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2010年5月

2010年5月28日 (金)

松本哲也、ずれこむ戦列復帰。

Dsc_0049 日本生命のCMに出演している手前、日本生命セ・パ交流戦を休んではいられないと、ジャイアンツの松本哲也が忸怩たる思いであろうことは察するに難くない。ジャイアンツは28日に四選手の登録を抹消したが、29日に登録される予定の選手の中に松本の名前はないそうだ。

(写真:左打席の松本哲也。日本生命のCM同様、背番号64で失礼。20098月撮影)

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2010年5月25日 (火)

三日連続で東京中日スポーツを買ってしまった。

Dsc_0001 先週の18日から19日、20日と三日間も続けて東京中日スポーツを買った。もう慣れっこになっているとはいえ、ダルビッシュがこのオフにポスティングで大リーグ入りを目指すというスクープ<!!>が乗っていたからだ。

(写真:ダルビッシュのポスティング移籍説を報じた18日~20日の東京スポーツの一面。上から順に18日、19日、20)

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2010年5月23日 (日)

あぁ高田繁監督

100523_173401 今日(23)のスワローズ対ファイターズ戦の雨天中止はファイターズファンとして複雑だった。朝からの強い雨で中止は免れまいと思ってはいたが…。

交流戦が始まってから連敗街道まっしぐらのスワローズ。20日には緊急の役員会も開かれ、進退問題が浮上した高田繁監督の続投が確認されたものの翌日からのマリーンズ戦にも連敗。特に昨日(22)は4対20と屈辱的な大敗。

こういうチームと対戦する場合、「そろそろ目を覚ますだろう」というイヤな予感と、かつてファイターズに監督、GMとして君臨した功労者に引導を渡すことになりかねない側に回っているという双方の意味でイヤなものだ。

(写真:高田繁監督体制存続を報じる21日の日刊スポーツの紙面)

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2010年5月21日 (金)

ジャイアンツファンはクルーンとどう付き合っていけばよいのか…?

Cdsc_0074 今夜(21)のゴールデンイーグルス戦の九回裏はジャイアンツファンにとって最悪の結果だった。4対2と2点リードでイニングの頭から五番手のマーク・クルーンを投入したものの一死から連続四球。慌てて投入した福田聡志が四球と連打で逆転サヨナラ負けとなってしまったのだ。福田は一死も取れなかった…。

こういう日は早く寝るに限るのだが、やはり一言いっておかないと…。

(写真:クルーンがセーブを挙げた15日の対マリーンズ戦。守護神がマウンドに上がったら、ファンが見たいのはこういうエンディングなのだが…)

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2010年5月16日 (日)

水上善雄前ファイターズ二軍監督、久々のユニフォーム姿。

Dsc_0059 ゴールデンウイークには「鎌スタラジオ」の解説者として久々にファイタースタジアムでお姿を拝めた水上善雄前ファイターズ二軍監督ですが、昨日(15日)はユニフォーム姿を披露してくれました。

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2010年5月15日 (土)

ようやく今季初のジャイアンツ(一軍)戦生観戦

Dsc_0066 開幕から一ヶ月以上が経っているが、ようやくジャイアンツの一軍の試合を生観戦することが出来た。アレックス・ラミレスの通算300号のメモリアル弾が出て、しかもオガラミアベック弾。東野峻の奪三振ショーも堪能できたし、極めつけはクルーン劇場!完全に入場料の元を取れる試合だった。

(写真:二試合連続完封目前の最終回にピンチを迎えた東野峻にアドバイスをする原辰徳監督<中央>)

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2010年5月13日 (木)

ジャイアンツ藤井秀悟が球団新記録を更新!!

Dsc_0045 13日に東京ドームで行われたジャイアンツ対ライオンズ戦は9対1でジャイアンツが勝利。ジャイアンツの先発、藤井秀悟は7イニングを投げて1失点で今季3勝目を挙げた。前回の登板では古巣のスワローズからの白星で十二球団から勝利投手になったことで話題を集めたが、今日の勝利も実はジャイアンツにおいては球団初の記録というか、球団記録更新となった。

その記録とは…

(写真:今季からジャイアンツの一員となった藤井秀悟。2010年2月撮影)

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2010年5月12日 (水)

【衝撃】野村克也名誉監督入院!!

