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2006年5月

2006年5月29日 (月)

名誉ある球団新記録達成をなぜ祝福しないのか?

ファイターズのベテラン田中幸雄が27日のスワローズ戦で偵察要員に代わって一回表から一塁手として出場。通算2,137試合目の出場となった。ファイターズ一筋の田中幸雄にとってこの出場数はすべてファイターズでの記録となるが、実はこの数字、それまで張本勲さんが記録したこの球団における出場記録、2,136を抜く球団新記録である。しかし24日の対ジャイアンツ戦でタイ記録を達成した時もそうであったが、スポーツ新聞では触れられているものの当の球団がこの記録を大々的に表彰しようとしないのが不満である。「○○試合出場」、「○○本安打」など節目の記録であるとか、リーグ新あるいは日本新記録でないから本拠地での達成でも大袈裟に出来ないのかもしれないが、球団の公式HPでも特に触れていないのが残念でならない。(5月29日23:00現在)

http://www.fighters.co.jp/team/record.html

球団に身売りなどがあった時に、それまでの球団での歴史を“無かったこと”にしてしまうことはこの業界ではこれまでにも幾度と無く繰り返され、そのチームを(母体が代わろうと)長く応援しているファンを嘆かせてきたが、この球団も同様で旧東映時代を含んだ記録を更新しても球団として祝福するつもりはないのだろうか。

一応確認のために書いておこう。

現在の「北海道日本ハムファイターズ」の起源は1946年(昭和21年)に創立された「セネターズ」だ。終戦直後、東京セネターズの監督であった横沢三郎さんが選手を集めて造った球団だったそうだ。公家・西園寺公望の孫の公一氏にオーナーを依頼して、スポンサーは銀座の高利貸し、ユニフォームは阪急のお古を譲り受けての始動だったという。後に「青バット」で一世を風靡した大下弘さんらが所属していた。しかし経営母体が脆弱だったためにすぐに経営が行き詰まり、翌1947年には東京急行電鉄が親会社となった。さらに翌年には映画の大映も加わり東急と大映による「急映」となったが、大映は一年で撤退。その後東急は当時系列企業だった東映に球団運営を任せた。1954年から東映フライヤーズとなる。そして1962年に水原茂監督の元で初のリーグ優勝、日本一に輝く。その後映画産業の低迷で東映が球団の赤字を支えきれなくなり、1972年オフに不動産の日拓ホームに身売り。あの懐かしい「7色のユニフォーム」くらいしか印象を残さずに一年で日本ハムに身売り。当時としては斬新だったちびっ子対象のファンクラブを創ったり少年ファン開拓への並々ならぬ努力でパ・リーグきっての人気球団になり、1981年には大沢啓二監督の元でリーグ優勝を果たし、6年連続でAクラスに入るなど常時優勝争いが出来るチームになるかと思ったが新興勢力、「西武ライオンズ」にその座を奪われると人気面でもその後は頭打ち。本拠地後楽園が日本初の屋根付き球場「東京ドーム」となって飛躍的に観客動員数を増やすがそれからは観客動員は再び低下の一途。2004年に本拠地を北海道に移転。

せっかくなので敗戦処理。がこの球団の歴代試合出場記録ベストテンを調べてみた。

球団歴代通算出場記録
順位 選手名   試合数 在籍期間
1.  田中幸雄  2,138 (1986~    )
2.  張本勲   2,136 (1959~1975)
3.  毒島章一  2,056 (1954~1971)
4.  島田誠    1,560 (1977~1990)
5.  古屋英夫   1,464 (1978~1990)
6.  田村藤夫  1,435 (1978~1995)
7.  白仁天    1,278 (1963~1974)
8.  服部敏和  1,241 (1969~1982)
9.  金子誠    1,227 (1994~    )
10.  岡持和彦    1,218 (1970~1988)
※ 5月28日現在

張本さんは別格として、大沢親分の元で優勝した時のメンバーが結構揃っていますね。毒島章一さんの名前も、「東映」時代から応援しているオールドファンには涙が出そうな名前だろう。

ちょっと横道にそれるが、通算2000本安打にあと27本に迫っている(注.5月28日現在)田中幸雄は2000本安打達成の前にもう一つ記念の記録を超えることになる。毒島章一さんが持つ球団歴代2位に当たる1977安打を超えると言うことだ。しかしこの分ではそれすらも球団はPRしないだろうし、マスコミも「球団新」でないだけに報じないかもしれない。それどころか田中幸雄が2000本安打を達成した時に「球団初の生え抜き選手による2000本安打達成」と報じるかもしれない。それだけは勘弁して欲しい。

2004年の11月にファイターズはジャイアンツ側の主催で札幌ドームでジャイアンツ対ファイターズのOB戦を行った。ファイターズはこの試合に旧東映フライヤーズのOBらも招き、新旧織り交ぜた懐かしい顔ぶれが揃った。旧球団時代のOBも参加させたことは評価出来るが、ニュースで観てびっくりしたのは、ファイターズOBが全員、北海道に移転してからのビジユニに身を包んでいたこと。何というセンスの無さだ!

さらに言えば昨年、OBで日本人大リーガーの元祖である村上雅則氏が始球式をしていた時も、現役時代のファイターズのユニフォームではなく今のホームユニだった。

2003年にNPBのOBオールスターゲームが松山で開催された際にはファイターズに限らず各球団のOBが、現役時代に着ていたユニフォームで登場していて非常に懐かしかった。ファイターズからは尾崎行雄さんがフライヤーズのユニフォーム姿で登場したし、中西太さんや加藤博一さんの「西鉄ライオンズ」、藤原満さんの「南海ホークス」、藤田浩雅さんの「阪急ブレーブス」のユニフォーム姿もあった。こうでなければ!!

関係ないが王貞治は一本足打法を、梨田昌孝はこんにゃく打法を再現。敗戦処理。も松山まで飛んだ甲斐があったというものだ。

ヘタをすれば東映時代だけでなく、東京時代まで否定されかねない勢いだ<苦笑>。自分の贔屓球団だからということもあるが、他の球団がファンを失望させてきた愚行をせめてファイターズには繰り返して欲しくない。今からでもせめて球団HPで田中幸雄の偉業を讃えて欲しいし、可能なら従来の記録保持者張本勲さんを札幌ドームに招き、試合前に張本さんから記念の花束贈呈などのセレモニーをして欲しいものだ。

一昨年からの球界再編問題でセ・リーグとパ・リーグの人気の格差がいろいろと取り上げられているが、セ・リーグより圧倒的に身売りという事態が多く起きてきたパ・リーグの各球団が過去を否定することでどれだけ多くのファンを傷つけてきたことか。

交流戦でセ・リーグの人気球団とのカードを組んで増収を図るという発想もわかるが、人気の格差がどうして出来てしまったのか、もう一度自分の胸に手を当てて考えて欲しい。

参考文献
ベースボールマガジン2004年秋季号「球団興亡史」 (ベースボール・マガジン社刊)
THE OFFICIAL BASEBALL ENCYCLOPEDIA 2004(社団法人日本野球機構発行)
OFFICIAL BASEBALLGUIDE 2005 (社団法人日本野球機構編)
2006 ベースボール・レコードブック (ベースボール・マガジン社刊)

2006年5月28日 (日)

追悼・山本英一郎氏

26日、日本野球連盟前会長、山本英一郎氏が都内の自宅で急死。87歳だった。山本氏は社会人野球を統轄する日本野球連盟会長のほか、国際野球連盟第一副会長などの要職を歴任。野球を夏季五輪の種目に加えさせた行動力などで定評があった。

山本氏は言わずとしれた「アマ球界のドン」、と書きたいところだが、日本の野球界はプロとアマが一体化しておらず、熱心なプロ野球ファンの中にも残念ながら山本氏の存在と偉大さを認識していない人が少なからず存在するのではないだろうか。

