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2009年1月19日 (月)

井口資仁が日本球界に復帰するようですが、

米大リーグ、フィリーズから自由契約となって去就が注目されていた井口資仁がマリーンズに入団することが確実なようだ。早ければ20日にも正式発表されるらしい。

敗戦処理。はホークスファンでもマリーンズファンでもありませんので言わせてもらいますが、

 

 

日本に戻ってきてほしくないです。

 

 

井口がホークスから大リーグ(ホワイトソックス)に移籍したのは2004年のシーズン後。FAによる移籍でもなく、ポスティングシステムによる移籍でもない。当時の「ダイエー」フロントとの間で井口が交わしていた、球団の体制が変わる場合には自由契約にしてもらえるとか何とかいう個別の契約を結んでおり、その契約を交わした相手の高塚孟体制が崩れ、なおかつダイエーが球団を手放さざるを得なくなるということで井口は自由契約を勝ち取ったと言われている。

野茂英雄や伊良部秀輝の頃ならいざ知らず、毎年のようにFA権行使による日本人大リーガーの誕生が続出する時代になぜ井口のような自由な移籍がまかり通ったのかいまだに謎なのだが、当時、球界再編騒動のさなかで、旧ブルーウェーブと旧バファローズの合併騒動だけでなく、パ・リーグでもう一組の合併計画が進行中などという話が当時のライオンズの堤義明オーナーの口から語られ、ダイエーの天文学的な有利子負債は社会問題となっていた状況で、井口だけが自分で自分の行き先を決めることが出来、その結果念願の大リーグ入りを果たした。

 

 

見方によっては沈みゆく船を救おうともせず自分だけ安全なところに逃げたとも言える、そのような契約を結んでしまった旧ダイエーの高塚体制にはほとほと呆れるが、そのような形でアメリカ大リーグに渡るのであれば、生涯アメリカで野球人生を全うして欲しいというのが敗戦処理。の偽らざる心境だ。

あの2004年、もしもダイエーが球団を手放さなければならないのにソフトバンクのような手を挙げる企業が出てこなかったら…、本当にパ・リーグでもう一組の合併が成されていたかもしれない。そんな明日がどうなるかわからない状況でホークスナインは戦っていた。時には試合どころではない時もあったろう。そんな状況で常に不安を抱えながらホークスナインは2004年の(いや、もう少し前からかもしれないが)シーズンを戦っていたはずなのだ。ただひとり井口を除いては。

不思議な契約を勝ち取ったのは井口(またはその代理人?)の交渉力ということで認めよう。井口は青山学院大学時代に東都大学リーグの最多本塁打記録を更新したほどの逸材だ。長打を打てる大型内野手ということで井口から逆指名を得るためのスカウト合戦が熾烈になったことは想像に難くない。井口の言うがままの条件を飲まされてホークスが逆指名にこぎつけたのかもしれない。

しかし、そうであるならば、井口には後ろめたい気持ちを持てとまでは言わないが、おめおめと四年くらいで日本に戻ってくるなと言いたい。たとえマイナー契約であってもアメリカに残り、捲土重来を期せと言いたいのだ。野茂英雄のように最後の最後まで大リーグにこだわれと言いたいのだ。

もちろん野茂の場合は強行突破の代償ではないが「任意引退」扱いのため、日本でプレーするにはバファローズの許可を得なければならないという制約もあるため選択肢が狭められたという事情もあろう。おさらくは井口サイドは「第二の野茂」にならないように「自由契約」を勝ち取れる契約を結んだのだろうが、だからといってマリーンズが提示した好条件に釣られてほいほいと戻ってくるような真似をしてもらいたくないのである!

それにしても高塚体制の功罪の「罪」の方は重い。

井口移籍の一年前には小久保裕紀をジャイアンツに無償トレードで放出してファンの大顰蹙を買っていた。オープン戦での膝の故障で一年を棒に振った小久保をジャイアンツにタダであげてしまったのだから、ファンは大きく失望した。あの時の松中信彦の「球団にふざけるなと言いたい。どうして小久保さんが出されなければならないんだ!」というコメントを誰も暴言とは取らなかったほどだ。そして経営がソフトバンクに代わって、もう不透明なことはないだろうと思ったら、ソフトバンク一年目のシーズンが終わったあと、城島健司が正規の手続きでFA権を行使して大リーグに行ってしまった。

小久保はジャイアンツでFA権を取得し、ソフトバンクに変わったホークスに復帰したが、四年という歳月は長かった。今もホークスファンからはカリスマ視される小久保であるが、2007年に小久保が復帰してきた時、小久保がもはや故障をする前の小久保ではないことをファンは認めたく無いながらも気がついていたはずだ。そして小久保が抜ける直前の2003年に優勝して以来、ホークスはプレーオフ制度に泣かされたりもあって以降パ・リーグで優勝出来ていない。「バンビーノの呪い」ならぬ「高塚のたたり」とでも言おうか。

誤解の無いように書くが、マリーンズに対しては何も言うことがない。いかなる事情があったにせよ、井口が日本球界を去った時の事情はマリーンズにとっては他球団の出来事。井口の古巣の球団フロントの幹部が今はマリーンズで要職に就いているがそれは別問題。マリーンズはあくまで補強ポイントにマッチした選手に白羽の矢を立てただけだ。中には「ボビーに金がかかり過ぎるとか言っておいて何故井口に三年で六億円なんて額を払うのか?」という意見もあるようだが、フリオ・ズレータとホセ・オーティズの解雇で浮く分で充当出来るそうだ。いわゆる「別腹」なのであろう<>

とにもかくにも敗戦処理。が問いたいのは井口の姿勢だ。マリーンズを選んだ井口の選択に今は正直残念な思いだ。

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