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2009年10月10日 (土)

伊藤剛と小田智之-ファイターズ北海道移転元年のパイオニアが現役引退

Photo 9日、ファイターズは伊藤剛と小田智之が今シーズン限りで現役を引退すると発表した。伊藤は11年間、小田は12年間の現役生活に幕を閉じる。今夜(10)の本拠地最終戦の試合後に引退セレモニーを行う予定。

伊藤も小田も、北海道移転元年にパイオニア的足跡を残した選手だ。

既に東京ドーム時代に活躍した選手の大半はチームから離れているが、ついに移転元年に活躍した選手までも…。

(写真:ファームの試合中、慣れないキャッチャーミットをつけて投球練習の相手をする小田智之。この頃から既に…。 2009年8月29日撮影)

伊藤は2004年、フランチャイズを東京から北海道に移転した初年度のチーム初勝利に当たる3月31日の対ブルーウェーブ戦で抑え投手としてセーブを挙げ、続く4月2日の札幌ドーム本拠地開幕戦、対ライオンズ戦でも(点差の関係でセーブこそ付かなかったものの)最終回1イニングを締めくくってチームの本拠地初勝利に貢献した。移転元年の開幕ダッシュであっという間に5セーブを挙げた移転元年の初代ストッパーだった。

そして小田は翌3日の札幌ドームの対ライオンズ戦でチームで最初に新本拠地での本塁打を放った。これまた北海道移転のパイオニア的足跡を残した選手と言える。

ファイターズは既に星野八千穂、津田大樹、金子洋平に戦力外通告を行っている。この顔ぶれを見た時に正直に言うと「伊藤と小田は入っていないのか」と思った。特に伊藤に関しては昨年も「よく残ったな」と感じたものだった。球団のHPによると引退は両選手からの申し出という。仮にチームの構想から云々ということがあっての本人の申し出としても、上記の戦力外三人と一括りにしなかった点に球団の誠意を敗戦処理。は感じる。

例えば、冒頭の写真は今年8月にファイターズがジャイアンツ球場でイースタン公式戦を行った時に撮影したものだが、当時一軍にインフルエンザ渦が蔓延し、その影響でファームの試合に出場できる選手が激減していた。コーチ兼任の中嶋聡が選手登録され、ファームでは正捕手の今成亮太も故障。ファームでマスクを被れる捕手が渡部龍一と尾崎匡哉だけという状況だった。しかもこの二人のうち一方がいつ一軍から補充要員として呼ばれても不思議でない状況だった。この試合では渡部がマスクをかぶっていたが自軍攻撃中に登板中の投手の投球練習をしたり、攻守交代時に渡部が準備している間に投球練習の相手を務めたのが控えに回った尾崎や山中潔バッテリーコーチでなく小田だった。もちろん小田の本職は内野だ。キャッチャーミットは借り物だろう。この時の選手層の薄さを考えれば、小田自身、五体満足ならば当然本職の内野か、DH、代打要員としての準備をしていただろうが、それをせずに裏方的な役回りを演じていたので敗戦処理。はこの時点で覚悟は出来ていた。小田本人はどんな思いだったのか…。

「浜松のイチロー」と呼ばれ、本家と同じ背番号51をつけ、本家の振り子打法に近いタイミングの取り方で右に左に快打を飛ばす安打製造機だった小田。故障に泣かされ、好調が長く持続出来ないのが本当に残念だった。その後背番号を9に変え、さしずめ東京時代だったら「日ハムの小田急」の異名が付いただろうがそれもなく、今度は背番号9の安打製造機、マリーンズの福浦和也を彷彿とさせる打席での構えに変わっていったが力を発揮できなかった。

5 伊藤は前述のようにファイターズが北海道に移転した年のチーム初勝利の試合でセーブを挙げ、あれよあれよという間に5セーブを挙げたが直後に右肘を痛め、わずか1ヶ月程度で戦列を離れた。短い期間だったが伊藤はこの時がピークだったのかもしれない。二枚目の写真はその年の9月に伊藤が復活登板した時のものだがその後はあのいかにも重そうな球質のストレートが蘇らなかったのは残念だった。

 

余談だがこの年のファイターズのストッパーは当初は伊藤ではなく、建山義紀だった。それが開幕早々に故障が発覚し、伊藤に代役が回ってきた。そして伊藤がリタイヤすると横山道哉がそのまた代役を務めたが、それが見事にはまり、32セーブポイントでその年の最優秀救援投手に選ばれた。僅かな差でマリーンズを上回ってAクラス入りを果たし、プレーオフに進出したチームに大きく貢献した。その横山はファイターズが移転後初の優勝を達成した2006年のオフに戦力外通告を受けて古巣のベイスターズに復帰したが、今シーズン限りで再び戦力外通告を受けてしまった。横山は現役を引退するという。さらにいえば、移転元年の、というか現行のクライマックスシリーズの先がけに当たるパ・リーグプレーオフ制度元年に当たった2004年のプレーオフ第一ステージ最終戦で当時のライオンズの絶対的守護神・豊田清から劇的な同点本塁打を放った木元邦之2007年のシーズン途中にバファローズに移籍したが先頃戦力外通告を受けた。横山も木元も間違いなく、移転元年のパイオニアの一人だ。

今夜は今年のファイターズの本拠地最終戦にして公式戦最終戦。既にリーグ優勝を決めているとはいえ、相手はクライマックスシリーズ第二ステージで対戦する可能性のあるゴールデンイーグルス。伊藤と小田に最後の出場機会を与えたいところだがどうだろうか。「あす10月10日(土)の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(札幌ドーム)終了後、今シーズンの最終戦セレモニーの中で両選手の引退セレモニーを開催いたします。」という球団HPの文言をそのまま読むと、試合後と読み取れるが…。

一芸が光った伊藤剛、小田智之両選手。東京から北海道に移転し、チームが大きく変わる転換期に活躍してくれた両選手を敗戦処理。は忘れない。

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