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2009年10月12日 (月)

内海哲也、四年連続二桁勝利を逃す。

Dsc_000 ジャイアンツは今季の公式戦最終戦に当たる今日12日の対スワローズ戦にここまで9勝11敗の内海哲也を先発させた。内海は6イニングを2失点に抑え、3対2とリードした状態で勝利投手の権利を得た状態で降板したが八回裏に逆転され、勝利投手になれなかった。

内海は2006年から昨年まで三年連続で二桁勝利を挙げていたが、四年連続を逃した。今季は昨年まで四年連続二桁勝利を挙げていたタイガースの下柳剛が8勝止まりで五年連続二桁勝利を逃していたため、内海が四年連続となれば同じく2006年から四年連続二桁勝利となったダルビッシュ有と涌井秀章と並ぶ貴重な連続記録になるところだった。

(写真:3対2とリードして迎えた五回裏を抑え、勝利投手の権利を得てベンチに下がる内海哲也)

敗戦処理。記 

* タイトルと内容の一部に事実誤認があったため、タイトルと内容の一部を差し替えてエントリーし直しました。

 

 

今日は敗戦処理。の地元のショッピングセンターで新沼謙治ショーがあるのだがそれを振り切って神宮球場に駆けつけた。敗戦処理。が恒例にしているジャイアンツの本拠地最終戦生観戦を今年は果たせなかったのでその代わりに公式戦の最終戦をと思ったのだ。

二桁勝利にあと1勝と迫っていた内海は今月2日の対ベイスターズ戦に先発したが0対1で完投負けし、10勝目を逃した。八回裏の攻撃では1点ビハインドながら先頭打者として打席に入り、勝利投手になる可能性を探ったが届かなかった。この時点でジャイアンツの残り試合は四試合あったが内三試合はこの試合の翌日から三日間に集中しており、実質的に内海が登板可能なのは最終戦に当たる10日の対カープ戦だけであったがこの試合には最多勝利を目指すディッキー・ゴンザレスの先発が予想され、内海の連続二桁勝利挑戦の機会は無いものと思われた。しかし5日の対スワローズ戦が雨天中止で今日への振り替えとなり、ラストチャンスが生まれたのだ。

ちなみに昨年二桁勝利を挙げた投手は十二球団合計で26人いたが、今季も続けて二桁勝利を挙げたのは11人と半数に満たない。

内海の場合は2006年から二桁勝利を挙げており、今季も継続すれば四年連続となるところであった。四年連続二桁勝利は現在継続中の連続二桁勝利では涌井秀章、ダルビッシュ有とともに最長である。2005年から昨年まで四年連続二桁勝利を継続していた下柳剛が今季は8勝だったため五年連続二桁勝利を逃しており、現在継続中の連続二桁勝利では四年連続が最長なのである。投手受難の時代といわれて久しいが、二桁勝利を続けて挙げるということも容易ならざる状態ということだ。もちろん昨2008年は北京五輪参加で公式戦の登板機会が減少した投手もいたが。

敗戦処理。は個人的に「三年続ける」ということに意義を感じている。三年続けて、あるいは場合によっては三回成し遂げて本物だという感覚である。例えば投手として一年間好成績を挙げただけではエースとまでは呼ばない。その成績を三年続けたらそれは本当のエースだと。その点では内海は昨年まで三年連続で二桁勝利を挙げており、ローテーション投手としては本物と言えると思う。

ジャイアンツには今季、二桁勝利を挙げた投手が三人いた。15勝のゴンザレスと13勝のセス・グライシンガーと10勝の高橋尚成だ。しかし内海はこの三投手の誰よりも多い投球回数を投げている。ゴンザレスが162回、グライシンガーが161回、高橋尚が144回なのに対し、内海は1792/3も投げている。それでも二桁十勝に届かなかったのは何故か、内海はこのオフ、よく考えるべきだと思う。

もちろん単に内海の力不足だけとは限らない。

先発投手としてしっかりしていないのか、先発投手を信用しきれないですぐに代えてしまう方針が原因なのかわからないが、逆にいえば先発の内海が危なっかしければ継投に持ち込んだ方が勝てる確率が高いと首脳陣に思われているということだ。だから越智大祐や山口鉄也の登板数がいたずらに増えるのである。内海の勝ち星が伸び悩む一方で越智が8勝、山口が9勝を挙げている事実がある。だからといっていつもこの二人に頼っていると登板過多の影響は確実に出てくる。今日も勝利投手の権利を得て降板した内海を越智が勝ち星をフイにした形になった。

しかし越智を責める訳にはいくまい。内海一人を矢面に立たせる訳ではないが、彼ら二人に頼りすぎたから肝心な時にこうなのである。越智と山口に頼りすぎなのは内海ら先発陣なのか、原辰徳監督や尾花高夫投手総合コーチの方なのかは不明だが。