驚いた。

 

 

昨年までゴールデンイーグルスを率い、退任して名誉監督に就任した傍ら、評論家として各方面で活躍中の野村克也氏が12日、解離性大動脈瘤という病気で入院したというニュースが入ってきた。野村名誉監督は昨年まで現役監督としてユニフォームを着ていたが、日本代表監督在任中に倒れたジャイアンツの長嶋茂雄終身名誉監督や、合併球団の初代監督として火中の栗を拾い、大役を全うした後に逝った仰木彬さんと同学年である。ユニフォームを脱いだノムさんの大所高所から忌憚のないぼやきを楽しみにしているファンも多かろうが、ひとまず健康第一。ゆっくりと治療に専念して欲しいものだ。

とはいうものの敗戦処理。は解離性大動脈瘤という病気を知らない。こんな病気だそうだ。

解離性大動脈瘤とは…

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2010年5月11日 (火)

日本球界マスコットの第一人者、島野修さん死去。

Dsc_0055 日本プロ野球界におけるマスコットの草分け的存在だった旧ブレーブスのブレービー、島野修さんが亡くなられた。59歳だった。

ジャイアンツのドラフト1位入団投手から、移籍先の旧ブレーブスでマスコット、ブレービーに転身。球団が身売りしてからもネッピーとして1998年まで活躍。その後球団職員としても活動され、2004年に退任された。

昨今の日本プロ野球でのマスコット人気の下地を作ったのは間違いなく島野さん=ブレービー。当時既にアメリカ大リーグでは球団ごとのマスコットキャラクターがファンに浸透していたが、日本プロ野球では初めて。好奇の目で見られたり、ファンの側にも戸惑いがあっただろうが相当な努力で昨今の人気の下地を築いたことと思う。1981年から1998年までのブレービー、ネッピーあらずしてドアラや、つば九郎らに代表される昨今のマスコット人気はなかっただろう。あったとしても形が違っただろう。

明日はマスコット交流が盛んに行われがちな交流戦の初日。球場に登場するマスコット全員が喪章をつけて哀悼の意を表して欲しいくらいだ。

 

謹んでご冥福をお祈りします。

(写真:かつては島野修さんが演じていたネッピー。写真は島野さん退任後の2008年4月撮影)

 

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2010年5月 9日 (日)

多田野登板

元エントリー メンバーが足りません。 にも追記したように、その件以後、登板の無かった多田野数人が9日の利府でのゴールデンイーグルス戦に登板したようだ。故障などでチームを離れていた訳でもないようで、取りあえず一安心。

いろいろとお騒がせしてしまったこともあり、新たにエントリーを立てた。

一軍も直接対決<笑>のゴールデンイーグルス戦に爽快な連勝。ファームの心配事の一つ<!?>も一件落着で、これで勢いよく交流戦に乗り込める。狙いはもちろん、2007年以来の交流戦制覇。

それにしても、元エントリーのタイトル、「メンバーが足りません。」はファームの人手不足だけでなく、サイン会のメンバーが足りなくなったこととかけたつもりだったのだが…。

 

平成22年5月9日(日) 敗戦処理。記。

2010年5月 7日 (金)

プロ野球選手である前に、一社会人であることを自覚すること

先月16日の日本経済新聞に掲載されて以来、企業の経営理念や行動指針などを書面にして社員に徹底させる、いわゆる「クレド」をプロ野球界でも取り入れている球団があることで話題になっているようだ。記事ではライオンズとゴールデンイーグルスの事例が挙げられていた。

ライオンズの方はスカウトの不正行為などがあり球団職員の襟を正す狙いもあるようだがゴールデンイーグルスの方は選手の行動基準を定めている(リンク記事を参照されたい)

野村克也前監督自体が選手に対し、身だしなみなどを厳しく指示していたこともあるが、選手を「楽天グループのイメージシンボル」(米田純球団代表)と位置づけて徹底したい意向のようだ。

素晴らしい!

冒頭のタイトルは記事で抜粋されていたゴールデンイーグルスの選手行動基準の一節だ。「プロ野球選手である前に、一社会人であることを自覚すること」-素晴らしい考え方ではないか。そこで敗戦処理。は思った。プロ野球界に慣習として定着している、一般社会ではあり得ない習慣が改められるのかどうか?

プロ野球界に慣習として定着している、一般社会ではあり得ない習慣とは…、

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2010年5月 6日 (木)

今秋、日米野球が復活する?

01 10日に行われる予定のプロ野球実行委員会で、今年の11月にMLB選抜を相手に日本代表強化試合を行う件が協議されるそうだ。実行委員会での協議を経て選手会の了承を得る段取りだという。先月15日のプロ野球国際関係委員会で五試合の日程などの計画書が出されたという。

NPB選抜とMLB選抜の日米野球は2006年秋に行われたのが最後で、それまではほぼ二年に一度の割合で開催されていた。

NPB選手会が11月は真剣勝負の時期にしたい」との意向を示し、パ・リーグ東西対抗と、真剣勝負とは思えないマンネリ化の傾向にあった日米野球の開催が見送られたのだったが四年ぶりに再開されるのだろうか?

