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2011年12月

2011年12月31日 (土)

2011年のNPBを振り返って…

Cdsc_0633 いよいよ2011年も大晦日となった。東日本大震災で日程の変更を余儀なくされたNPB。あの当時のことを振り返れば、よく無事で全日程を消化出来たと思う。地震で直接甚大な被害を受けたゴールデンイーグルスを含め、各球団の皆さんには本当に頭が下がる。

ただ、その東日本大震災に伴う日程変更が余儀なくされた状況で、「開幕を何日にしろっていうのは、お上が決めることか」という当時の滝鼻卓夫ジャイアンツオーナーの一言は野球ファンのみならず世間一般から批判された。そしてそのジャイアンツは、日本シリーズが始まる前日に清武英利球団代表(当時)が記者会見を開き、渡邉恒雄会長のワンマンぶりを告発した。その結果、日本シリーズの期間中、日刊スポーツ(東京)の1面は日本シリーズ以外の話題ばかりが飾ることに…

最初も最後もジャイアンツに揺るがせられた2011年のNPB。

(写真:清武告発の翌日、1112日から八日間の日刊スポーツ東京版の1面)

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2011年12月28日 (水)

【プロ野球戦力外通告】クビを宣告されなかった男

Dsc_0222 結果がすべてのこの世界。結果を残せなかったベテラン選手には容赦ない戦力外通告がなされがちだ。しかしそんな中、来季も現役生活に踏みとどまることが出来た選手も少なくない。ファイターズの木田優夫もその一人。大幅な減俸こそ強いられたが、来季、日米合わせて26年目を迎える。

(写真:今年9月23日のイースタン・リーグ、ジャイアンツ対ファイターズ戦の試合後、単身でジャイアンツベンチを訪ねた木田優夫。このシーンを観た時、正直覚悟を決めたのかと思った…。)

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2011年12月25日 (日)

東都大学野球2011決算号

Cdsc_0687 年末恒例の、ベースボール・マガジン社から発行される「ベースボール・レコード・ブック」を買いに行った地元の書店で、冒頭の写真の一冊を見つけた。ベースボール・マガジン社は東京六大学野球を中心として大学野球界を一括りにして春秋のシーズンに合わせた展望号なり決算号を出しているが東都大学野球に限定したものが出るとは驚きだ。今年は東都大学野球連盟にとって創立80周年に当たるが、80周年記念特別号「東都大学野球80年の軌跡」は別途発行されている。

これは興味津々、「ベースボール・レコード・ブック2012」と併せて「東都大学野球2011決算号」も購入した。

(写真:ベースボール・マガジン社から発売中の「東都大学野球2011決算号」。まだ店頭にあるということは売れ行きが芳しくない<冗>?)

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2011年12月21日 (水)

山下書店東京ドーム店が来年1月閉店…

Dsc_0201 東京ドームのそばにある名物書店、山下書店東京ドーム店が来年の129日を最後に閉店することがわかった。東京ドームで野球観戦するファン(特にJR水道橋駅を利用する人)なら誰でも入った事はあるだろう。野球やプロレス関係の雑誌や書籍が所狭しと並ぶあの本屋さんだ。

(写真:来年129日に閉店することが決まった山下書店東京ドーム店。20116月撮影)

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2011年12月20日 (火)

巨人軍の「背番号18」

Dscf0031 FA権を行使して、ホークス残留か、ジャイアンツに移籍か動向が注目された杉内俊哉だったが、19日、ホークスに断りを入れ、ジャイアンツに入団の返答をした。杉内はジャイアンツが交渉時に提示した「背番号18をつけてジャイアンツの一員になる様だ。80年近い歴史を持つジャイアンツのエースナンバー、背番号18はあの伝説のビクトル・スタルヒンを初代とし、杉内で8人目となる。