生前の山本氏がある雑誌の取材で語ったコメントを再録する。サッカーのW杯に相当する野球の国際的イベントの重要さを山本氏が訴えている発言だ。

「僕がW杯にこだわるのは、今、国際化の方向を打ち出しておかないと遠からず野球はマイナースポーツに墜ちると思うからですよ。実際、野球人口はどんどん減ってるんだから。日本のプロの人たちはそれがわかっていないんだ。黙っていても下からいい選手が上がってくると思ってる。冗談じゃないよ。国際的な野球の普及は急務なんです。そのためのW杯なんだ」

この発言の特筆すべき点は、成されたのが1998年だということ。(「週刊プレイボーイ」1998年3月17日号-集英社刊より引用)まだこの時点では五輪での野球にプロ選手の参加が決まっていない時期にだ。日本の野球界におけるプロアマ関係の悪さは徐々に解消されつつあるものの歯がゆいばかりだが、この「アマ球界のドン」はプロもアマも一本化した野球の国際イベント実現のためにWBCが開催される8年も前から動いていたのだ。

実際、「世界」2002年5月号(岩波書店刊)に掲載された玉木正之氏との対談「スポーツで語る新世紀」で山本氏が語ったところによると1998年に山本氏自身がメジャーの関係者と会ってトップ・プロによる「スーパー・ワールドカップ」の必要性を主張。メジャーの選手会長やコミッショナー等の同意を得たという。1回目はアメリカで開催し、2回目は日本でという具体的な話にまで及んだという。残念ながら日本のプロ球界からよい反応がなかったが、それでも山本氏は豊富な人脈を駆使して第1回開催を2003年に定めて準備を続けていたそうだが、2001年9月の米ニューヨークのテロ事件勃発を境に頓挫してしまったという。

山本氏の構想していたものとは様相を異にするが、スーパー・ワールドカップじゃなくてワールド・ベースボール・クラシックが開催されたのはようやく今年。

山本氏は1997年に特別表彰で野球殿堂入りを果たしている。その時の受賞挨拶で、ロス五輪で野球がまだ公開競技だった頃の金メダルに続き、二つ目の金メダル獲得を観てからでないと死ねないと語ったらしい。五輪ではその後金メダルを獲得出来ていないが、山本氏が夢見ていたスーパー・ワールドカップに似て非なるワールド・ベースボール・クラシックで今年日本野球界が金メダルを獲得した。

山本氏は昨年、アマ球界の役職を全て辞していたので、様々な問題点が浮き彫りになったWBCを素直には喜んでいないかもしれないが、仮に一線を退いたにせよ、まだまだ大所高所に立って日本の野球界を見守っていただきたかった。

  • 2008年北京大会を最後に種目から外される五輪での野球再採用への働きかけ。
  • 山本氏の持論だった日本野球界をプロアマ含めて統轄する組織の結成。
  • 山本氏お膝元の社会人野球界の再復興。
  • 第2回WBCの適切な運営のための諸改革。

山本氏なきあとの日本野球界で、野球界が直面するこれらの諸問題に誰が先頭に立って取り組んでいけるのか。

27日の各スポーツ紙ではいかに山本氏が偉大な人物であるか紙面を割いて報道しているからそれを読んで偉大さを痛感した野球ファンも少なくないことだろう。

本当に惜しい人を亡くした。

最後になりましたが、謹んでご冥福をお祈りします。

清原「東京ドームと違って温かい」とはなにごとだ!

バファローズの清原和博が26日の大阪ドームでの対ベイスターズ戦で史上12人目の4000塁打を達成し、チームの勝利にも貢献してヒーローインタビューを受けた。故障に悩まされていた清原にとって本拠地大阪ドームでの公式戦出場は初めてだったそうで、本拠地デビュー戦でお立ち台の座を射止めた。

よほど機嫌が良かったのだろう。27日付スポーツニッポンによると、お立ち台を終えた清原はこう言ったという。

「東京ドームと違って温かい。うれしいです。あしたもフルスイングします」

なに? 大阪ドームは東京ドームより温かいだと?

そりゃ空調の設定が違うのだろう。まさか東京ドームのファンは温かくなかったなんて思っているのか、この男は?

ジャイアンツでのここ何年かは、たしかにプライドをズタズタにされる仕打ちを受けたのだろう。しかしそんな清原を、いつも変わらぬ大声援で奮い立たせようと声をからして叫び続けた「清原信者」達に対して何という仕打ちだ!

冷遇した前の監督や球団フロントに対しての恨み辛みならわかるが、ファンに対するこの暴言は真意を問いたい。スポニチの間違いであって欲しいくらいだ。

200510月5日。敗戦処理。はジャイアンツのシーズン最終戦を東京ドームで生観戦した。試合終了後、一年の闘いを終えたライトスタンドの応援団やファン達はあらゆる選手のテーマソングを歌い、最後の盛り上がりを楽しんでいた。もちろん既にその時点で実質的な戦力外通告を受けていた清原に関する応援パフォーマンスには他の選手以上に時間を割いていた。清原は球場に来てすらいない。ファンはそれを知りながら「とんぼ」を歌い、「き・よ・は・ら」と絶叫し続ける。最後は「頑張れ、頑張れ、清原」で締めくくっていた。

そんなファン達への暴言なら許せない。

ファンに愛される選手。

そのファンを愛する選手。

選手とファンの距離が近づき、より一層盛り上がる。

SHINJOは引退表明をする試合で(たまたま?)本塁打を放ったがベース一週後、いつも以上に深く深く頭を下げ、東京ドームのライトスタンドのファンに感謝の意を示した。

原辰徳は1989年の日本シリーズで第一戦から一本の安打も打てず苦しんでいたが、第五戦で吉井理人からシリーズ初安打となる満塁本塁打を放つが、打球がレフトスタンドの最前列に落ちるのを確認した原が最初に行ったポーズはライトスタンドのファンの方を向いての万歳だった。

2004年9月。日本プロ野球史上初のストライキ決行を決めた古田敦也はその晩のフジテレビ系列「すぽると」に生出演してファンにスト決行の説明をし、ファンからの体調を気遣うFAXに人目をはばからず涙した。「迷惑をかけているのは僕たちの方なのに。」

ファンに愛されるヒーロー達の節目のシーンでは、いつも傍らにファンの存在がある。清原だってそのはずだ。

新しいチームのファンに早く大きな印象を与えた知という気持ちがあるのかもしれないが、だからといって九年間支え続けてくれたファンをおとしめるような発言はないだろう。4000塁打達成。マーク・クルーンからの劇的な逆転満塁サヨナラ本塁打とようやく清原らしいパフォーマンスが出来るようになった矢先にこんな事を書きたくないが、先の報復発言とは別の次元で見過ごせない発言につき、敢えて書いてみた。

2006年5月21日 (日)

一軍好調、二軍は最下位-11連敗中!-鎌ヶ谷に何が起きているのか?

一軍が21世紀になってから初の単独首位に立ったり、昨年辛酸をなめた交流戦も今のところ6勝4敗と順調に推移している(5月20日現在。以下同じ)ファイターズ。しかしその一軍とは対照的に、鎌ヶ谷に本拠地を置くファイターズのファームは4月26日の対ジャイアンツ戦から11連敗。初回に9点を取ったのに引っ繰りかえされたり、相手の初回先頭打者本塁打で0対1で敗れたり、ジャイアンツの辻内崇伸にプロ入り初勝利を献上した試合から11連敗中なのです。

ファイターズのファームといえば、千葉県の鎌ヶ谷市に合宿所と内野席完備の素晴らしいホームグラウンドを併設するファイターズタウンを有し、近年では2003年、2004年とイースタン・リーグを二連覇。一軍への選手供給も適宜成されており、地域密着も着実になされており、メディアのファーム特集では湘南シーレックスとともに“理想象”として語られることの多いチームです。

そのファイターズが何故イースタン・リーグで最下位に低迷、二桁連敗続行中なのでしょうか?

