシーズンは2位で、クライマックスシリーズでタイガースと、レギュラーシーズン優勝のジャイアンツを破っての出場だったので二年連続優勝ではなかった。リーグ優勝も1954年の初優勝の後、二度目のリーグ優勝はその20年後の1974年まで途絶えた。この間の半分はジャイアンツのV9であったが、タイガースとともにどうしてもジャイアンツを超えられない時代が続いた。その後も1982年、1988年、1999年と古豪と言われる割には優勝回数は少なかった。それが落合前監督になって8年間で4回のリーグ優勝だから、落合前監督がドラゴンズ球団の歴史の中で抜きんでた成績を挙げていたことは疑いの余地がない。また、落合ドラゴンズは優勝を逃した年でも成績が良く、すべてAクラスで3位が一度だけだ。当然クライマックスシリーズには毎年出場しているが、毎年ファイナルステージ(2ndステージ)に出場しているのはドラゴンズだけだ。前任の山田久志監督時代の2002年からドラゴンズは現在10年連続Aクラスを続けている。落合ドラゴンズだけでも8年連続だが、それまでの球団最長は1954年から1959年までの6年連続。しかしこの6年間にはのべ4人の監督が登場している。それ以外では3年連続Aクラスが複数回ある。比較的成績が安定しており、落合前監督以外では唯一二度優勝している星野仙一元監督でも3年連続Aクラスが精一杯だから、勝敗面においてはドラゴンズの歴代監督の中で最もファンを満足させた監督のはずなのだ。

来シーズンのドラゴンズのコーチングスタッフは下記の通り。

監督 高木守道

投手コーチ 権藤博、近藤真市

打撃コーチ 宇野勝、井上一樹

内野守備走塁コーチ 渡邉博幸

外野守備走塁コーチ 平野謙

捕手コーチ 長谷部裕

トレーニングコーチ 三木安司、宮前岳巳

二軍監督 鈴木孝政

二軍投手コーチ 稲葉光雄、今中慎二

二軍打撃コーチ 川又米利、彦野利勝

二軍内野守備走塁コーチ 前原博之

二軍外野守備走塁コーチ 上田佳範

二軍トレーニングコーチ 塚本洋、住田ワタリ

育成コーチ 早川和夫

選手経験のない宮前岳巳、塚本洋、住田ワタリの三人のトレーニングコーチを別にすれば、全員が選手としてドラゴンズのユニフォームを着ている。というか上田佳範コーチ以外は全員が最初にドラゴンズに入団している。他球団にトレードで出た者もいるが、皆、ドラゴンズでプロ野球人生をスタートした面々だ。

一方、今シーズン限りで退任したコーチングスタッフは落合前監督の他に森繁和、辻発彦、奈良原浩、石嶺和彦、高木宣宏、小林誠二、田村藤夫、笘篠誠治、垣内哲也、高柳秀樹、勝崎耕世。選手経験のない勝崎耕世前コンディショニングコーチは別にしても、これらコーチに共通することはドラゴンズの出身ではないと言うこと。選手としてドラゴンズでプレイ経験があるのは奈良原浩のみだ。

コーチ契約を継続したのはドラゴンズ出身のコーチばかり。復帰したのも権藤博コーチ、宇野勝コーチ、鈴木孝政二軍監督といった最初にドラゴンズに入団した面々ばかりだ。こうなるとむしろファームで外野守備を担当していた上田佳範コーチのクビがつながったのが不思議なくらいだ。またドラゴンズOBということでかき集められたのはコーチだけではなく、ゴールデンイーグルスから引退勧告を受け、このほど自由契約となった山崎武司の復帰も確実視されている…。

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これに関して「ファンもコーチに球団OBが多い方が親しみやすいだろう」という球団幹部の声が載っていたが、本当にそういうものなのだろうか…。

確かに例えばスワローズのファームを見ていると、真中満監督を始め、伊東昭光、池山隆寛、土橋勝征らスワローズOBがずらりと並んでいる。親子連れの観戦者などはお父さんが子供にコーチの現役時代の話をしていたりして、話が弾みやすい一面がある。しかし生え抜きのスター選手に監督を務めて欲しいというファンの感覚はあっても、コーチまで生え抜きで固めて欲しいと考えているファンが多数派を占めるとは考えにくい。ドラゴンズに関していえば、敗戦処理。が日本のプロ野球に興味を持ってから、ドラゴンズで選手経験のない人物が監督を務めたのは、山内一弘監督と山田久志監督くらいであり、ドラゴンズファンが「監督はOBで…」と固定概念を持っても不思議ではないが、コーチまで…となると必ずしもそうではないと思う。

 

ドラゴンズと同じセ・リーグの古豪、伝統にこだわるジャイアンツやタイガースもコーチングスタッフに関しては必ずしもOBにこだわってはいない。

要するに脱落合が初めにありきなのだろうが、それだけなら森ヘッドや辻コーチをせいぜい道連れ解雇にすればいいように思う(コーチ陣どころか監督付スコアラー田中彰まで解任)が、解説者の椅子も限られていることからOB達がこぞって現場復帰を願ったというのもあろう。