それに今日の越智は内海の連続二桁勝利がかかっている一方で引退セレモニーを予定している城石憲之を打席に迎えなければならないという側面もあった。

3対2と1点リードで迎えた八回裏、一死から今シーズン限りで引退を表明しており、試合後に引退セレモニーを予定している城石が代打で起用された。

Dsc_000_2 城石は鋭い打球で左中間を破り、同点の走者として二塁ベースに立った。お約束で花を添えるのが武士の情けなのかもしれないがこれによってジャイアンツは重大な局面に立たされた。それでも越智が後続を断てば問題なかったのだが二死一、二塁からここまで打率.000の衣川篤史を攻めあぐみ、フルカウントまで持ち込まれて一、二塁間を破られ、3対3の同点。この瞬間、内海の四年連続二桁勝利はなくなった。

越智は続く吉本亮にレフト線に運ばれ、3対5と逆転されて1イニング投げきれずに降板。優勝を決めた先月23日以来の登板を予定していた守護神、マーク・クルーンの登板機会まで奪ってしまった。

Dsc_0085_2 同じく引退セレモニーを予定していた花田真人は七回表に二番手として登板。脇谷良太を打ち取って最後のマウンドを終えた。(写真:最後の登板を終え、中央大学の一年後輩に当たるジャイアンツの阿部慎之助から花束をもらう花田真人)

城石憲之は青山学院大学を中退後、アルバイトなどをしていた1994年にファイターズのドラフト指名を受けて入団。当時主力だった田中幸雄の次の時代の大型遊撃手として期待された。転機が訪れたのは1998年。複数の選手の脱税問題が表面化し、該当選手に一定期間の出場停止などの処分が下される大事件となったがスワローズでは宮本慎也が該当した。開幕ダッシュの時期に正遊撃手が欠けることになった野村克也監督は付け焼き刃でも補強が必要とフロントに強く迫り、ファイターズの城石に白羽の矢が立った。城石はそれまで入団三年間で一軍公式戦には9試合しか出場していなかったが、期待の星である。その城石を獲得するためにスワローズは当時、野村監督の実の息子、カツノリの存在で出場機会が限定されることに不満を抱きトレード志願をしたことのある野口寿浩を交換要員にして緊急トレードを成立させた。ファイターズとしても田村藤夫の後の正捕手が定められなかった時期で双方の思惑が一致した形だった。

しょせんは急場しのぎのトレードであったから宮本復帰後に城石は控えに追いやられる。それでも堅い守りで内野のサブとしてチームになくてはならない存在になり、選手会長にまで登り詰めたが城石の名を一躍有名にしたのはテレビ東京の人気女性アナウンサー、大橋美歩との恋愛であった。

Dsc_00001

東京を拠点としながらも、ネット局が少なくローカル局的扱いを受けることも少なくないテレビ東京においてひときわ目立つ人気女性アナウンサーをゲットしたことで城石の知名度は一気に上がった。新婚イヤーの2007年4月28日にはテレビ東京が中継する対ジャイアンツ戦でチームの勝利に結びつく貴重な本塁打を含む三安打を放った。奇しくもこの年唯一の、テレビ東京によるスワローズ対ジャイアンツ戦の中継であったが夫人の未歩アナウンサーはフィギュアスケートオープンジャパンの取材で神宮球場には姿を見せなかった。因みにこの時本塁打を打たれたのが内海だった。

城石が最も輝いていた時期は自身がスワローズに移籍するきっかけを作ったとも言える宮本との二遊間コンビでフル出場した時期というのも因縁か。城石は八回の攻撃終了後、二塁の守備位置に付いたがこの時、宮本も遊撃の守備につき、最終戦で二遊間コンビが復活した。

Photo_3

ジャイアンツは結局3対5で逆転負け。内海の連続二桁勝利が消え、クルーンの登板機会も消えた。チーム勝ち星数も90の大台に一つ届かなかった。そしてトータルでは大きく勝ち越したとはいえ、クライマックスシリーズ第二ステージで対戦するかもしれない相手にイヤな負け方でシーズン最終戦を終えてしまった。

Photo_4 花田と城石は試合後、家族らから花束を贈られ、ファンに最後の挨拶を行った。二人ともはっきりいってレギュラーのプレーヤーではない。しかし花田は中継ぎとして貴重な役割を果たした時期があったし、城石も無くてはならない存在であった。記録や記憶に残る名選手ばかりでなく、この二人のような貴重なバイ・プレーヤーの最後にも演出を用意するスワローズ球団は暖かい球団だ。

Dsc_0174 スピーチした花田が自分を卑下して「大した成績を残していないにもかかわらず…」というようなことを語ると、ライトスタンドのファンが「そんなことないぞ!」と返す。いいシーンだった。もちろん城石に奥さんが花束を渡すシーンでは「大橋ぃ~」というかけ声があっちこっちから飛んだのはいうまでもない。

城石、トレードで良い方に転んで本当によかったな。

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