ファイターズの二軍監督は岡本哲司。前任者の白井一幸がトレイ・ヒルマンの一軍監督就任に伴いヘッドコーチになったため2003年より二軍監督に昇格。いきなり二年連続イースタン・リーグ優勝(ただしファーム日本選手権では二年連続敗退)。しかし昨年は一転5位と低迷。

2003年及び2004年のリーグ優勝は、どちらかというと一軍経験豊富な中堅野手、例えば西浦克拓、上田佳範、藤島誠剛らの力によるところが大きかったように思える。彼らは一軍と二軍を往復するが二軍に比重を置くようになり、打線の中心を形成していた。そして彼らを抜かないと一軍に上がれないと腕を磨いた森本稀哲、小田智之、小谷野栄一、高橋信二らが頭角を現し、ファームを勝たせた上で一軍に上がっていった。2003年と2004年のファイターズはそうしてイースタン・リーグを勝ち上がっていった。

しかし2004年のオフ、ファイターズはイースタン優勝に貢献した藤島、関根裕之、林孝哉、渡邊孝男に戦力外通告をし、ファームの血の入れ替えを断行した。成長株は順調に一軍に上がり、「ファームの顔」と化したベテランを解雇。2005年のファイターズはその年に入った高校卒ルーキーらを積極登用した。鵜久森淳志、市川卓、工藤隆人、ダルビッシュ有、橋本義隆。そして2005年のオフには西浦、上田、石本努、高橋憲幸、芝草宇宙、岩本勉らに戦力外通告を行った。

思えばこれがファーム本来の姿なのかもしれない。

一軍から落ちてきた選手達の力で勝つばかりでなく、若い未熟な選手達が失敗と成功を繰り返しながら成長していく。それがファームだと。

橋本はファームで先発の柱として安定した投球を続けた。エース金村の負傷でタイミング良く一軍に上がり、いきなり与えられた先発の座で見事に結果を出し、そのままローテーションに加わっている。またこのところ一軍でスタメンマスクを被っている鶴岡慎也はファームで駒居鉄平との正捕手争いに勝ち、一軍からお呼びがかかった。一軍の正捕手高橋信二に適当な休養を与えるべく「第三の捕手」として時にマスクを被るうちに一軍首脳陣の評価を得た。

ファームの存在意義が一軍で活躍出来る選手の供給ということならば、今年のファイターズのファームは現時点では及第点だろう。しかし、一軍も今のまま上位で走り続けられるとは限らない。セットアッパーの武田久、建山義紀、抑えのMICHEALは登板過多でいつつぶれるかわからない。橋本、鶴岡の「卒業」で成果を終わらせずにさらなる選手供給源として実績を残し続けなければならないのだ。

例えば、尾崎匡哉。

岡本監督就任の2003年に報徳学園からドラフト1巡目ルーキーとして入団。岡本監督は雑誌のインタビューで尾崎には三年計画で教育し、四年目には一軍に送り出したいと語っていた。その仕上げの三年目にあたる昨年。岡本監督は尾崎を遊撃手として使い続けた。エリック・アルモンテの優先起用で金子誠がファームに落ちてこようが、アルモンテがファームに落ちてこようがファームの遊撃手は尾崎だった。アルモンテや金子がファームの試合に出る時は本職でない三塁を守った。一軍予備軍としてファームで調整するというレベルの彼らを差し置いて尾崎にはチャンスが与えられた。しかし四年目の今年、キャンプから一軍入りをかけて一軍キャンプに臨む訳ではなく、いつもの通りに二軍スタート。しかも陽仲壽の入団で遊撃手のポジションを奪われ、三塁での出場が目立つ。今年の尾崎は打撃での力強さは昨年までとはあきらかに一回り成長した感じだが、守備の方は相変わらずポカが多い。「石の上にも三年」という言葉があるが、尾崎が一軍に上がるのはいつなのか。もう一歩という感じではあるが。

例えば、須永英輝。

浦和学院から入団してすぐにファームのエース格として活躍。一年目の2004年、10勝を挙げてイースタンの最多勝に輝く。ドラゴンズとのファーム日本選手権でも先発。八回を終わって無失点。3対0でファイターズがファーム日本一に輝くと思ったら九回裏一死からまさかまさかの連打。KOされて二番手の関根がサヨナラ安打を浴びて逆転負け。それでも二年目に期待をかけたが翌2005年はファームでも出ると負けの1勝9敗。シーズン終盤に一軍で先発して9回無失点の怪投()を演じるも一軍初白星はお預け。今季も一度ローテーションの谷間に一軍で先発し好投をするがその後一軍先発陣に割って入るほどの結果を出していない。

例えば、鵜久森。

いや、もう書くまい<苦笑>

20日には連敗ストップをかけて本拠地鎌ヶ谷でライオンズのファームと対戦。昨年までファイターズに在籍した岩本勉氏のプロデュースによるガンちゃんの“まいど!”デー開催。ガンちゃん自らグラウンドに降りて、観客による始球式参加権をかけたジャンケン大会の司会を務めたり、スタンドの出店「仁陣」の焼きそばと交換出来るボールをC・Bとともにラケットでスタンドに打ち込んだり(そしてガンちゃんが打ち込んだボールを幸運にも敗戦処理。がキャッチ!)、ラッキー7の攻撃時にはスタンドでファンと一緒に応援。勝っていればガンちゃんが殊勲選手にヒーローインタビューと大活躍だったがチームはまたも黒星。

00_1 7回裏、ラッキー7のファイターズ攻撃時にはガンちゃんがファイターズファンで埋まる三塁側スタンドに登場。

(試合の結果と観戦記は http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002557 参照。)

二年続けて急激な若返りを断行している過程で、未熟な若手達がなかなか結果を出せないというのが今の鎌ヶ谷ファイターズの現状なのだろう。近い将来、彼らが「えっ?」と驚かされるほど成長し、一軍に旅立つ姿を見るために、敗戦処理。は懲りもせず鎌ヶ谷詣でを続けるのであろう。

2006年5月18日 (木)

ちょっと違うんじゃないの?-カープとSHINJO

7日のカープ対ドラゴンズ戦で一塁塁上でのプレイに関して審判員に対し暴言を吐いたとしてカープのマイク・ロマノ投手が退場処分を受け、そのことに抗議したマーティー・ブラウン監督が、抗議が受け入れられないと観るや一塁ベースを外して投げ飛ばし、退場処分となったが。カープは何とこの侮蔑行為をネタにしたTシャツを作成。張本人のブラウン監督と同日に代理監督を務めたジェフ・リブジー打撃コーチには別バージョンを作成する念の入りようだったが、ちょっと悪ふざけが過ぎてはいないか?

ブラウン監督大笑い(スポーツ報知より)

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20060516-OHT1T00607.htm

「ベース投げTシャツ」が大反響(スポーツニッポンより)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060518-00000004-spn-spo

ブラウン監督がこの件で退場処分になったのは抗議そのものではなく、抗議の後にベースを投げた行為が原因である。退場処分を受けた原因をギャグにしてしまうのは行き過ぎではないのか?

個人的にはグラウンドでベースを外して投げるなどという行為は審判員への暴力行為に次ぐくらいの、野球に対する冒涜であると考えている。

自分たちの仕事場であるグラウンド。野球という競技の勝敗の基準となる得点は選手がベースを踏むことによって認められ、選手をアウトにするには守備側は走ってくる選手より先にボールを持ってベースを踏む。野球という競技におけるベースという道具の意味合いは敢えて語る必要もあるまい。

話は横道にそれるが、野球選手ほど、道具を粗末に扱うことを許されているスポーツ選手は他にいないのではないか。バットを投げ飛ばす。足でバットを折る。ヘルメットやグラブを投げつける。敗戦処理。は野球以外のスポーツで野球ほどに関心を持っているものが無いのだが、他のスポーツで、今挙げた例のように単なる憂さ晴らしの対象として道具が粗末に扱われるケースがあるのだろうか。そういえば選手のマナー、社会人としての振る舞いにうるさい野村克也監督も、あまりこのような風潮には触れていないような気がする。