俗説ではドラゴンズで選手生活を全うした選手が現役を退いてそのままコーチに残るのではなく、一度ユニフォームを脱ぐが球団が早晩指導者として戻ってきて欲しい場合には地元のテレビ局、CBC(中部日本放送=TBS系列)か東海テレビ(=フジテレビ系列)の解説者の椅子を球団と放送局が相談して斡旋するという。この両局はドラゴンズに放映権料を払ってくれるお得意様であり、持ちつ持たれつの関係だそうだ。ただし中京テレビはライバルの読売グループに属する日本テレビの系列だから、放映権も渡さないし、OBを送り込むことはないという。かつて中京テレビの専属として日本テレビ系列で放映されるジャイアンツがホームとなるジャイアンツ対ドラゴンズ戦で居心地が悪そうにジャイアンツOBの解説者の横に座ってドラゴンズ情報を振られた時のみ発言していた川又米利が今回コーチに復帰したが珍しいケースだ。CBC、東海テレビとも地上波でのドラゴンズ戦中継が激減し、それでもドラゴンズからコーチ就任の話でもない限り終身雇用しなければならない解説者達を球団に引き取ってもらいたいという側面もあったろう。もちろん高木監督体制になれば落合前監督時代ほどの情報管制は敷かれないだろうから、自局出身のコーチを通じて情報を入手し、ファンとの架け橋になろうという狙いも定まるからだ。

落合前監督の情報管制に関してだが、結局、落合前監督が球団からとにかく勝つことを求められ、就任時に白井文吾オーナーから「編成から何から全部落合がやれ」と言われてすべてを勝利や優勝という目標からの逆算で考えたが上での方策であると思う。予告先発制度を採用しているパ・リーグでは当日以外の先発投手も容易に推測できるほどあっけらかんとしたチームもある様だが、予告先発制度を採用していないセ・リーグにおいては、リーグとして先発投手情報をファンに公開する必要は無いと設定している様なものだから、ファンに情報公開するものでなく、時に相手を欺く手段に用いるというのは理に適っている。落合前監督は一部のファンにも不人気だったと言われるが、あらゆることを犠牲にしてもとにかく勝利、優勝にこだわったが故の方策であり、例えばそれによって他球団に比べればファンへのサービスの度合いが落ちるとするならば、それを補うのは本来は球団フロントの仕事なのではないか…。

では、本当にドラゴンズファンは落合野球にそっぽを向いていたのか?

観客動員の実数発表が慣行化したのは落合前監督二年目の2005年から。2005年から今年までのドラゴンズ主催試合における一試合平均の入場者数と、各年度のリーグ成績順位、十二球団での観客動員数の順位を列記する。

2005年 31,293人(2位。観客動員数十二球団中3位)

2006年 32,859人(リーグ優勝。観客動員数十二球団中3位)

2007年 33,202人(2位。CSを勝ち抜き日本シリーズ優勝。観客動員数十二球団中3位)

2008年 33,720人(3位。観客動員数十二球団中3位)

2009年 31,922人(2位。観客動員数十二球団中3位)

2010年 30,460人(リーグ優勝。観客動員数十二球団中3位)

2011年 29,777人(リーグ優勝。観客動員数十二球団中4位)

今季は実数発表以来、初めて一試合平均の観客動員が3万人を割った。実は2005年から、十二球団の観客動員数の順位は1位タイガース、2位ジャイアンツ、3位ドラゴンズ、4位ホークス、5位ファイターズが昨年までずっと固定されていた。今季初めてドラゴンズはホークスに抜かれた。また、ドラゴンズ主催試合に集まった観客の数が、十二球団全試合の中でどれだけのシェアを記録しているか(ドラゴンズの観客動員数÷十二球団合計の観客動員数)を計算すると、2005年から11.1%、11.4%、11.3%、11.2%、10.3%、9.9%、9.9%となっている。12分の1だと8.3%だから中の上ということになるが、2007年をピークに下がっているのは事実。また一試合あたりの観客動員数も、8年間で唯一3位に終わった2008年に最も多いというのも皮肉だ。ファンが落合野球に飽きてきた傾向をうかがい知ることは出来る。

観客動員は中の上で横ばいから微減という状況でリーグでの順位は上々。試合における貢献度を年俸の査定にしていたら、選手の査定はどんどん上がっていくが、その財源になるはずの入場料収入は比例して上がっていない。経営的には苦しいだろう。しかも年俸が上がっていくのは活躍した選手だけでなく、監督、コーチ陣もだったようで、球団はここにコストカットのターゲットを求めたのだろう。

マスコミへのサービスが良くないとあれば、それは親会社の中日新聞グループをも含むものだから、親会社筋に悪い評判が届くのも自明の理。親会社の幹部のなかでも徐々に落合前監督とは距離をおく動きが出始め、後ろ盾は白井オーナーのみとの評もあった。それでも白井オーナーがジャイアンツの球団会長くらい超ワンマンであればさらに落合政権が続いていたのだろうが、その白井オーナーも苦渋の決断を迫られたと言うことなのか…。

日本の十二球団で、全国区と言えるのはジャイアンツとタイガースだけと言われているが、ジャイアンツの東京、タイガースの関西圏に次ぐ日本の三大都市に拠点を置き、ホークスやファイターズより遙か昔から地元との密着体制を築いてきたドラゴンズが、歴代監督の誰もが成し遂げられなかった安定した成績を挙げてきた落合前監督を解任せざるを得ないというのはゆゆしき事態と言わざるを得ない。それほどプロ野球の経営というのは理想と現実が乖離していると言うことなのだろうか。          

 

ジャイアンツの様な表立った告発騒ぎこそ起きないもののファンが知らない水面下では相当なドロドロがあったのだろう。

高木ドラゴンズはやがて来る井上一樹監督、立浪和義監督誕生までの地ならしと言われているが、落合遺産を相続放棄せずに次世代の監督達にお膳立てが出来るのだろうか。

Dsc_0182 フロントの都合で歴代随一の実績を無視して白紙に戻しておいて、それで井上なり立浪にゼロからのスタートを強いて結果が悪かったら現場のせいにする。そんな事態にだけはならないで欲しいが…。

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