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2009年12月31日 (木)

今年も一年間ありがとうざいました。-2009年を振り返って

blog1220日付エントリー 敗戦処理。が選ぶ00年代NPBベストナイン&MVP00年代(2000年~2009)のMVPに金本知憲を選んだが、その後の調査で00年代MVPを裏付けるもう一つのデータが出てきた。

今日は大晦日。2009年のシーズンを振り返って波線処理。が勝手にタイトルを選ぶと共に、金本のもうひとつの勲章についてもクローズアップしてみた。

敗戦処理。にとっては28年ぶりに二つの贔屓チームが揃って優勝して日本シリーズに駒を進めるという、この上ないシーズンだった2009年。既にルパート・ジョーンズさんのblogの企画にてMVPを推薦しておいたが、あらためてこの両球団を中心に今年を振り返る。

■MVP

Dsc_0070 日本シリーズで敗れた方のチームから選ぶのもナンだが、ダルビッシュ有を両リーグ通じてのMVPに選びたい。

2007年 26試合15勝5敗 防御率1.82

2008年 25試合164敗 防御率1.88

2009年 23試合155敗 防御率1.73

「三年連続15勝以上&防御率1点台」これがいかに凄い記録かというと、さかのぼると1950年代以来の出来事だからだ。

1955年 62試合2920敗 防御率1.78

1956年 68試合2520敗 防御率1.74

1957年 61試合2816敗 防御率1.63

1958年 56試合3114敗 防御率1.30

1956年 61試合21勝6敗 防御率1.06

1957年 68試合35勝6敗 防御率1.37

1958年 72試合3310敗 防御率1.42

1959年 75試合3015敗 防御率1.65

いやはや上には上がいる。1955年スタートは金田正一で、1956年スタートは稲尾和久の記録だ。ともに三年ではなく四年連続で記録しており、なおかつ15勝どころか20勝以上を続けていたのだからダルビッシュの快挙すら霞んでしまいかねない。

何が言いたいのかというと、敗戦処理。にとって金田正一やら稲尾和久といった名前は「伝説の人」だ。王貞治長嶋茂雄張本勲の現役時代なら多少はリアルタイムに観た記憶があるが、金田や稲尾となると「伝説の人」だ。通算400勝やシーズン42勝などは完全に伝説の数字であり、もう二度と観ることの出来ない記録だと諦めていた。そんなところにダルビッシュである。まだまだ金田、稲尾以来の快挙といっても次元は違うが何十年か経った後に「今では信じられないかもしれないけど、昔ダルビッシュという投手がいてね、」と自慢できる選手を我々は今、自分の贔屓チームの選手として観ることが出来るのだ。

 

先に00年代MVPに勝手に選んだ金本知憲とともに、こういう選手をリアルタイムで観ることが出来ることをファンとして幸福だと思わねばなるまい。そしてだからこそ、ダルビッシュには今は治療に専念してもらい、来年また快投を魅せてもらいたい。

■残念賞

残念の度合いは期待の裏返し。贔屓チーム両方共に優勝した年に「残念賞」を探すのは難しい。単に働かなかった選手ならいくらでも思い浮かぶが、そのほとんどは想定の範囲内。敢えていうならばジャイアンツの黄金ルーキー大田泰示か。

  

Dsc_0073_2 松井秀喜退団後、空き番にしておいた「背番号55」をつけた大物ルーキー。これがファンのあらかたの大田に対する認識だろう。敗戦処理。としては昨年の中田翔という好例があるだけに過大な期待は控えていたが、周りのジャイアンツファンはそうでなかったようで、やれ「開幕一軍」だの、「打てないイ・スンヨプを使い続けるくらいなら大田を三塁で使い続けろ」だのと実際には観たことのない大器に期待を寄せていた。

中田翔がイースタン・リーグの年間本塁打記録を更新した今年、大田も入団一年目にしてイースタン・リーグの年間記録を更新した。先輩の中井大介が昨年更新した年間の三振記録108を一割以上上回る123三振を記録した。それだけなら別に構わないが112日付け当blog 大田泰示を観てきました。 で案じていた元気のなさがシーズンを通して感じられたことが残念なのだ。敗戦処理。が生観戦した目の前での成績が51打数7安打1本塁打4打点で、守備での無気力なプレー多発。これでは一年目だから控えめに期待していたといっても残念賞だ。