カープのTシャツで驚いていたら、Tシャツどころか仕事着であるユニフォームで度肝を抜く悪ふざけをした男がいる。SHINJOだ。

今日(18)のタイガース対ファイターズ戦は前日の雨天中止がなければ、「引退宣言」をしているSHINJOにとってはかつての本拠地での最終戦となる可能性が高い試合だ。何か仰天パフォーマンスを企んでいるのではないかと勝手に想像をめぐらしていたが、何と試合前の守備練習にタイガース時代の「背番号5」のユニフォームを着て登場した。

【日本ハム】新庄は阪神ユニホームで登場(日刊スポーツより)

http://www.nikkansports.com/baseball/f-bb-tp0-20060518-33700.html

これもカエルやスパイダーマンやゴレンジャーやダース・ベイダーなどのかぶり物と同義と考えればいいのか、いくら何でも相手球団のユニフォームで登場とはやり過ぎと考えるのか、やったのがSHINJOだけに賛否両論となりそうだが、敗戦処理。的には「ちょっと、度が過ぎているんじゃないの?」と感じる。

先のアンダーシャツの襟騒動にしてもそうだが、SHINJOだからどうこう…なのではなく、ルールやマナーというものには基準があるはずで、その範囲内にとどまっているのか、逸脱しているのかを判断するべきであって、稀代のパフォーマーであるSHINJOがその行為の主であるということは本来判断の基準ではないのである。これまた話が横道にそれるが、清原和博による死球への報復発言にせよ、何故リーグなり機構なりがその真意を確認し、注意するなりの行動をしないのか?

カープのTシャツにはファンからの反響が大きいという。SHINJOは何をやっても許される特異で希有なキャラクターである。(さらに言えば清原はファンの間ではカリスマ性があるという。)そう考えると、今上げたそれぞれの行為に眉を顰める敗戦処理。は極めて少数派で、大半のファンは拍手喝采しているか、あるいは「別に目くじらを立てるほどのことじゃないよ」と思っているのだろう。しかし敢えて言わせてもらったのは、こうしたことの是々非々が問われることもなく、何となく見過ごされてしまうような野球界の体質というか風潮が、二年前には先の展望が見えなくなる合併騒動が起き、多くのファンが怒って立ち上がって(とりあえずは)最大の危機は免れた(というか、先送りにした)にもかかわらず、その後これといって球界改革がなかなか進まないという現状に結びついているのでないかと言うことだ。

おかしいと思ったら、声を挙げよう。

2006年5月16日 (火)

「生」観戦した野球場(8)-東京ドーム

01_6 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

第8回 東京ドーム 観戦球場ファイル-8-

今さら紹介するまでもないが、日本初のドーム球場として1988年にオープン。ジャイアンツとファイタ-ズが本拠地球場として使用。その後2004年にファイターズが北海道に移転し、現在はジャイアンツのみが本拠地としている。

後楽園球場より広くなったとはいえ、右中間と左中間の膨らみが少ないとか、やれ気圧の関係で本塁打が出やすいとか、いろいろとこの球場を揶揄する声はあるが、敗戦処理。にとっては一番好きな球場と言える。何だかんだ言っても最も多く足を踏み入れた野球場であり、ドームということもあって余程のことがない限り中止にならないからである。

日本プロ野球のメッカといわれた後楽園球場を引き継いだ形なので、野球体育博物館が併設されていることも特記しておきたい。内野一塁側21番入場口の脇にあるこの博物館には野球界への多大なる貢献で野球殿堂入りした人々のプレートが飾られているほか、野球に関した様々な展示がなされている。しかし意外にその知名度は高くないようで、東京ドームに頻繁に観戦に来るファンの中にも入場はおろか、存在に気付いていない人が少なくないというデータを以前に観た。入場料500円を試合のチケットの半券で割り引くとか、何らかの配慮も欲しい。

意外と知られていないという点では、東京ドーム自体の感謝祭イベントを実施しているという点。ジャイアンツのファン感謝デーではなく、東京ドーム自体の大感謝祭。敗戦処理。が知る限りでは少なくとも2002年と2003年の秋に開催されているが、それ以降開催されたかは定かではない。グラウンドを開放し、ファンはピッチャーマウンドに立ったり打席に立つことが出来る。ドーム内ツアーも通常のツアーでは入らないブルペンや素振りルームをも見学出来る。そして何より、この日に限ってはあの煩わしい()手荷物検査なしの入場フリーパス!

もう一つ後楽園から引き継いだものとして、旧後楽園時代にあった1番ゲート-王ゲート、3番ゲート-長嶋ゲートを挙げておこう。ただし東京ドームには1番入口、3番入口が存在しないのでメインの入口となる22番入口から二階席入口に伝わる階段の一塁寄りを王ゲート、三塁寄りを長嶋ゲートとしている。ちなみに正規のチケット以外で入場する人専用の30番入口は江川ゲートと呼ばれている、というのは悪い冗談。

敗戦処理。の東京ドーム初観戦は出来たばかりの1988年4月3日、オープン記念の十二球団トーナメント準決勝。その第一試合、ライオンズ対カープ戦で郭泰源がノーヒット・ノーランを達成したのが印象的だった。

早いものであれから18年。その間ハイテク人工芝の活用、エキサイトシートの新設など、ドーム球場のパイオニアとして進化を忘れない。ファイターズの移転、ジャイアンツの人気低迷と東京ドームにとって向かい風な状況の中、スタジアム自体の魅力を強化し続けることでこれからも我々ファンを楽しませて欲しいものだ。

02_1 2003年10月に行われた東京ドームシティ大感謝祭より。通常のツアーでは公開していない素振りルームや一塁側ブルペンを見学出来る貴重な機会であった。

01_1

2006年5月15日 (月)

おめでとう石井琢朗、2000本安打達成!!

遅くなりましたが石井琢朗選手、通算2000本安打おめでとうございます。

敗戦処理。はシーズン前に石井琢朗の金字塔達成の際には

そして、石井が無事2000本安打の金字塔を達成した時にマスコミがその特異性をどれだけきちんと報道してくれるかも興味深いところです。

*  本稿の趣旨からは外れますが、石井は投手として入団し、公式戦で1勝という記録が残っています。公式戦で勝利投手になった選手の2000本安打達成は川上哲治(11勝)に次いで二人目です。このことの方が取り上げられそうですね。

と予想しましたがその通りですね。

3月8日付「2000本安打目前、石井琢朗の希少価値」参照

http://mop-upguy.cocolog-nifty.com/baseball/2006/03/2000_a28d.html

達成してから石井琢朗が投手から野手に転向した際の経緯が各方面で取り上げられ、当時のホエールズの須藤豊監督に直訴したもののすぐには認められなかったことなどが振り返られていますね。須藤豊さんもいくつかのメディアに取材に応じて当時のことを語っていますが「コンバートする気はなかった」と語っているものもありました。

実はこの須藤さん、1983年にジャイアンツの二軍コーチに就任した際に新人選手として入団してきた斎藤雅樹の野球センスに惚れ込み、野手転向を藤田元司監督ら、当時の一軍首脳陣に進言した人物です。

もしもこの人の目利き通りに斎藤と石井が選手生活を送っていたら…。

クワバラクワバラ<苦笑>。

2006年5月 7日 (日)

敗戦処理。のゴールデンウイーク野球観戦三昧日記

世間では今年のゴールデンウイークは4月29日のみどりの日から明日の5月7日まで9連休だそうですが、敗戦処理。は5月3日から7日までの5日間。野球観戦を中心にスケジュールを組みました。時間のある方はお付き合い下さい。

1日目 5月3日(憲法記念日)

鎌ヶ谷(ファイターズ対シーレックス戦)に行こうかジャイアンツ球場(ジャイアンツ対マリーンズ戦)に行こうか迷ったが、明日からの旅行の準備が中途半端なので地元ジャイアンツ球場を選ぶ。近年、ゴールデンウイーク期間中に一試合や二試合はイースタン・リーグの試合を観戦するが、どこの球場も不思議なくらい超満員になる。この日のジャイアンツ球場も例外ではない。13時試合開始なのですが、1145分に着いたら長蛇の列。前売り無し、入口は一ヶ所ということもあり入場だけで20分近くかかる始末。それもそのはず。ジャイアンツの公式HPによると過去最高の2,906人が入場したそうです。昨年から新設されたネット裏席には立ち見がずらりといましたから。