原沢敦球団代表兼GMは背番号18の先輩である桑田真澄堀内恒夫から了承を得、原辰徳監督が故藤田元司さんの奥さんから了承を得たという。

杉内はジャイアンツで永久欠番になっていない番号では最も重みのある番号を背負うことになる。

(写真:先代の背番号18、桑田真澄。桑田が2006年のシーズンを最後に退団してからは誰もつけていなかった。20068月撮影)

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2011年12月19日 (月)

ながさわたかひろ展「応援/プロ野球カード」に行ってきた。

Cdsc_0671 17日、土曜の夕方、敗戦処理。は野球好き仲間との忘年会-「プロ野球ナイト忘年会」の前に新宿区矢来町のギャラリーに行ってきた。そういう事をやっている人がいるとは聞いていたが、実物を見て驚いた。今シーズンのスワローズの公式戦144試合+クライマックスシリーズ8試合の全試合の計152試合のすべてに関して、勝ち試合はもちろん負け試合であろうと全試合のハイライトを版画にしたのだ。しかも相手チーム目線でも1枚ずつ作っているからWだ。贔屓のスワローズの選手だけでなく、対戦チームの選手も特徴を捉えている。

すごい手間だ!これはスワローズファンならずとも必見。新宿区矢来町のギャラリー、eitoeiko にて今月28日まで開かれていますので是非!

(写真:画廊に掲出されている作品の一例。ファイターズファンの えのきどいちろう氏も絶賛)

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2011年12月12日 (月)

ファイターズはダルビッシュ有が抜けたらどうなってしまうのか…?

Dsc_0059 ファイターズはエースのダルビッシュ有がポスティングシステムの利用を表明し、球団も承認した。入札の結果によってはファイターズ残留の可能性も無くはない様だが、来季、ファイターズのユニフォームを着ない可能性が極めて大だろう。ダルビッシュはよく「日本球界のエース」と評価されるが、その前に「北海道日本ハムファイターズのエース」だ。ダルビッシュが抜ければファイターズの戦力が甚だしくダウンすることは間違いない。大エースの抜ける穴をどうするのか?

最近は選手や監督のみならず、球団フロントに着目した書物などが増えているが、それらでは大抵ファイターズのフロントは絶賛されている。

だが、本当にそうなのだろうか?抜けた後のことを考えているのか?菅野智之の指名で芯の通ったところを見せたまでは良かったが、これから、この球団がどういう方向に向かうのかが見えてこない。

大丈夫かファイターズ?

(写真:ファイターズの編成の最高責任者・島田利正球団代表。20081月撮影)

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2011年12月 9日 (金)

中畑清が監督になった

01 確実視されていた工藤公康の監督就任が消えた横浜DeNAベイスターズ。結局報道されたとおり、元ジャイアンツの中畑清の監督就任が決定した。高田繁GMとはジャイアンツの先輩後輩で、高田にとって代わって三塁のポジションをつかんだのが中畑だった。しかし、今回の話はジャイアンツでなくベイスターズの話。ベイスターズファンはさぞ困惑しているだろうが…。

(写真:横浜DeNAベイスターズの初代監督に決まった中畑清。200711月撮影)

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2011年12月 8日 (木)

ダルビッシュ有、やっぱりポスティング移籍を選択

Cdsc_0223 やっぱり…というか、ついに、というか、ようやく、というか、予て大リーグにポスティング移籍を目指しているとの報道が先行していたファイターズのダルビッシュ有が大リーグへのポスティング移籍を選択した。ダルビッシュが自身のブログで明かし、ファイターズ球団も表明した。

正直、ダルビッシュが抜ける来季のファイターズなど想像もしたくないが、これまで7年間、ファイターズとファイターズファンのために素晴らしいピッチングを見せてくれたことに感謝し、次のステージでの活躍を期待したい。現時点ではまだ大リーグ移籍が決まったわけでなくスタートに立っただけだが、「頑張れ!」と言ってやりたい。

(写真:移籍が決まれば、敗戦処理。にとって最後の生ダル観戦となった今年7月の対ゴールデンイーグルス戦で、完投勝利を挙げて雄叫びをするダルビッシュ。2011年7月撮影)

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2011年12月 5日 (月)

ジャイアンツは本当に村田修一を獲得するべきか?

