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2009年1月28日 (水)

ライオンズがホークス戦を黄金カードとして復活させたいようですが

22日付の東京中日スポーツによると、ライオンズは今季のホークスとのホームゲーム初戦(4月28)で渡辺久信監督とホークスの秋山幸二新監督による真剣勝負の始球式対決を企画しているらしい。

ライオンズでは自軍のOBでもある秋山監督率いる新生ホークスとの今季の対決を「黄金カード復活イヤー」と位置づけて、この両監督による始球式対決をはじめ、様々なイベントを計画しているようだ。昨年好評を博した「ライオンズ・クラシック」の発展的企画としてその当時の西鉄ライオンズと南海ホークスの対決のように黄金カード化したいというもののようだ。

果たして、ライオンズとホークスの対決がセ・リーグの「伝統の一戦」のように輝く目玉カードとなるのでしょうか?

長く低迷期が続いていたホークスが1999年の優勝を境に優勝争いの常連チームになり、1980年代から続く王者ライオンズと毎年のようにパ・リーグでは優勝争いをくり拡げている。実は21世紀に入って早々にもライオンズの側から「ウチとダイエーさんの対戦をセの巨人と阪神の『伝統の一戦』のような看板対決として売りたい」という提案があったようだ。ところが何故か気運が高まらず、首位攻防戦とか、直接対決という形でそれなりには盛り上がるものの、とてもジャイアンツ対タイガース戦のような独特な盛り上がり方にはならなかった。

それはそうだろう。伝統を大切にせず、西鉄時代を無かったことにしていた当時のライオンズがいかにホークス相手に熾烈な優勝争いをしたとしても、それを「伝統の一戦」とは恐れ多くて呼べないだろう。ホークスの方こそ、時に南海時代を懐古する企画ものを行っていたようだが、根本的に西鉄時代をはじめとする、所沢に来る以前の伝統ある歴史を無かったことにしているチームにジャイアンツ対タイガース戦並みの伝統の重みを感じさせる対決を語る資格は無いと言っても過言ではないだろう。

一説によるとライオンズ買収以前からアイスホッケーなどのスポーツ事業に乗り出していた堤義明前オーナーにとって旧西鉄ライオンズが犯した「黒い霧事件」-野球賭博に荷担する八百長行為はスポーツ界にとって最も忌まわしき行為であり、プロ野球界参入にあたり過去にその忌まわしき行為を犯した選手らのいたチームを買わなければならなかったのは苦渋の選択だった。その過去を抹殺するには輝かしい業績をも含めてすべてを否定することから始めざるを得なかった。何しろ超ワンマンオーナーだ。堤オーナーが「そんなチームは存在しなかった」と言えば、誰も逆らえない。

堤前オーナーの失脚と、各球団で好評を博する復刻ユニフォーム活動などに象徴される懐古企画に背中を押される形でようやく他球団並みに地域密着の運営(球団名に地元の名前を入れる)と懐古企画(「ライオンズ・クラシック」)の実現にたどり着いた訳だ。

パ・リーグの歴史とセ・リーグの歴史の決定的な違いは身売りの多さだ。1988年のシーズン後にパの名門、阪急ブレーブスと南海ホークスの身売りでより一層「伝統」というものが風化してしまった。これではジャイアンツとタイガースをはじめ、ほとんどの球団が二リーグ制になってから資本系列の変更無しに続いているセ・リーグに後塵を拝するのも当然と気付いたマリーンズなどは球団の歴史と伝統を大切にすることをファンに明示したイベントを次々と企画し、オールドファンだけでなく、若いファンをも取り込んだ。「ライオンズ・クラシック」にしても同様。個人的にはあまり認めたくないのだが、どう見ても「西鉄ライオンズ」が存在した頃には生まれていなかったような若者までが復刻レプリカユニを着て球場のスタンドを闊歩するほどだ。

昨年はホークスが最下位に落ち、一昨年はライオンズが26年ぶりにBクラスに低迷したが(1999年以降)その前年まではライオンズとホークスを中心にパ・リーグが動いていたのは確かだから、この両チームの対戦を黄金カードとして盛り上げるのは大いに結構だが、「伝統の一戦」的にもてはやすのは両球団にも、マスコミにも遠慮してもらいたい。「西武」から「埼玉西武」に改め、封印していた過去を解禁にした改心ぶりを認めるのにはやぶさかではないが、まだ「伝統」云々を語るのは早いだろう。ぶっちゃけた言い方をすれば「まだ許した訳ではないぞ!」というのが敗戦処理。の心境だ。

本当に「西鉄ライオンズがあって、その後の太平洋クラブやクラウンライターを経て今の(埼玉)西武ライオンズがある」と思っているのなら、今からでも遅くないから稲尾和久の24番や中西太の6番を永久欠番にするくらいの誠意を見せて、初めて今までの約三十年間の無礼ぶりを償えるのではないだろうか。

これは合併球団である今のバファローズにも当てはまる。

01 合併球団バファローズが使用するスカイマークスタジアムの壁面には旧ブレーブス(ブルーウェーブ)と旧バファローズの往年の大選手を讃える写真が刷り込まれているが、合併球団は旧バファローズの既得権である野茂英雄の日本における交渉権を手放さない一方でパ・リーグ唯一の「永久欠番」であった鈴木啓示の背番号1を(鈴木本人に筋を通したとはいえ)解禁してしまい、当然のことに福本豊の背番号7も特別な番号ではなくしている。

ジャイアンツの本拠地、東京ドームに行けば外野席の柱に永久欠番の背番号を彩ったレリーフがある。そう、ジャイアンツとタイガースには永久欠番として讃えられる先輩がいるが、ライオンズやホークスには永久欠番として讃えられるべき先輩はいても、讃えられていない。

ライオンズとホークスの対戦を黄金カードとして様々に盛り上げるのは大いに結構。ただしそこに「伝統の…」という冠をつけたとしても、仏作って魂入れずのような味気ない白けたものになるだろう。伝統とは一朝一夕に出来るものではないからだ。

P.S.

投手・渡辺久信、打者・秋山幸二による始球式は2002年の10月に西武ドームで実現している。このシーズン限りでの現役引退を表明していた秋山は所属するホークスによる引退セレモニーとは別に古巣ライオンズとの最終戦でライオンズ側がセレモニーを演出した。

 

既にリーグ優勝を決めていたライオンズの本拠地最終戦に当たった10月5日のライオンズ対ホークス戦は秋山にとってもう一つの引退試合になった。秋山は「一番・センター」でスタメン出場。一回表の先頭打者として打席に入る際にこの試合の始球式としてマウンドに立ったのが当時現役を引退して評論家活動をしていた渡辺だったのだ。そしてこの始球式のみ、調整で登録を外れていた伊東勤がマスクをかぶる念の入りようだった。スコアボードにはあの日本シリーズでのバック転など、ライオンズ時代の名シーンが映像として流され、三塁側とレフトスタンドのホークスファンの奏でるヒッティングマーチに負けず劣らず一塁側とライトスタンドからは荻野目洋子の「恋してカリビアン」をアレンジしたライオンズ時代のヒッティングマーチが奏でられ、両チームのファンから大声援を贈られての最終打席だった。

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