試合は木佐貫洋と加藤康介の先発。昨年だけでも一年間に三回も故障して信頼を得られない木佐貫と、もう一息で一軍のローテーションに加われそうな加藤。引き締まった投手戦を期待したいところです。試合の詳細に関しては別途観戦記をたどって欲しいのですが、木佐貫は一軍で投げていた頃のポカ癖が治っていないですね。まぁ、うがった見方をすれば、ポカが出るということは本来の木佐貫に近づいているということなのかもしれませんが<苦笑>

一時は3点あった点差をジャイアンツ打線がじわりじわりと追いつき、延長戦でサヨナラ勝ちするのですが、最終回は異様な盛り上がりをみせました。十回裏、一死からジャイアンツは長田昌浩、吉川元浩、山田真介の三連打で一死満塁とサヨナラのチャンス。しかしここで打席には實松一成!ファイターズ時代、一軍でも二軍でも貧打で名を馳せた、打てないことの代名詞の様な存在でしたから、大ピンチなはずのマリーンズファンからも余裕のヤジが飛び交います。

「安パイ、安パイ!」

「ゲッツー取れるぞ!」

「神田(投手のこと)、バッターをよく観ろ。打たれるはず無いぞ!」

そういえば4月8日にこの球場でジャイアンツ対ファイターズ戦を観戦した時にも實松は打席に立ちましたが(しかも相手投手は岡島秀樹!)、ジャイアンツファンから「實松一発頼むぞ!」と声援が飛ぶと、ファイターズファンから「あまり期待しない方がいいぞ!」と窘めるヤジが飛んだほどでした。

しかし中にはシャレの通じない人がいて、マリーンズファンの茶化しに対し、真剣に怒って反論していました。ジャイアンツのファームの試合でよく見かけるオジサンですが、今までファイターズ戦を観たことがなかったのか、観ていても相手選手のことなど眼中になかったのか、いずれにせよ、ツマラナイですね。

その實松、振り抜いた打球はセンターの左後方へ。實松は打ってすぐに走りながら右腕を上げてガッツポーズ。長田が還りサヨナラ勝ちです。

ジャイアンツファンもマリーンズファンも意外な結末。敗戦処理。も滅多に観ることの出来ないものを観ることが出来、大満足です。

Dscf0036ヒーローインタビューを受ける實松

もっとも、同点に追いついた八回裏にさらに続いた一死満塁の場面で出た古城茂幸が外野フライ1本打っていれば、延長戦にはならなかったのですが<苦笑>

5/3ジャイアンツ対マリーンズ戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B018/wr_type=T/wr_page=2/wr_sq=FBBALL_B018_0000002828

2日目 5月4日(国民の休日)

13時試合開始の札幌ドーム、ファイターズ対ライオンズ戦を観るために多摩市の自宅を朝6時半に出発。観戦旅行のスタートです。羽田から新千歳空港までひとっ飛び。空港からJRと地下鉄で福住駅に出てコインロッカーに荷物を預け、いざ札幌ドームへ。

札幌ドームに来るのはファイターズ移転元年のやはりゴールデンウイーク以来二年ぶり三回目。いいですねぇ、誰に気を遣うでもなく思いっきり贔屓チームを応援出来るこの環境。残念ながら東京ドーム時代にはなかなか味わえなかったことをこちらのファイターズファンの皆さんはいつでも実践出来るのですから。

チームはホークス戦の最後から三連敗中。特にこの日の対戦相手、ライオンズにはここまで1勝6敗。それも札幌ドームでは5戦5敗と完璧にやられっぱなしです。

敗戦処理。は滅多に来ない球場で観戦する時には奮発して良い席を取るのですが、この日も三塁側S席。何と、ネットがない!今シーズンから内野席のネットを外したとは聞きましたが、こりゃぁ危ない…いや臨場感がありますね。こちらでいうと横浜スタジアムの感覚に近いですかね。

Photo_6 そんな中、いきなり小笠原道大が先制2ラン。あまりの迫力にちょっとブレてしまいましたが、そのスイングを捕らえました。

この後、ベースボールフォーラムでお世話になっている地元のGさんと合流。ここではあまり書けませんが、さすがですね、札幌ドームのことを知り尽くしていらっしゃる。観戦がより一層楽しくなりました。

2点のリードを背負った先発の橋本義隆。嬉しいですねぇ。鎌ヶ谷で汗を流した投手が一軍の本拠地で投げる試合を生で観られるなんて。橋本、もう鎌ヶ谷では観たくないぞ。今シーズンは鎌ヶ谷で一回、ジャイアンツ球場で一回と計二度の先発登板を生観戦しましたがコントロールとテンポが抜群。こういう投手は一軍で先発投手が不足した時にタイミング良く一軍に上げてくれと思っていましたがその通りに一軍入り。初先発のマリーンズ戦でチームとしても今季の対マリーンズ戦初白星に貢献しましたが、今度もライオンズ戦本拠地初白星に向けて好投を続けます。

しかし三回表、二死一塁から中島裕之の放った三塁線のイージーゴロをなぜか小笠原がそらして二死二、三塁のピンチを迎えます。四番のアレックス・カブレラを敬遠し、二死満塁にして敢えて和田一浩と勝負。まだ序盤だけに走者を貯める敬遠策が妥当なのか大いに疑問ですが、橋本は落ち着いてセンターフライに仕留めます。

さすが橋本、鎌ヶ谷で尾崎匡哉や稲田直人、陽仲壽らに足を引っ張られることで免疫が出来ているのでしょう。ちょっとやそっとのことでは動じません。

鎌ヶ谷出身組では二番手の武田久も八回表無死一塁という救援登板の場面で、自ら打ち取った併殺コースの投ゴロを送球した二塁の田中賢介が取り損ねて無死一、三塁のピンチになっても落ち着いていました。

ダルビッシュ有もしばらく鎌ヶ谷で鍛えられた方がいいかも<>

それにしても武田久。毎日投げていますね。負け試合に同姓の武田勝が投げることが多いので、ファイターズは毎日勝っても負けても武田が投げている感じです。まるで、

武田武田武田

武田武田武田

タケダタ~ケ~ダ

ですね。

八回を武田で締めたら最終回はMICHEAL。急性胃腸炎を患って以来、久々の登板となった二日前の登板ではメロメロ。この試合でもジェフ・リーファーと江藤智に詰まらせながらも内野の頭を越す安打を続けられ無死一、二塁のピンチ。打者はしぶとい高木浩之、赤田将吾と続く、3点リードとはいえ厄介な場面。どうなることやらと不安になりましたが高木の打球が二塁ベース際に飛ぶゴロで併殺。俊足で併殺を取りにくい選手ですがここしかないというところに飛び併殺。赤田も打ち取って連敗脱出です。

いやぁ、連敗が止まって最高です。ガッツの一発も良かったし、田中幸雄の1971本目の安打も観られたし。

Gさんとはここでお別れ。夜は以前、東京で仕事で世話になった方(ライオンズファン)にススキノでお世話になり、長い夜になりました。

5/4ファイターズ対ライオンズ戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002443

3日目 5月5日(こどもの日)

この日はナイトゲームのゴールデンイーグルス対ファイターズ戦を観戦予定。まずはホテルをチェックアウトし、観戦で来札したファイターズファンが必ず立ち寄るという羊ヶ丘展望台へ。二年前に訪ねた時にはまだ札幌ドーム開幕戦のレリーフが無かったので楽しみです。

うわっ、寒い!