(写真:日米野球の最終戦終了後にグラウンドコートを交換し合う両選抜選手達。200411月撮影)

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2010年5月 5日 (水)

中田翔ついに手術決意。そしてマリーンズから外野手を緊急獲得。

Dsc_0002 先月21日の対ジャイアンツ戦で左膝を痛め、左膝半月板損傷と診断されていた中田翔が早ければ連休明けにも手術に踏み切ることになったそうだ。復帰までに術後1~3ヶ月くらいかかる見込みだそうだ。日刊スポーツの記事によると4日に球団幹部と中田が話し合って決定したとのこと。よく決断したと思う。ケガの状況や治療法などに関して敗戦処理。は門外漢だが、いくら一軍が低迷した状態のままで、ファームもメンバーが足りません。という状態でも目先の復帰を急いで後々まで尾を引くくらいなら、きちんと手術をしてしっかり治して欲しいと思う。

そして同じく4日、ファイターズはマリーンズから外野手の佐藤賢治を無償トレードで獲得したと発表した。

(写真上:手術を決意した中田翔。4月29日の試合前の室内練習場の様子。この時は左膝に特に何もつけていなかったが…。写真下:ファイターズへの移籍が決まったマリーンズの佐藤賢治。よろしく頼む!20084月撮影)

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2010年5月 4日 (火)

メンバーが足りません。

Dsc_0096 4月29日付、当blog白熱!!イースタン・リーグ首位攻防戦の文末で触れたようにファイターズはイースタン・リーグで首位を走ってはいるものの人数ぎりぎりで戦っている。同エントリーの翌日、関口雄大が新たに故障、金子誠が一軍復帰で人手不足は深刻化を増してきた。今日(4日)の対スワローズ戦は前日に続き野手の控えが誰もいない状態で行われた。

三人いる捕手陣ではマスクをかぶるのは荒張裕司で今成亮太が一塁、渡部龍一がDHで出場。内外野の控えなし。試合で不測の事態が起きたら…

(写真上:死球を受け、治療を受ける今成亮太。代走を出したくても残っているのは投手だけ。写真下:試合前に室内練習場で浅沼寿紀を相手にトスバッティングする豊島明好。代打要員として待機か?)

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2010年5月 3日 (月)

雄星が4日にKスタで先発するらしい。

01blogで既に観戦記を書いたように敗戦処理。は先月29日には鎌ヶ谷でファイターズ対シーレックス戦を、今月1日にはジャイアンツ球場でジャイアンツ対ゴールデンイーグルス戦を生観戦した。どちらも贔屓チームがらみの試合で、当blogを読んで下さっている方なら別に普通のことだとお思いだろう。

しかしどちらの日も、雄星が登板するようならばそちらに切り替えようと思っていた。29日ならライオンズの相手はジャイアンツ、1日ならファイターズと贔屓チームの試合を観ながら雄星も観られるから。

で、29日に雄星が投げないであろうことは早い時点で予測できたので29日には鎌ヶ谷へ。しかし1日に西武第二球場で行われる対ファイターズ戦に雄星が投げるのか否か、わからなかったので最近始めたツイッターで情報を求めた( @haisenshori )。すると以前からお世話になっているNさんから情報が寄せられた。雄星の次回登板は4日のイースタン、ゴールデンイーグルス戦。ファームの試合ながらゴールデンイーグルスの一軍の本拠地で行われ、それはイコール雄星にとっては地元凱旋登板になる。

◇雄星が予定変更してみちのくで投げるワケ 目先より将来の得か

(2010428()170分配信 夕刊フジ)

http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/fuji-zak20100428002/1.htm

なるほどそういう事情が…。でもこの情報って…?

(写真:雄星の登板が見送られた市営大宮球場。20025月撮影)

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2010年5月 2日 (日)

後楽園球場、最後の公式戦-【回想】敗戦処理。生観戦録-第14回 1987年(昭和62年)編

01 これまで当blogで毎月2日に交互に掲載していた 敗戦処理。が生観戦した野球場が53ケ所の観戦球場を出し尽くしたので当面 敗戦処理。が生観戦したプロ野球- my only one game of each year 主体にいくことにし、また新たに初めての球場で観戦したら臨機応変にはさむようにします。

1974(昭和49)に初めてプロ野球を生観戦した敗戦処理。はその後毎年、途切れることなく数試合から十数試合を生観戦しています。そこで一年単位にその年の生観戦で最も印象に残っている試合を選び出し、その試合の感想をあらためて書いていきたいと思います。年齢不詳の敗戦処理。ですが同年代の日本の野球ファンの方に「そういえば、あんな試合があったな」と懐かしんでもらえれば幸いです。

(写真:後楽園球場最終年の風景。すぐ横に完成間近の東京ドームが…。2007年9月に野球体育博物館にて開かれた「企画展:後楽園スタヂアムと東京ドーム」にて掲出されたパネルを撮影)

【回想】敗戦処理。生観戦録- my only one game of each year14回 1987(昭和62)

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2010年5月 1日 (土)

ヘタなやつは上手くなるしか生きる道はない。そのためには…

Dsc_0288 ブログで試合の観戦記を書くようになってからは試合が終了するとそそくさと球場を後にすることが多くなってきたが、今日は試合が終わって二時間近くも球場に居続けた。

blogで再三再四やり玉に挙げているジャイアンツの大田泰示が今日も試合でエラーをし、そのためなのか試合後、勝呂壽統コーチを相手に延々といわゆる特守を受けていて敗戦処理。もスタンドで付き合ったからだ。

 

(写真:試合終了後一時間を過ぎてもまだ続く大田へのノック。スコアボードの時計にも注目)

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