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2011年4月 3日 (日)

もうすぐお別れ、日本ハム多摩川グラウンド

Dsc_0005 既に31日付北海道新聞のえのきどいちろう氏の連載コラム頑張れファイターズや、ルパート・ジョーンズさんや満利江さんのブログなどで取り上げられたのでご存じの方も多いかもしれないが、かつてファイターズが二軍公式戦や練習に使用していた日本ハム多摩川グラウンドが3月いっぱいで国に返納されることになっていた。331日付けの日刊スポーツでも米谷輝昭記者による「今日歴史に幕F多摩川グラウンド」という記事が掲載された。

4月になって初の土曜となった2日、敗戦処理。は現地を観てきた。まだ看板などは取り外されていなかった。

(写真:国に返納されることが決まった日本ハム多摩川グラウンド。2AMの時点ではまだ看板やダッグアウトなどは健在だった…)

blogでも昨年122日付けで日本ハム多摩川グラウンドの現状について触れていたが、実戦や練習に使われない様になってもう20年近くになる。今回国に返納と聞いて、「ようやく…」というのが第一印象だった。

そのエントリーでも触れたが、日本ハム多摩川グラウンドが現役だった頃、敗戦処理。はこの球場を訪ねていない。そんな立場で知ったかぶってノスタルジックに浸るのはいかがなものかという気もあるが、もしも当blog、当エントリーをご覧になった方で、当時に思い入れのある方がいらっしゃったら、辛うじて形を残している今のうちに、もう一度日本ハム多摩川グラウンドに足を運んで欲しい。ただ2AMの時点では、いついつ撤去予定などの表示がなく、ということは早ければ2日PMに撤去された可能性も無いとはいえないし、今日3日に撤去されるかもしれないし、月曜日にも撤去されるかもしれない。

前述の日刊スポーツの記事ではこのグラウンドに思い入れの深いファイターズOBの木田勇のコメントが出ているが、木田はかつての仲間と321日に「お別れの会」を計画していたようだが雨で断念したそうだ。

先月28日夜に杉並区の阿佐ヶ谷ロフトAで行われた「日本ハムファイターズ東京決起集会!」でもえのきどいちろう氏とファイターズの渡辺浩司スコアラーがこのグラウンドの思い出を語っていたが、台風が来ると、寮生の中から入団二年目以内の野手が集められ、総出で打撃練習のゲージなどを流されないような位置に運び込むのだという。「今じゃあり得ないですよ。普通専門の業者に頼むとか考えるでしょう<苦笑>

冒頭の画像のように一塁側ダッグアウトの壁の一部は既に剥がれているし、

Dsc_0009 ホームベースは取り外され?ファウルラインが引いてあるだけという状態である。もちろんこれらは先月の地震の影響ではない。長年の放置プレーの結果である。ただ、今回気付いたが一塁側ダッグアウトにこんなものがあった。

Dsc_0006 最近でも使われたのだろうか…?

ちなみに、この日も隣接するグラウンドでは少年野球のチームが練習していた。

Dsc_0015

最後に日刊スポーツの記事を引用させてもらう。

更地にして返す。マウンドを削ったり、老朽化した設備や用具を片付けたり…。歴史を知ってもらうためにも鎌ヶ谷の若手選手を動員したらどうだろう。

■日本ハム多摩川グラウンド 東急東横線新丸子駅より徒歩で約15分。

 

P.S.

5月21日追記。

その後4月30日に現地を訪ねた時にはまだ「日本ハム球団 多摩川グラウンド」の看板も健在で手つかずという感じだったが、521日に久々に訪ねたところ看板は撤去され、ベンチもなくなっていた。そして野球少年が練習していた。

Dsc_0166 7月末から暫定的に一般開放するそうだ。

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