01_8Shinjo それはともかく、札幌ドーム開幕戦-2004年4月2日の対ライオンズ戦のベンチ入りメンバーの手形とサインが彫り込まれているのですが観光客は皆SHINJOの手形に自分の手を合わせるのでなかなか写真が撮れません。

そして空路仙台へ。ホテルを仙台駅の近くに取ったのでとりあえず仙台空港からJR仙台駅行きのバスに乗る。車内ではNHKの地上デジタル放送を流すモニターが設置されており、ちょうど広島市民球場のカープ対ドラゴンズ戦を放映中。

うわっ、凄ぇ、広島市民球場が超満員。

日本のプロ野球もまだまだ捨てたもんじゃないですね。マウンドには山本昌。打席には投手のショーン・ダグラス。なのにスコアは4対3。なんか凄い試合をやっているみたいだな。そのうちにライトを守る上田佳範がファウルフライをスライディングキャッチ!NHKの中継で何度もスロービデオが繰り返されます。

上田よ、いいチームに拾ってもらったなぁ。落合博満監督に感謝しなきゃ。

ついでに西浦克拓も再生して欲しかった…。

六回表はその上田からの打順。しかし長いハーフタイムの間にバスが仙台駅に到着。上田の打席はどうなったのか…?

ホテルにはチェックインを済ませただけでJR仙石線に乗ってフルキャストスタジアム宮城へ。昨年一度同じカードを観ているのですがナイトゲームは今回が初めてです。

宮城野原駅から地上に上がり、球場方面に歩くといろんな出店が賑やかに並ぶ球場正面へ。お祭りの縁日のようなこの雰囲気、いいですね。しかし今日はこどもの日。子供達を喜ばせる存在のはずのクラッチもクラッチーナも何故か球場周辺にいない。それなら場内にと思いきや、グラウンドにもスタンドにもマスコットの姿がない。そのうちに球場入口正面の特設ステージでは仮面ライダーカブトショーが。なるほど、こういう楽しませ方もあるのだな。

そして試合開始直前になってクラッチとクラッチーナが登場。仮面ライダーカブトショーが終わってから登場するなんて、まさか、クラッチと仮面ライダーカブトは同じ…、いやいやそんないけない妄想はいけません。そろそろ試合に集中せねば。

01_9 その後試合中のアトラクションでネット裏のステージにクラッチと仮面ライダーカブトが揃って登場。やっぱり妄想だったんだなと思ったら、このキャラは仮面ライダーカブトではなく、シージェッター海斗だそうです。依然として残る謎<苦笑>。いや、無粋か。

改装二年目のフルキャスは、ネット裏に高層席や三塁側スタンドの増設でますますバージョンアップ。日本では数少ない、スタジアムと言うよりボールパークという言葉が似合う野球場に変貌しているのですね。

試合はこの日も小笠原が先制打。投げては先発の八木智哉が四回までパーフェクト投球。福岡の再現か。今日は先に点を取っているから九回まででいい。ひょっとしたらなんて考えていたら五回裏ホセ・フェルナンデスにレフト前に運ばれ夢は幻に。この時、一緒に観戦したゴールデンイーグルスファンの友人が叫んだ。

「楽天打線はソフトバンク打線より上だ!」

八木は七回裏にフェルナンデスに本塁打を浴び、4対1となってこの回で降板。ここから試合が劇場化していきます<苦笑>

八回裏、二番手トーマスが連続四球。代わった武田久も一死一、二塁から代打の憲史にレフトオーバーのタイムリー。ただこの時、打球が早かったのと、レフトの森本稀哲が一瞬捕球姿勢を取ったため走者のスタートが遅れ、フェンス直撃の打球なのに二塁走者の佐竹学はホームで間一髪セーフ。一塁走者の礒部公一は二塁止まりになってしまい、次打者高須洋介の二ゴロで併殺となり、ゴールデンイーグルスの反撃は1点止まり、4対2です。

九回裏はまたもMICHEAL。心配です。昨日よりさらに球威がありません。先頭の代打鉄平に一二塁間を破られる、昨日とは違ってクリーンヒットで出塁されます。続く吉岡雄二にレフトポール際にあわや同点本塁打という大ファウルを打たれますが、何とか三振で一死。しかしフェルナンデスがセンター前にまたまたクリーンヒット!一死一、三塁となり、同点の走者フェルナンデスに代走・森谷昭仁登場と、じわりじわりファイターズは追いつめられます。

一発が怖い山崎武司の遊ゴロで1点を還し、なお二死二塁。クローザーで走者を出しながら危なっかしい投手を揶揄して「○○劇場」と言いますが(例.コバマサ劇場)MICHEAL劇場開演。いやMICHEALだから「マイケル・オン・ステージ」といったところでしょうか<苦笑>。そして佐竹学に死球。ついにサヨナラのランナーがでてしまいました。

トレイ・ヒルマン監督、ついにMICHEALを見限ります。この一大事に岡島秀樹投入!

いやぁ、凄い試合になりました。

「岡島劇場」には慣れているはずの敗戦処理。もさすがにしびれました。しかも礒部の打球はレフト後方へ。稀哲がフェンスギリギリでこの大飛球をつかみ辛うじて4対3で逃げ切り。しんどいなぁ。

ともあれファイターズ追っかけ旅行は二連勝と大満足。しかし昨日と違って完全アウェイ。祝杯はホテルに戻ってからとなりました。

5/5ファイターズ対ゴールデンイーグルス戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002448

4日目 5月6日(土曜日)

ファイターズは6、7日と仙台でデーゲームを続けますが敗戦処理。は帰京。しかしまっすぐ帰る訳ではありません。仙台から はやて で東京に戻ると、京浜東北線と埼京線を乗り継いで武蔵浦和に。現在7連敗中のファイターズのファームを応援に行きます。途中、乗り換えの赤羽駅で面白い広告を見つけました。

Yakult 「ヤクルトの実力を軽く見ていませんか。」

これ、もちろん球団ではなくて親会社の主力商品の広告なんだけれど、凄く意味深なコピーですよね。以前に本ブログで紹介したアディダスの広告もインパクトがあったけど、これも凄いっすね。

さて、5月3日の項にも書いたようにファームの試合ですら、ゴールデンウイークには大盛況。ロッテ浦和球場はそもそも客が座ってみられるスペースが狭いので、普通の土日でも最低でも試合開始一時間前に着いていないと座っての観戦がおぼつかないところに今日はゴールデンウイーク。試合開始45分前に球場に着いた敗戦処理。の運命は覚悟は出来ていたものの立ち見。

ファイターズの先発は金森敬之、マリーンズはサウスポー成瀬善久。実は敗戦処理。はこの組み合わせを先月22日に鎌ヶ谷で観ている。この時は成瀬の独壇場。2安打完封。奪三振は毎回の計14個。しかもファイターズ打線全員からの奪三振と完敗でした。金森は3イニングを無失点と及第点の内容でしたが、二番手の立石以降が餌食となり、0対8でファイターズが完敗した試合でした。

その試合の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=3/wr_sq=FBBALL_B014_0000002399

そうそう。試合開始前には前日に急逝した上本孝一審判員を偲び、黙祷が捧げられました。

01_10 成瀬善久。横浜高校出身の三年目。いい投手です。皆さん憶えて下さい。

今日も成瀬は奪三振ショー。一回表には坪井智哉、紺田敏正、陽が三者連続三振。3回までパーフェクト。ボビー・バレンタイン監督、お願いですから早く成瀬を一軍に上げて下さい!この投手をタダで生で観られるのも、今のうちかもしれませんね。

試合の詳細は↓で参照していただくとして、残念ながらファイターズはサヨナラ負け。8連敗となってしまいました。サヨナラのきっかけとなった二塁打を放ったのも、もうすぐ一軍間違い無しの竹原直隆。マリーンズは昨年、一軍、二軍とも日本一ですがこういう選手が二軍に控えているから強いんですね。その一方で今月には37歳になるベテランの諸積兼司が若手に負けじと張り切る。前述のジャイアンツ戦では途中出場ながら真田裕貴から格の違いを見せつける本塁打を放つかと思えば、ベンチに控えている時にはイニング間のキャッチボールも積極的にこなす。今日の試合後もサイン待ちの列が他の誰よりも長くできていましたが、ガッツあふれるプレイをもう一度一軍でみせて欲しいですね。