次点はファイターズの新応援歌「LA LA LA FIGHTERSか。大変申し訳ないが、何回聞いてもプロ野球チームの応援歌に聞こえない。あらためて速水けんたろう兄さんの偉大さを痛感した次第だ。

そして蛇足ながら付け加えると、ニューヨーク・ポスト電子版が発表した00年代ニューヨーク・プロスポーツ界のワースト選手第1位に井川慶が選出されたそうだ。

 

 

■最優秀新人賞

悲願三年、ついに憧れのジャイアンツからドラフトで指名された長野久義

Dsc_0273_2 「希望球団以外の指名を振って入団した選手はろくに働かない」とか「ジャイアンツの『背番号7』は呪われている」とか、早くもやっかみによる悪口が出ているがまだ一度も試合に出る前から週刊誌に写真を撮られたのは吉兆に違いない。「年上」「女子アナ」と一流選手の条件を早くもゲットしたようなもの。マリーンズの三位指名の選手を上回り、敗戦処理。は長野に最優秀新人賞を授ける。

■ベスト・サヨナラ賞

今年印象に残ったサヨナラゲームといえば、日本シリーズ第五戦の阿部慎之助の一発が特筆される。シーズン中、無敗を誇ったファイターズの守護神、武田久から九回裏、まず亀井義行が同点本塁打を放ち、阿部がサヨナラ本塁打。日本シリーズの行方を大きく左右する一発だった。武田久はシーズン中にリードを守れずに同点にされたことは数回あったが、逆転されたのは一度だけ。811日の対バファローズ戦に1点リードの九回表に登板し、タフィ・ローズに逆転2ランを浴びた。九回裏に味方が同点に追いついて黒星こそつかなかったが、そのとき以来、リードをひっくり返された。ちなみに今季は被本塁打も公式戦ではそのローズの一本だけ。どちらも東京ドームだったのはやはりそれだけ本塁打が出易い球場ということか。

「サヨナラ」という意味ではパ・リーグのクライマックスシリーズ第二ステージ初戦のターメル・スレッジの逆転満塁サヨナラ本塁打も長く語り継がれる一発と言えよう。

 

気の毒なのは打たれた福盛和男途中入団ながら7勝1敗10S、防御率2.18の大活躍でゴールデンイーグルスの躍進に大きく貢献したにもかかわらず、あの一発のせいで一部のファンから戦犯扱いをされたり「楽天は抑え不在」などと的外れなことを言われてしまう。ある調査でゴールデンイーグルスの人気はジャイアンツとタイガースに次いで三位になったらしいが、公式戦での福盛の奮闘を知らないにわかファンが多いということか?

横道にそれたがチームを日本シリーズに導いただけでなく、自分もチームから「サヨナラ」してしまったターメル・スレッジにベスト・サヨナラ賞を贈ろう。

■残念…「サヨナラ」賞

首の痛みで無念の現役続行断念の赤星憲広、惜しまれつつ昇天した山内一弘さん、土井正三さん、三村敏之さん。15歳でのドラフト指名から五年で解雇の辻本賢人、新球場での活躍が出来ずに惜しまれたボール犬・ミッキー。まだまだ数え切れないほどの名前を挙げなければならないだろうが…。

■特別賞

Dsc_00185 定義が曖昧ではあるが<苦笑>、WBCで優勝し、ジャイアンツをもリーグ三連覇、日本シリーズ制覇に導き、日韓クラブチャンピオンシップも制し、記念すべき第60回NHK紅白歌合戦の審査員の座をも射止めた原辰徳監督を表彰しないわけにはいかない。29日に日本テレビ系列で放送された番組で父であり師である貢氏が「今年は采配でもおかしなところがなかった」と語っていたがまさしくその通り。

■カムバック賞

現役引退後、「24時間テレビ」のパーソナリティーを務めた以外は何をやっているのか今ひとつわからなかったSHINJOこと新庄剛志が日本シリーズに「スペシャルゲスト」(「解説」でないのが絶妙!)でファンの前に久々にカムバック。

 

超大…じゃなかった清原和博との掛け合いには非難囂々だったようだ。なかでもジャイアンツの坂本勇人を「知らない」と言ったのにはさすがに驚かされたが、これまでジャイアンツ戦の中継を相手チームのファンとして観ていたファンは実は何度もジャイアンツの選手しか知らないプロの解説者に辟易させられてきたのもまた事実。今までそんな思いをおそらくしたことがないであろうジャイアンツファンにそういう思いをさせた新庄節はある意味快挙だと敗戦処理。は思う。一方でファイターズ時代に同僚の小笠原道大に「FAで行くなら巨人がいい。やっぱ野球は巨人だろ」とアドバイスしたことも白状。ファイターズファンでなおかつアンチ読売である連中の夢を壊すような一言も忘れなかった。

現役引退後三年、新庄剛志がSHINJOに戻った一夜に乾杯!!