Dsc_0040blogの前エントリー、4日付 男村田はベイスターズに残ってこそ男村田ではないのか? で敗戦処理。の意見として村田に横浜DeNAベイスターズに残って欲しいと主張したが、じゃあジャイアンツはどうなのか?という事になろう。

村田が守る三塁手のポジションはレギュラーが固定されておらず、今季までの四番打者、同じ右の大砲、アレックス・ラミレスが退団した。村田は補強ポイントに合致した選手と言えよう。だが、前エントリーで書いてきた様に(といっても敗戦処理。の妄想だが)このタイミングでベイスターズ球団を出ようとする選手が本当にジャイアンツで役に立つかどうか、個人的にはどうも疑わしいのである…。

(写真:今季最終戦で通算250号をジャイアンツの澤村拓一から放ち、馬場敏史三塁ベースコーチに祝福される横浜・村田修一。来季はジャイアンツの味方としてプレイするのか… 201110月撮影)

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2011年12月 4日 (日)

男村田はベイスターズに残ってこそ男村田ではないのか?

Cdsc_0066 FA権を行使したベイスターズの主砲・村田修一が早速3日、ジャイアンツと入団交渉を行った。前日の2日はその前日に実行委員会とオーナー会議で承認された横浜DeNAベイスターズの春田真オーナー、池田純球団社長から慰留を受けたが、「3年でCS進出、5年以内に優勝を」と語る新オーナーに対し、村田は来年すぐに優勝争いを狙える球団への移籍を目指している模様。

村田にとってジャイアンツからのオファーは渡りに舟。今月中旬にもジャイアンツの村田が誕生しそうだが、ジャイアンツファンである敗戦処理。も素直には喜べない…。

(写真:FAでのジャイアンツ移籍が確実視されるベイスターズの村田修一。今季最終戦でジャイアンツの澤村拓一から二打席連続本塁打を放ち、直後の守備でファンの声援に応える。201110月撮影)

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2011年12月 3日 (土)

ドラゴンズは落合遺産を相続放棄するのか?

Cdsc_0013 2日、高木守道監督を中心にドラゴンズの来季の首脳陣が記者会見を行った。落合博満前監督がシーズン中のスワローズとの優勝争いの最中に「今季限り」と発表され、次いでコーチ陣の大半の解任も発表されるという異例の事態であったが、球団の至宝とも言える高木守道のまさかの現場復帰とともにドラゴンズ生え抜きのOB主体のコーチ陣。

ジャイアンツが清武英利前球団代表の告発に始まる内紛に揺れているが、ジャイアンツと並ぶセ・リーグの古豪、名門ドラゴンズの落合色一掃も水面下ではかなりのドロドロがあったと察するに難くない。マイナス面も指摘された落合式「オレ流」野球だが、監督在任8年間で日本シリーズ出場5回、リーグ優勝4回、日本一1回という歴代監督の誰をも上回る実績を全否定して、この球団は本当にファンを来年以降も魅了出来るのだろうか?

(写真:今シーズン限りで8年間指揮したドラゴンズを退任した落合博満前監督。2011年9月撮影)

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2011年12月 2日 (金)

【回想】敗戦処理。生観戦録-特別編 20世紀総集編

Dsc_0008_2 これまで当blogで毎月2日に交互に掲載していた 敗戦処理。が生観戦した野球場が55ケ所の観戦球場を出し尽くしたので当面敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year 主体にいっていますが、前回11月2日掲載分で2000年までたどりつきましたので、第1回の1974年編から2000年編まで、20世紀の各年のmy only one gameの索引集とします。来季、新たに初めての球場で観戦しないと、このコーナーは来年には終わってしまいます<苦笑>

1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。

【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year特別編 20世紀総集編

(写真:敗戦処理。が球場別で最も多くの試合を観た東京ドーム。20世紀総集編といいながら、200811月撮影)

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