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2007年3月 1日 (木)

「生」観戦した野球場(27)-札幌ドーム

01_90 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

27回 札幌ドーム 観戦球場ファイル-26

今回は敗戦処理。が応援するファイターズが2004年から本拠地にしている札幌ドームを取り上げる。札幌ドームは2001年6月にこけら落としが行われた。日本で六番目のドーム球場である。こけら落としのカードは例年札幌円山球場で行われていたジャイアンツの年一回のいわゆる札幌シリーズで、6月26日からの三連戦。対戦相手はドラゴンズで福留孝介が札幌ドーム第1号の本塁打を放った。

札幌ドームが他のドーム球場と決定的に異なる点は屋根やスタンドを可動式にすることで隣接するサッカー施設を全天候で使用できる点。北海道という土地柄必要不可欠なシステムと言えよう。こちらはJリーグのコンサドーレ札幌がホームグラウンドとして使用しているが、同クラブがJ2に降格してからは、より使用料の安い施設で試合を行うようにシフトされ、降雪等に悩まされる時期のみ札幌ドームを使用するようになったという。

ドームが出来た時点ではプロ野球チームが本拠地として使用する話がまとまっていた訳ではない。最初に手を挙げたのはファイターズではなくライオンズ。埼玉県の所沢にある本拠地をそのままに、札幌ドームを準本拠地と設定し、年間2030試合程度の公式戦を行う構想を当時の堤義明オーナーが語っていた。

実際ライオンズはジャイアンツがこけら落としをした約半月後、マリーンズを相手に札幌ドームで三連戦を主催した。

ライオンズが「準本拠地化」という新たな概念を打ち出したのは、本拠地の西武ドームでの観客動員が頭打ちになっているので、これまでプロ野球チームの本拠地になったことのない地域に足を伸ばすという発想があったのだろう。ただし完全移転となると自社で所有する西武ドームの利用価値がなくなるため、二股をかけるしかなかったのだろう。そうは言えない堤オーナーはこの当時「(札幌では)増やしても30試合にとどめたい。北海道という土地は各地の人たちと交流があり、いろいろな球団の主催でゲームをやれば各地の出身の人が楽しめるから」と答えていた。

当時この件に関して@niftyのベースボールフォーラムの議論系の掲示板の常連の論客の一人が、「ライオンズの選手達は所沢の本拠地の近くに住んでいる選手が多く、札幌で試合を開催するたびに彼らが羽田空港まで車で移動するのは道路渋滞や時間を考えると強烈なストレスになる」と懸念していたが、幸いにもその懸念は杞憂に終わった。東京ドームを本拠地とするファイターズが全面移転を打ち出したのである。

十二球団で最も多くのファンを持つジャイアンツと本拠地を同じにすることで差別化、独自性を打ち出せなかったファイターズは東京ドームが出来た当時こそ主催者発表ながらリーグトップの観客動員を誇っていたがその後は年々ジリ貧状態で、抜本的な打開策が必要な時期だった。2002年3月21日、日刊スポーツなどが一面でファイターズの北海道移転計画を報じた。

これに慌てたのがライオンズ。2002年の開幕戦を両リーグ同一日にし、出来るだけ日本全国各地で試合を行おうという企画に乗って、開幕戦を所沢でなく札幌ドームで行うことにしたくらいで、オーナーの準本拠地化構想に沿う実績造りをしていたところに寝耳に水だった。

地元札幌、北海道の人々の声も、松坂大輔、松井稼頭央らスター選手の多いライオンズとはいえ、完全な移転でない形では「オラが街のチーム」との愛着を持てないと思ったのだろう。まだSHINJOも在籍しておらず全国区の選手などいないものの、完全に移転する球団の方に思い入れが強くなるのは当然だろう。

この両球団による札幌ドーム争奪戦には裏があり、ファイターズが札幌ドームに移転してしまうと、空いた東京ドームはその分を埋めようとして、石原慎太郎東京都知事が構想を持っているといわれる後楽園競輪の復活話が本格化する(東京ドームの位置は後楽園競輪の跡地)。そうなると西武グループが運営する西武園競輪にとっては客足が奪われて大きな打撃を負いかねないというのっぴきならない背景があったのではないかと、この当時インターネットの巨大掲示板で囁かれたものだった。ファイターズの札幌ドーム移転が明らかになったこの年、親会社の日本ハムの食肉偽装問題が発覚したのは偶然ではないとも巨大掲示板では囁かれた。もちろん根拠があっての話ではないが。

敗戦処理。の札幌ドーム初観戦はファイターズの移転計画が明らかになるちょっと前の2002年3月9日、ジャイアンツ対ライオンズのオープン戦だった。松井秀喜、清原和博による二者連続本塁打が飛び出し、圧倒的に多いジャイアンツファンを驚喜させたが試合は引き分けだった。その後ファイターズが移転してから2004年と2006年にそれぞれゴールデンウイークに生観戦した。これまではすべてデーゲームなので、今度はナイトゲームも観てみたいものだ。

ご承知の通り昨年、移転三年目のファイターズが日本一を勝ち取った。特にシーズン終盤から、地元ファンによる圧倒的なホームアドバンテージの元で試合が行える環境が整った。東京ドーム時代、ヘタをすると本拠地なのに相手チーム応援団の熱気に圧倒されかねなかった時代を知るものにとって隔世の感がある。甲子園とも、福岡ドームとも異なる独特の雰囲気が球場全体を覆っているといわれる。

奇しくも今夜、今年初めての札幌ドームでのファイターズの試合が行われる。小笠原道大が抜けてチーム力の低下が懸念され、スーパースターSHINJOの引退で集客力のダウンも間違いない中、ファイターズが道民球団として本当に定着するかはこれから一、二年が勝負だと思う。「札幌、北海道の人達は熱しやすいが冷めやすい」といわれる。球団としては何が何でも東京ドームバブルの二の舞いは避けなければならないし、札幌ドーム側としてはチームの強弱に左右されない、長く安定した動員力があって初めて「オラが街の球団」だという危機感があるだろう。先日表明したネーミングライツの件は札幌ドーム自体の問題ではなく札幌市自体の歳入増大計画の一環と聞いているが、昨年の大ブームに浮かれない、地に足のついた将来展望に基づいての計画であれば肯定したい。

ちなみに札幌ドームのネーミングライツをどんな企業が買うのか、@niftyのベースボールフォーラムの北海道日本ハムファイターズ掲示板で予想してみたのでご一読いただければ幸いである。3700.札幌ドームの命名権はどこへ?

01_91 初観戦した2002年時の札幌ドーム内観。冒頭の、昨年5月に撮影した写真と比べると、この頃あった内野席のネットが取り外されているのがわかる。横浜スタジアムという前例があるものの、結構大胆だ。

(見分けづらいですね。ゴメンナサイ)

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