また、勝って気分良くグラウンドを引き上げるマリーンズナインにサインを求めるファンが群がる一方で一人黙々とマシンを相手に打ち込みを続ける早坂圭介の姿も印象的でした。ただマシン相手でもタイミングのずれた打球ばかりだったのが気になりましたが…。

5/6マリーンズ対ファイターズ戦の観戦記はコチラ

http://bbs1.com.nifty.com/mes/cf_wrentT_m/FBBALL_B014/wr_type=T/wr_page=1/wr_sq=FBBALL_B014_0000002450

四日間、生観戦を続けて贔屓チームの勝利だけでなく、本当に野球って楽しいスポーツだなと再認識しました。それとあちこちを飛び回ったお陰で實松のサヨナラヒットと岡島の移籍後初セーブの瞬間にともに立ち会えたのが本当に光栄です。

明日(7日)も鎌ヶ谷や東京ドームで試合がありますが、さすがに疲れました。家で大人しくしています。

各地でお世話になった皆様、あらためてありがとうございました。

2006年5月 2日 (火)

究極の十二球団戦力均衡化シミュレーション-ゴールデンウイーク暇つぶし企画

一昨年の球界再編論争において、日本プロ野球が十二球団で生き残っていくためのありかたが論じられる中で球団間の戦力格差を埋める、いわば球団間の戦力均衡化の必要性が俎上に載せられるケースが目立った。ドラフト制度の改革やFA制の導入などで人気や資金力のあるチームに有力選手が集まりやすい現状を何とかしない限り戦力の均衡化による白熱した優勝争い、順位争いが見込めないという論議だ。

では、どうすれば十二球団の戦力を均衡化出来るのか?

ここでは非現実的ではあるが、十二球団の選手を実力に応じて再分配し、十二球団の戦力を極力均衡化させる方法を考えてみた。ドラフト制度の論議で取り上げられるウェーバー制度というものがある。ドラフトで下位チームから順に希望選手を指名していくという方式である。例えば一巡目は前のシーズンの日本シリーズに敗れたチームのリーグの最下位チームが1番目に指名し、2番目は日本シリーズに勝ったチームのリーグの最下位が指名。3番目は日本シリーズに敗れたチームのリーグの5位チームが指名する。一巡目の11番目は日本シリーズに敗れたチームで、12番目は日本シリーズに勝ったチームによる指名となる。二巡目は指名順をこの逆とし、1番目が日本シリーズで勝ったチーム、2番目は日本シリーズで負けたチーム、そして11番目は日本シリーズに勝った方のリーグの最下位、12番目は日本シリーズに敗れた方のリーグの最下位。以降、指名順ごとにこの順序を交互にするという制度である。本シミュレーションでは十二球団の外国人選手を含めた全現役選手をこのウェーバー制で十二球団に再分配すれば、十二球団の戦力を均衡化出来るのではないかという仮説に基づいて選手のシャッフルを行うのである。

そのためには十二球団の支配下選手、全802選手を1番から802番まで完全に順位付けしなければならない。どのような方法が適切か考えたが、敗戦処理。の主観が入ることを避ける意味で数値化して順位を決めることにした。必ずしもベストな方法とは思えないが、推定年俸の多い順にランク付けすることにした。ただし推定年俸の基準となる各球団の台所事情はそれぞれ異なるから、例えば同じ推定年俸1億円の選手であっても、金満球団の1億円選手と、そうでない球団の1億円選手を同じ順位にすることには疑問がある。そこで全球団の財源を同じものとし、その中で多くの年俸を勝ち得ている選手が上の順位に来るような計算を試みた。

約七十年の歴史を誇る日本プロ野球の歴代通算打率を比較するのに時代間の格差(飛ぶ球、反発力の強いバットの使用、球場の広さ)を同じ条件下に置き換える公式として、古くから使われるTBA( True Batting Average )というものがある。

(A選手の通算打率-A選手の実働期間中のリーグ打率)×プロ野球創設以来のリーグ打率÷Aの実働期間中のリーグ打率+プロ野球創設以来のリーグ打率

この式は昭和59年(1984年)のNumber誌(文藝春秋)からの引用であるが、当時の数値で通算打率を比較すると、通算打率1位、.323の若松勉は.309となり、通算打率3位.313の川上哲治は.325となって逆転する。

これと同じ理屈で、十二球団の財源を同じ条件とし、各選手の推定年俸を再査定するための式は以下のようになる。

(A選手の推定年俸-A選手の所属球団の平均年俸)×十二球団の平均年俸÷A選手の所属球団の平均年俸+十二球団の平均年俸

ちなみに敗戦処理。調べによる推定年俸のベスト12は以下の通りである。

1位 A・カブレラ    60,000(単位=万円、以下同じ)
2位 T・ウッズ     50,000
2位 松中信彦     50,000
4位 小笠原道大   38,000
5位 上原浩治     34,000
6位 今岡誠      33,000
6位 松坂大輔     33,000
8位 高橋由伸     32,000
9位 岩瀬仁紀     30,500
10位 A・ラミレス     30,000
10位 小久保裕紀   30,000
10位 西口文也    30.000
10位 J・パウエル   30,000
10位 SHINJO    30,000

上の式で再計算した結果の換算年俸ベスト12はこう変わる。財源のない球団で高い年俸を貰っている選手が浮上してきます。

1位 A・カブレラ      57,204(単位=万円、以下同じ)
2位 松中信彦        43,798
3位 小笠原道大      39,965
4位 T・ウッズ        37,111
5位 黒田博樹        33,572
6位 J・フェルナンデス 31,864
7位 前田智徳      31,558
8位 SHINJO         31,551
9位 松坂大輔      31,462
10位 A・ラミレス      31,015
11位 岩隈久志      28,678
12位 西口文也      28,602

そしてこのベスト12が十二球団のドラフト1位となる。

カープ             A・カブレラ
ゴールデンイーグルス 松中信彦
ジャイアンツ         小笠原道大
ファイターズ          T・ウッズ
スワローズ          黒田博樹
バファローズ         J・フェルナンデス
ベイスターズ         前田智徳
ライオンズ          SHINJO
ドラゴンズ           松坂大輔
ホークス            A・ラミレス
タイガース           岩隈久志
マリーンズ           西口文也

偶然だろうが所属チームの変わらない選手はいない。そして換算年俸13位~24位の選手をドラフト2位として割り振る。ウエーバー制度なのでマリーンズ、タイガース、…ゴールデンイーグルス、カープの順になる。

マリーンズ           今岡誠
タイガース           小林雅英
ホークス            和田一浩
ドラゴンズ           谷佳知
ライオンズ           鈴木尚典
ベイスターズ         三浦大輔
バファローズ         金本知憲
スワローズ          石井一久
ファイターズ           J・カブレラ
ジャイアンツ          緒方孝市
ゴールデンイーグルス  古田敦也
カープ              上原浩治

そして全選手をウェーバー順で割り振っていく。ポジション別に分けるという作業をしていないので特定の球団に特定のポジションの選手が固まる恐れはあるが、取りあえずやってみる。

なおスワローズの古田選手兼監督が野村克也監督率いるゴールデンイーグルスに入団するという皮肉。スワローズで一時代を築いた師弟関係の復活で新規参入球団の二年目を強化して欲しい。ここではスワローズの監督には若松勉前監督に留任して貰う。

「simulation-of-balance.xls」をダウンロード

さて、十二球団の割り振りが決まったところで、開幕戦のオーダーを組んでみる。

パ・リーグ開幕戦
ファイターズ対ゴールデンイーグルス

ゴールデンイーグルス ファイターズ
(左)村松有人      (二)仁志敏久     
(三)平野恵一      (遊)梵英心
(遊)A・シーツ      (三)岩村明憲
(一)松中信彦      (一)T・ウッズ
(指)山崎武司      (捕)阿部慎之助
(右)武内晋一      (左)J・カブレラ
(捕)古田敦也      (指)佐伯貴弘
(二)藤本敦士      (右)桧山進次郎
(中)鈴木尚広      (中)堀田一郎
(投)金村曉       (投)D・ゴンザレス