■最優秀作品賞

「B・B Photo Book RUN(B・B著、北海道新聞社刊)

Bbphotobook 正直、最初に出版の話を聞いたときには既にベストセラーとなっていたドアラや、追従したつば九郎の二番煎じかと勘ぐってしまったが読んでみてびっくり。プロ野球界でファンサービスに携わる者すべてが一度は目に通すべき書物といって過言でない一冊だ。敗戦処理。はあまり後悔をしない性格だが、同書のことをルパート・ジョーンズさんの企画の際に一票入れそびれたことは今年最大の後悔かも。

最後に、先に00年代MVPに選出した金本知憲へのもう一つの勲章。

敗戦処理。独自の集計で、00年代(2000年~2009)の推定年俸合計ランキングを調べたところ、金本知憲が331200万円で2位の松中信彦(317900万円)、3位のアレックス・カブレラ(309000万円)を制して第1位に輝いた。ちなみにカブレラは九年間しか在籍していないので一年平均だと金本、松中を上回る。一年平均では六年間在籍で246000万円を稼ぎ、平均で41000万円に換算されるイ・スンヨプがナンバーワン(五年以上在籍を対象)

 

「payrankofdecade00.xls」をダウンロード

兄貴、あっぱれ!

そして、本当に最後になりますが、一年間、当、あいウオッチbaseball!!-敗戦処理。ブログにおつきあいいただき、ありがとうございました。この場を借りて深く、深く感謝の気持ちを込めて御礼させていただきます。

冒頭でも触れましたが、幸いなことに今年は敗戦処理。が贔屓にしているジャイアンツとファイターズがそろってリーグ優勝を果たし、日本シリーズで顔を合わせるという、1981年以来、28年ぶりの快挙が成し遂げられました。特にジャイアンツに関しましてはセ・リーグ優勝、イースタン・リーグ優勝、日本シリーズ優勝と三度もその歓喜の瞬間にスタンドで立ち会うことが出来ました。ファンとしてこの上なく、幸せな一年間でした。単純に計算しても36年に一度の幸運ですから、次がいつ来るかわかりませんし、奮発して日本シリーズ生観戦のために二度も札幌まで飛びました。思えば200511月。今はもう無くなったパ・リーグ東西対抗の試合後恒例の二次会でその年に31年ぶりの優勝、日本一に輝いたマリーンズのリーダーの方に「おめでとうございます」と祝福したところ、「ウチが優勝できたんだから、日ハムさんだってもうすぐですよ」と言っていただいたのですが、その時は「いつになることやら」と苦笑いするしかありませんでした。それがその翌年、まさかの優勝。私の周囲の在京のファイターズファンの何人かは「このチャンスを逃したら、次はいつ来るかわからない」と当時のプレーオフや日本シリーズ観戦のために札幌や名古屋に飛びました。敗戦処理。は都合がつかず地元で見守りましたが気持ちは同じでした。それが今ではそれ以来四年間でリーグ優勝を三回もしています。

そしてジャイアンツも長嶋茂雄監督がユニフォームを脱ぎ、主砲・松井秀喜がFA権を行使して海を渡って以来、迷走に迷走を重ねました。どこまで墜ちていくのかと気にしましたが、再びリーグを代表する強さを発揮し始めました。敗戦処理。の念願も今年ついに叶いました。

しかし野球は何が起こるかわからない勝負です。長嶋監督はかつて「勝負は家に帰って風呂に入るまでわからない」と言ったそうですが来年もこの両球団がうまく行くとは限りません。それでもそこに野球がある限り、敗戦処理。はファイターズを愛し、ジャイアンツを愛し、野球を愛し続けるでしょう。長々とした駄文を書き連ねることでしょう。

 

野球ファンの皆様におかれましては来年も、楽しい野球を明るく観ることが出来ますよう、ますますのご健勝をお祈りさせていただきますと共に、お時間に余裕のあるときに当blogに目を通していただければ幸いです。それでは皆様、良いお年を。

原辰徳監督が矢沢永吉から英気をもらったというNHK紅白歌合戦を観ながら。 

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