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2010年12月 4日 (土)

最後まであきらめない!!-坪井智哉はどうなる?

Dvc00014 2日、プロ野球コミッショナー事務局が今季の支配下選手で、各球団が来季契約する権利を持つ保留者名簿と、同名簿から外れて自由契約選手となった94人を公示した。

既に11月のトライアウトの時点でいわゆる戦力外通告を受けた選手との交渉は解禁になっているため、何人かの選手は既に移籍先が決まっているが、文字通り自由契約選手となってこれからが本番という感じの選手も。

ファイターズからコーチ就任を打診されたものの現役続行を希望して自由契約になる道を選んだ坪井智哉には当初バファローズが格闘するとの報道があったがその後なしのつぶて。しかも本人が激励会他で発表したところによると、そもそもバファローズからのオファーなど無いという。

坪井智哉はどうなる?

(写真:2005年のNPBの統一スローガン「フルスイング!プロ野球」の特大ボールにサインした坪井智哉の文字)

例えば自由契約公示を待たずして、ジャイアンツから戦力外通告を受けた小林雅英はバファローズへ、豊田清はカープへ移籍する事が決まった。

Dsc_0019 またベイスターズから戦力外通告を受けた佐伯貴弘もドラゴンズ入りが決まった。この中で小林雅は11月のトライアウトを受けたが、豊田、佐伯は受けていない。今季までの実績と獲得する側の球団のメンバー編成面での事情が噛み合ったと言うことだろう。坪井に関しても、かなり早い時期に「バファローズが獲得へ…」との報道があったので、敢えてトライアウトを受験しなかったのかと敗戦処理。は思っていた。

報じられたバファローズは前出の小林雅の他、ジャイアンツから戦力外通告を受けたイ・スンヨプ、スワローズから戦力外通告を受けた梶本勇介を獲得した。イ・スンヨプは同じ一塁手のアレックス・カブレラとの契約交渉がこじれ、この日の保留者名簿に載せられなくなることが必至という状況で獲得に走ったのだろう。坪井とバッティングするといえば、むしろ内野手と外野手の違いこそあれど、スイッチヒッターで好打の梶本の方かもしれない。スワローズの内野陣では今季鬼崎裕司川端慎吾がブレークの兆しを見せ、森岡良介はイースタン・リーグで首位打者を獲得。現在26歳の梶本は鬼崎こそ同学年だが川端と森岡より年上。スワローズも構想から外れたのだろう。そしてそこにバファローズが目を付けた。

バファローズの支配下選手登録は57人となり、これにドラフトで獲得した5人を加えてもまだ62人。ジョン・レスター、グレッグ・ラロッカ、フェルナンド・セギノールに代わる新外国人選手を加えてもまだ上限の70人には余裕がありそうだ。

果たしてこれから先、バファローズが坪井獲得に動くことがあるのだろうか…?

あるいは他球団で坪井獲得に乗り出す球団があるか?

左の代打要員が手薄な球団というと、日本シリーズを観ていた印象でドラゴンズが真っ先に浮かぶ。昨年、立浪和義井上一樹と出てきただけで相手にプレッシャーを与える存在が一気に二人も抜けた影響は甚大で、シーズン中にも感じたが日本シリーズの大舞台で堂上剛裕中田亮二あたりが代打で登場しても期待感が今一つだった。しかしそのドラゴンズは佐伯をいち早く獲得した。

Dsc_0153 今季はベイスターズというよりシーレックスの一員という感じだった佐伯は単に戦力外通告を受けただけでなく、来季に限らずその先も球団からはコーチなどでの復帰を求めないとまで通告されたのだろう。「湘南シーレックス」自体も最後のホームゲームとなった919日の対ファイターズ戦(横須賀スタジアム)では田代富雄監督の計らいで代打起用され、満員のファンに最後の雄姿を見せた。18年間チーム一筋で頑張った男に一軍で最後の花道を用意しない球団も球団だと思うが、田代監督はこの後、ビジター最終戦でも佐伯を代打で起用。DHの選手の代打だったため佐伯は二打席も立った。シーレックスはイースタンで優勝を逃したものの選手は皆、一軍の残り試合や来季という目標がある訳で、監督としては来季がある選手に少しでも多く出場機会を与えると考えるのが普通だと思うが、球団が見捨てた選手に、本拠地最終戦だけでなくその後も打席を与えた田代監督はある意味凄いと思う。田代監督自身も退任が決まっており、なおかつ球団からのフロント入り要請を蹴っていたという事情もあるが、善し悪しはともかく凄い独断だったと思う。

話を元に戻す。

今季の坪井は416日に座骨神経痛で一軍登録を抹消された後、71日に一軍復帰を果たしたものの調子が上がらず722日に再び登録抹消となってしまった。敗戦処理。は7月31日、81日と二日続いてイースタンのジャイアンツ対ファイターズ戦(ジャイアンツ球場)を観戦したが、31日は「三番・DH」でスタメン出場して右に左に打ち分けて4打数3安打。翌8月1日は代打で登場して小林雅からタイムリーと大暴れ。

Dsc_0046 再登録が解禁になってすぐにでも一軍復帰かと期待したが、一軍再々登録は9月18日だった。一軍の編成上の事情もあったのだろうが、イースタンの実戦で好結果が出ているタイミングで一軍から声がかからなかったのは坪井にしては無念だったろう。

坪井がファイターズから戦力外通告を受けたのは今回が二回目だ。

2006年、チームが25年ぶりのリーグ優勝、44年ぶりの日本一に輝いたそのオフに戦力外通告を受けたのが最初。その時も本人が求めたオファーがなかなか来ず、ドラフトで指名した長野久義の獲得を断念したファイターズがあらためて<!?>再交渉して元のサヤに収まった。

二年前の2008年もファーム暮らしが長く、オフが心配されたが9月に入り、イースタンで打棒好調。その時もジャイアンツ球場で西村健太朗から代打で見事な本塁打を放つなど打棒復活をアピールして一軍復帰を果たすと、辛うじて3位でクライマックスシリーズ進出を果たしたチームに貢献。第1ステージでは第2戦で4安打の大暴れでチームの第2ステージ進出に大貢献。健在ぶりをアピールした。

今回、二度目のファイターズ復帰はないだろう。8年間背負った背番号7は糸井嘉男が継承することとなった。来季、どこかのスタジアムで

♪PL~、青学ぅ、東芝、阪神日ハム、つ~ぼ~いぃ~!

という応援歌が流れることを期待して、敗戦処理。も最後まであきらめないで今後の報道を待とう。

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