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2010年12月18日 (土)

巨人から戦力外通告を受けた村田透がインディアンスとマイナー契約

Cdsc_0191_2 今シーズン限りでジャイアンツから戦力外通告を受けていた村田透がアメリカ大リーグのインディアンスとマイナー契約を結んだことがわかった。

しかし、村田透って誰?-といった感じで慌ててグーグル先生の門を叩いたジャイアンツファンも少なくないのではないか<苦笑>

 

 

(写真:ジャイアンツから自由契約選手となったが、インディアンスとのマイナー契約を勝ち取った村田透 20099月撮影)

村田透は大阪体育大学の出身で、2007年秋の大学生・社会人ドラフトの1巡目でジャイアンツに指名を受け入団した投手だが、三年間で一軍のマウンドに立つことは出来ず、今オフに戦力外通告を受けた。村田はNPBの十二球団合同トライアウトを受験し、インディアンスのスカウトの目に止まった様だ。

2007年秋の大学・社会人ドラフトは分割開催された最後の年で、いわゆる希望枠もこの前年限りで廃止され、入札制となった。ジャイアンツはその年のドラフトの目玉の一人、東洋大の投手、大場翔太1巡目で指名したが、ジャイアンツを含めて六球団が指名。抽選の結果ホークスが交渉権を獲得した。ジャイアンツは外れ1位に日本大の投手、篠田純平を指名するがここでもカープ、バファローズと競合。カープに交渉権を持って行かれた。そしてたどり着いたのが大阪体育大の村田だった。いわば、外れ外れ1位。

余談だがこの時の1巡目入札では大場の他には愛知工大の左腕投手、長谷部康平に五球団が入札。スワローズが単独入札した慶應義塾大の加藤幹典と合わせ、三投手に指名が入札した。

ジャイアンツはこの年は大学生・社会人ドラフトに先んじて行われた高校生ドラフトでも仙台育英高の投手、佐藤由規(現.由規)を指名して5倍の競争率に敗れ去り、熊本工高の藤村大介に切り替えるなど、くじ運に恵まれなかった。ジャイアンツのこの年のドラフト指名選手は他に、大学生・社会人では古川祐樹、加治前竜一、高校生では中井大介、竹嶋祐貴。育成では籾山幸徳、西村優希、谷内田敦士。村田同様、既に解雇された選手もいるが、まだ一軍定着といえる活躍をした選手が出ていない。

村田はそれでもジャイアンツのドラ1であることに変わりない。期待を受けたもののなかなか結果を出せなかった。一年目はイースタンでも9試合の登板にとどまり、02敗、防御率は7.82という有様だった。二年目を迎える前に、ジャイアンツはトレードでファイターズからMICHEAL(M.中村)を獲得。村田は背番号36を一年で明け渡すことになり、46番に変更。心機一転という感じの二年目だったが、登板数が26試合と増加したものの24敗、防御率3.98とぱっとしなかった。

近年のジャイアンツのファームは育成選手を含む大所帯。しかもその育成選手から山口鉄也、松本哲也と二年連続でセ・リーグの新人王に輝く選手が出るなど、叩き上げの選手の突き上げが激しい。一方で前述のM.中村のように一軍でさっぱりの選手がファームで再調整となると優先的に起用される。ドラ1の栄光があっても、二年間ぱっとしないと隅に追いやられる。それゆえ今季は三年目で既に正念場だった訳だが、必然的に登板数は減り、6試合の登板にとどまり、0勝4敗、防御率4.25

結局三年間で一度も一軍で登板することなく、イースタンでの通算成績も41試合210敗、防御率4.56。ジャイアンツは戦力外通告をした。

冒頭の写真のように敗戦処理。も何度か村田を生で観た記憶はあるが、これといった特徴を感じられなかった。

今回、十二球団合同トライアウトを視察した米大リーグ・クリーブランド・インディアンスのスカウトの目に村田が止まった訳だが、二軍でもこれといった成績を残せずに三年間でチームからお払い箱になる選手が大リーグのマイナーリーグで揉まれ、どのように変身していくか、興味本位といったら怒られるが、来季、注目したい。何年か先、メジャーに昇格すればそれこそアメリカンドリームだ。18日付け日刊スポーツでは村田は「巨人で3年間勉強させていただいたことを生かして、メジャーで活躍して恩返しができれば」と飛躍を誓ったそうだ。ぜひそうなって欲しい。

3Aになるのか2Aになるのか不明だが、村田がマイナーリーグで活躍するようなら、日本のイースタン・リーグのレベルの高さが証明出来ることになる。あるいは「育成の巨人」を標榜しているジャイアンツのファームの指導力が低いことが証明される<苦笑>

いずれにせよ村田の、野球を続けたいという夢はかなったのだ。今オフ、ジャイアンツでは支配下登録から育成選手に転ずる選手が二人いるが、一説によると村田も検討されたという。ドラフトの時の経緯があるにせよ、1巡目指名の選手を三年間で整理するということに対し、体面的な抵抗を考えるふしが一部にあったそうだ。

前エントリーで取り上げた多田野数人と村田は実はドラフト同期。

多田野もこのオフ、ファイターズから戦力外通告を受けた。球団の評価は大幅な、野球協約の減額制限を超えるレベルのダウンだったため、他球団の評価と比べられるよう自由契約となり村田同様、トライアウトを受験した。多田野の場合は元のサヤに戻った感じだが、大幅な減俸に渋々サインして身の保証を優先させるのと、一度飛び出し、最悪の事態も考えられる中、再び契約を勝ち取ったのでは似て非なるものがある。

 

 

前回のエントリーで触れたように、誰でもこういうチャンスを得ることが出来る訳ではないから球団が安直に「大幅な減額を飲むか、自由契約」という二者択一を迫るような行為が慣例となってしまうのは避けるべきだが、村田には「巨人に恩返し」ではなく「巨人を見返す」くらいの意気込みでやって欲しい。もちろん単に言葉を選んだだけだろうが。

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