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2010年8月 3日 (火)

湘南シーレックスが消える!?

Cdsc_0094 2日午前中から物騒な情報が入ってきた。横浜ベイスターズのファーム組織として追浜の横須賀スタジアムを拠点に地域と密着した球団運営で一石を投じてきた湘南シーレックスがその形態を今季限りで終了し、来季からは一、二軍ともに横浜ベイスターズの名称で統一されるという。

プロ野球ファンの中でも、ファームにさほど関心を持たない方々には「あ、そう」と流されてしまいそうなニュースだが、イースタンとウエスタンの球団がともに奇数でなおかつ不均衡であることを始め、多くの課題をファーム組織が山積している状況で、最も先鋭的と思われた球団の活動が頓挫するのはファームを愛好する一ファンとして座視できない。

(写真:ちびっ子ファンと遊ぶシーレックスのマスコットのレック。横浜ベイスターズになったらレックはどうなってしまうのか? 2010年6月撮影)

かつて大洋漁業が親会社だった時期に横浜スタジアムの創設に合わせて本拠地を川崎市の川崎球場から移転し、球団名の大洋に「横浜」を冠して横浜大洋ホエールズと名乗って地域密着をスタートし、その後大洋漁業自体がマルハと社名変更した際には球団名から親会社名を取り除いて思い切って「横浜ベイスターズ」と改称して日本球界の常識を覆したこの球団が、2000年にファームを別名称にし、ユニフォームなども差別化して「湘南シーレックス」を旗揚げし、より一層地域密着の度合いを濃くした時には「この球団、凄ぇ」と思った。

当時はファイターズもまだ一軍の本拠地が東京ドームで、千葉県鎌ヶ谷市のファイターズスタジアムは単に野球に集中できる人里離れた広大な施設という感じに過ぎなかった。敗戦処理。が初めてシーレックスの本拠地、横須賀スタジアムを訪ねた時には最寄り駅の追浜駅からスタジアムまでの途中の商店街の至る所にシーレックスのノボリやポスターが掲げられ、ファームの本拠地といったらまだジャイアンツ球場とファイターズスタジアムくらいしか馴染みがなかったので衝撃を受けたことを憶えている。

当時シーレックスは球団内部でも「シーレックス事業部」という一大組織として独立運営に近い形を取っていたがマスコミなどで黒字化と讃えられることもあった(ただし、アメリカ方式で選手の人件費をメジャー球団が持つ、人件費抜きの収支での黒字)。

その後特にセ・リーグにおいて、それまで球団経営の柱となっていた対ジャイアンツ主催試合の放映権料収入に翳りが出て収支構造の見直しが必要に迫られるようになり、ベイスターズも例外でなかった。順調に見えたシーレックス事業部も年間に2億近い赤字が出るようになり、「シーレックス事業部」が一軍を統括する部署に統合されるようになったのが五年前だった。一軍の順位もBクラスの常連という感じになり、二重苦、三重苦という感じの球団経営となっていたようだ。

一軍とは異なる仕様のユニフォーム作成費など、一軍と異なる名称を使用することによって発生するコストが年間で一千万円ほどだという。てこ入れの対象になるのは時間の問題だったようだ。

湘南シーレックスは失敗だったのだろうか?

ファーム独自の部隊として地域への密着という点では一定の成功、足跡を遺したことは疑いのない事実であろう。なおかつ横須賀市のみならず神奈川県下の各地で公式戦を開催し、神奈川県を保護地域とする横浜ベイスターズ球団の切り込み隊長的役割も果たしてきた。地元UHF局のtvkはゴールデンタイムに横須賀スタジアムで行われるシーレックスのナイトゲームを生中継することもあり、蜜月状態だったと思う。何が凄いって、2002年に初めて日本でサッカーのW杯が開催された時に日本で行われた決勝戦に国民、サッカーファンの耳目が集まる中、tvkはシーレックス戦の生中継をW杯決勝戦にぶつけたほどだった

今回、経費節減という大義名分のために湘南シーレックスという名前を無くさざるを得ないとしても、湘南シーレックスが十年余の間、務めてきた役割は着るユニフォームや名前が変わるからと言って継続されなければならない。何故ならプロ野球チームにとって一軍の土台となるファーム組織は必ず必要な訳で、採算という尺度で観たら苦しいかもしれないが、育成機関として必要不可欠なのである。そして育成機関だとしても地域社会の一員である以上、地域と密着した立ち振る舞いを求められるからである。そして見方を変えれば、今後は文字通り横浜ベイスターズの一員として(引き続き本拠地として付き合う)横須賀スタジアムや周辺地域と接していかなければならないことを意味するので今まで以上に地域密着を真摯に行わなければならないのである。

一、二軍名称統一による年間一千万円と目される経費減で浮いた分は基本的には赤字額と相殺されるのだろうが、これまでシーレックスを愛してきた野球ファンや、追浜を始めとする、支えてくれる地元の皆さんに還元されないと意味がない。

湘南シーレックスという名称やユニフォームは消えても、湘南シーレックスが行ってきたことは形を変えて存続されなければベイスターズすら先行きが怪しくなると言って過言ではあるまい。

横浜ベイスターズというマクロな規模で考えれば、不採算部門のリニューアルという程度に考えられてしまうのかもしれないが、湘南シーレックスとして十年余を費やして築き上げてきたファーム組織の独立サービスというムーブメントは、周知の通りファイターズというチームが後続し、最近では天下のジャイアンツまでがいささか遅きに失せた感じはあるが、ファーム独自のサービスというものに力を入れ始めた。「湘南シーレックス」を名乗れなくなっても、こうしたサービス面においては後戻りできないくらいの大きなカテゴリーになってしまっているのである。

ファームを軽視することはチームの存続自体を危ぶませる恐れがあるのである。ましてや現在、ファームは東西の球団数の不均衡に加えてイースタン、ウエスタンとも球団数が奇数であるために実戦数の確保が困難だったり問題が山積しているのだ。来月にはウエスタンのホークスが鎌ヶ谷に来てファイターズと練習試合を行うことになり、来年からはイースタンとウエスタンの交流戦も増やそうという機運になっているが、そもそも経費節減のためにセとパでなく、地域で区切っているのだから交流戦を増やしたら経費が増大するのは明白である。今季のファームの公式戦としての交流戦はジャイアンツとタイガースが沖縄で行った二試合だけである。何のことはない、例外的に儲かっている二球団の対戦だ。

最後に湘南シーレックスが頓挫すると言うことはファイターズのファーム運営にとっても当然対岸の火事ではないということを我々ファンも頭に入れておく必要があるだろう。現実に昨年まではファイターズのオフィシャルファンクラブの会員証を提示すれば入場料が半額になっていたのが今年からはポイントが加算されるだけになった。数年前には一軍の優勝というおめでたい出来事があったのに駐車料金を値上げしたり、年間パスポートの値上げが断行された。そしてもう忘れている人も少なくないかもしれないが、今ほどファンの間に定着していなかったC☆Bのキャラクターをファンに浸透させようと奔走していた球団職員の伊藤剛嗣さんが意見の食い違いで退職を余儀なくされるという出来事もあった。

「横浜ベイスターズの仕打ちは許せない!」と言っているだけでは前に進めないのだ。

じゃあどうすればいいのか?と言う問いに対する敗戦処理。の答えも無いのだが…。

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