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2010年9月 5日 (日)

篠塚二世(または松井稼頭央二世)長田昌浩自らの意思で現役引退

01 バファローズの内野手・長田昌浩(26)が先月31日、任意引退選手として公示された。体力と技術面の限界を感じて自ら球団に申し出、話し合った結果、シーズン中の異例の措置となった。長田は元々ジャイアンツの選手だったので敗戦処理。も結構注目していたが、ジャイアンツ、そして移籍したバファローズでも大成できなかった。今年で八年目だった。

(写真:ジャイアンツ時代の長田昌浩。20057月撮影)

長田は東海大望洋高から2002年のドラフトでジャイアンツから四巡目指名を受けて入団。センスの良い打撃から「篠塚二世」、「松井稼頭央二世」と前評判が高かった。自由獲得枠で木佐貫洋久保裕也を獲得したジャイアンツとしては実質的なドラフト最上位での指名とも言えた。ジャイアンツ志望が強かったことから他球団が指名に慎重だったとも言われた。

キャンプ、オープン戦とそのセンスの良さで一軍に帯同し、一時は松井秀喜でも出来なかった高校卒ルーキーにして開幕一軍入りを果たすのではないかとまで話題になった。開幕一軍入りこそ逃すがゴールデンウイークに一軍入りを果たすと、いきなりスタメンデビューしたほどだった。

ファームで「特定強化選手」とやらに指名され、複数のポジションに挑戦する選手が多い中で二塁に固定され、試合にも出続けて英才教育を受けて毎年一度は一軍に上がるものの顕著な結果を上げることなく短期間で二軍落ちというパターンで四年目のシーズンを終えると、一年先輩の鴨志田貴司と共に谷佳知とのトレードでバファローズへの移籍が決まった。

イチローが抜けた後の旧ブルーウェーブの看板選手だった谷の活躍に翳りが見え、成績と年俸のバランスが噛み合わなくなったことを重視したバファローズは有望な若手選手との交換に踏み切ったのだ。

バファローズ一年目の2007年、長田は一軍で5試合に出場するが、一軍でのプレーは結果的にこの年が最後となった。ジャイアンツ時代と合わせ、通算17試合に出場、18打数0安打。一軍公式戦では安打を放つことが出来なかった。2008年からは一軍出場が無く、正直そろそろかな…というのはあったが、同時にトレードでバファローズ入りした鴨志田がようやく一軍定着しているだけにまさか長田が自分から申し出るとは…。

実際、多くの球団でこの時期、球団フロントは選手をふるいにかけるそうだ。シーズン終盤に発表になる戦力外通告、要するにクビにする選手を決めるのである。球団によってはファームの公式戦の選手起用で熱心なファンは見抜いてしまうとも言われている。あるいは長田自身、そうした動きを先に感じ取り、なおかつ自分でももう限界と考えての判断だったのかもしれない。敗戦処理。が注目した選手がまた一人大成せずにプロ野球の現場を離れることになり残念ではあるが、この世界は全ての選手が活躍できる訳ではない。残念ではあるが仕方がない。そして選手生活を続けたくても続けられず、戦力外通告を受けてもトライアウトを受け、それでもダメならNPB以外の独立リーグなどに身を投じ、再挑戦の機会を狙う選手もいる中…。しかしこれは紛れもなく本人の決断なのだ。

長田がジャイアンツでドラフトにかかった2002年秋というのは、ジャイアンツにとっては主砲・松井秀喜がFA権を行使してチームを離れた年であり、自由獲得枠こそ先述のように投手二人を獲得したが野手の好素材を求めていた年だ。大学進学をにおわせて他球団の指名を敬遠させた長田はまさに好素材で、五巡目指名で「九州のカブレラ」と言われた熊本工業の山本光将とともに敗戦処理。は注目したが、残念ながら二人とも大成できなかった。

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ちなみに六巡目が國學院大學の矢野謙次。長田と山本の評価の高さがうかがえる。

近年でこそ「育成の巨人」をアピールしているが長田、山本が入団した頃はまだそのコンセプトがなかった。長田は22歳のシーズンにトレード、山本は同じタイミングで育成選手に降格され、二年後に現役引退。ジャイアンツアカデミーの行使に転身した。そして期待の星だったはずの長田、山本に転機が訪れた2006年のオフのドラフト(高校生ドラフト)で一巡目指名されたのが坂本勇人だった。坂本も長田同様に一年目からファームで英才教育を受けた結果、二年目は開幕一軍入りどころか開幕スタメンを果たし、全試合出場。その後もジャイアンツの遊撃のポジションを完全に自分のものとしている。そしてその坂本の頭角をきっかけにその後は育成選手をふくめた「育成の巨人」が重視されるようになった。

長田を観ていて感じたのは、結局チャンスはいつまでもあるのではないということだ。ファームで「特定強化選手」に指名されたとしても、そこですぐに何らかの結果を出さなければ、次の年にはまた有望な選手が入ってくるのである。特にジャイアンツのように多くの育成選手を抱えるチームではまずファームの試合に出る機会を得ることすらままならないのだ。ファームでクリーンアップを組む大田泰示中井大介田中大二郎だって進歩がなければ来シーズン、同じポジションにある保証はない。特に坂本と同期の田中は大田、中井とひとくくりにされている現状に決して満足してはいけないのだ。

イースタン・リーグでは2日にジャイアンツに優勝マジックが点灯したが優勝争い、一軍入り争いと共にプロ野球選手としての生き残りをかけた争いも激化する。イースタン・リーグ観戦を趣味とする身にとっては嫌な時期でもあるのだが、それをまざまざと痛感させる、自らの現役断念のニュースとなった。ある意味、どこよりも早い、自ら断を下した戦力外通告なのだから…。

 

 

 

P.S.

長田昌浩と木元邦之の二遊間コンビを観ることが出来なかった…。

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