その他の先発投手  その他の先発投手
藤井秀吾        清水直行
土肥義弘        小林宏之
江草仁貴        C・リー
有銘兼久        前川勝彦

抑え           抑え
建山義紀        小山田保裕
木佐貫洋        長田秀一郎

野村監督談「金村は生まれ故郷の宮城でさらに一皮向けてくれることを期待しとる。ライトにはグラボースキーを使おうか迷ったが、新人の武内にかけてみたい。古田はワシの後釜を狙っているようだが、ワシは捕手古田の後釜を捜さねばならない。谷繁も先が見えているし、高橋信二は打撃だけ。カツノリが広島に行ってしまったので、炭谷という新人でもワシの横に座らせて教育するわ。」

ヒルマン監督談「投手には清水直行と小林宏がいるが、WBCが終わったばかりなので開幕カードは無理だろう。北海道には以前は巨人ファンが多かったと聞いているので巨人から来た選手には期待している。特に堀田は北海道の出身だからね。」

ライオンズ対バファローズ

バファローズ       ライオンズ
(遊)小坂誠        (左)青木宣親
(中)佐藤友亮      (三)今江敏晃
(一)J・フェルナンデス (一)イ・スンヨプ
(左)金本知憲      (右)サブロー
(指)ベニー・A       (指)A・リグス
(右)M・フランコ      (中)SHINJO
(三)木元邦之      (捕)矢野輝弘
(捕)長坂健治      (二)小谷野栄一
(二)宮本慎也      (遊)早坂圭介
(投)斉藤和巳      (投)帆足和幸

その他の先発投手  その他の先発投手
S・ダグラス        K・バーン
金田政彦        S・バワーズ
インチェ          正田樹
黒木知宏        吉井理人
                    
抑え            抑え
豊田清          横山道哉
三瀬幸司        

中村監督談「打線には自信がある。他にも宮地克彦とか宮出隆自とか使いたい選手がいるし。ただ捕手が長坂を含めて四人しかいないのが辛い。」

伊東監督談「旧ロッテ勢やSHINJOの明るいキャラで観客動員をアップ出来れば。投手陣は不安。藪田安彦と星野智樹の中継ぎ陣はしっかりしているけど、先発と抑えがいないなぁ。」

ホークス対マリーンズ

マリーンズ         ホークス
(中)大村直之      (中)森谷昭仁      
(遊)石井琢朗      (右)藤井淳志
(二)井端弘和      (二)種田仁
(右)多村仁        (三)小久保裕紀
(三)今岡誠        (指)A・ラミレス
(左)アレックス・O     (左)和田一浩
(一)石井義人      (一)J・ズレータ
(指)大松尚逸      (捕)橋本将
(捕)日高剛        (遊)城石憲之
(投)西口文也       (投)工藤公康

その他の先発投手   その他の先発投手
ドミンゴ・G           高橋建
門倉健            川島亮
高橋尚成          山口和男
G・グローバー       中田賢一           

抑え              抑え
藤川球児          石井弘寿
馬原孝浩          五十嵐亮太

バレンタイン監督談「前のチームならかなりの人数をWBCに出さなければならなかったが、このチームではさほどではなかったからベストコンディションで開幕を迎えられるね。」

王監督談「WBCでしばらく日本を離れていたので、まだ誰がどのチームにいるのか把握出来ていないよ<苦笑>。工藤と小久保が福岡に帰ってきてくれたのでファンも喜んでくれていることだろう。」

セ・リーグ開幕戦
ジャイアンツ対ベイスターズ

ベイスターズ        ジャイアンツ
(中)清水隆行       (中)緒方孝市            
(二)高須洋介       (遊)川崎宗則
(三)金城龍彦       (一)小笠原道大
(右)福留孝介       (右)嶋重宣
(左)前田智徳       (二)G・ラロッカ
(一)清原和博       (三)立浪和義
(遊)中島裕之       (左)田中幸雄
(捕)倉義和         (捕)領健
(投)三浦大輔        (投)川上憲伸

その他の先発投手   その他の先発投手
佐々岡真司        杉内俊哉
小野晋吾          和田毅
ダルビッシュ有       L・マルティネス
桑田真澄          吉見祐治
                    
抑え               抑え
張誌家             岩瀬仁紀
永川勝浩           久保裕也

牛島監督談「オレも甲子園で活躍してプロに入った選手だったから、桑田と清原の花道はきちんとつくってあげたいね。金城を三塁に回したのは外野手ばかり多いので内野の経験がある金城に回って貰った。前田と清原はフル出場は難しいかもしれないので濱中治をうまく使って休ませたい。」

原監督談「長嶋さんでもこれだけ欲しい選手を揃えられなかったでしょう。四番は小笠原でも良かったんだけど、本人が『三番が慣れている』って言うのでね。田中の外野には不安はあるけど、早めに2000本安打を達成して欲しいから。」

スワローズ対タイガース

タイガース           スワローズ
(二)鳥谷敬          (二)荒木雅博
(中)柴原洋          (右)真中満
(遊)二岡智宏        (一)福浦和也
(三)新井貴浩        (三)中村紀洋
(右)稲葉篤紀        (中)高橋由伸
(左)憲史            (左)矢野謙次
(一)小田智之        (遊)阿部真宏
(捕)的山哲也        (捕)藤井彰人
(投)新垣渚          (投)黒田博樹

その他の先発投手     その他の先発投手
岩隈久志            石井一久
J・パウエル            久保康友
下柳剛               M・ロマノ
大竹寛               S・ソニア

抑え                 抑え
小林雅英            藤田宗一
J・ベイル             川村丈夫
福原忍(一応三人でJFK)

岡田監督談「この制度には反対だったかって?そらそうよ。」

若松監督談「この制度のお陰で今年も監督をやることになりました。抑えがいないので本来は中継ぎの二人に抑えをやってもらうよ。そういうのには慣れているから。」

ドラゴンズ対カープ

カープ             ドラゴンズ
(遊)西岡剛         (中)赤星憲広
(右)栗山巧         (遊)沖原佳典
(左)坪井智哉       (左)谷佳知
(一)A・カブレラ        (三)村田修一
(三)中村剛也       (右)K・ガルシア
(中)大塚明         (捕)里崎智也
(二)三木肇         (一)栗原健太
(捕)カツノリ          (二)東出輝裕
(投)上原浩治          (投)松坂大輔

その他の先発投手     その他の先発投手
山本昌             井川慶
D・セラフィニ         渡辺俊介
J・ベバリン          石川雅規
T・デイビー          一場靖弘

抑え              抑え
M・クルーン          MICHEAL
久保田智之          安藤優也

ブラウン監督談「捕手は似たり寄ったりのレベルなので迷っていたら変なオバサンから電話がかかってきたのでカツノリにしておいた。」

落合監督談「開幕投手は松坂でも井川でも渡辺俊介でも石川でもよかったんだけどね。嬉しい悲鳴だな。」

全く無作為にシャッフルしたので戦力が均衡になっているとは言い難く、非現実的ではありますが、こういう遊びで想像をめぐらすのは面白いものがあります。いずれ交流戦も飽きられたら、本当にシャッフルを考えなければならない時が来るかもしれませんね。

換算年俸について       
       
球団ごとに財源に差があることを均一化するため、推定年俸を以下の式にて換算しています。       

対象としたのは後から開幕したセ・リーグ開幕日、3月31日現在の十二球団支配下選手です。       

換算年俸=(A選手の推定年俸-A選手の所属球団の平均年俸)×十二球団の平均年俸 ÷ A選手の所属球団の平均年俸  + 十二球団の平均年俸
                     

この式は、アメリカの「スポーティング・ニューズ」という雑誌で時代、環境の異なる選手の成績を同一条件下において比較出来るように用いたTBA(True Batting Average)という式をもとにして作成しました。       

なお、計算の元になっている推定年俸は主に日刊スポーツに掲載されたものを使用していますが、       
必ずしも単一の媒体のみから使用しているものではありません。       

換算値が同じ場合、前年の推定年俸が高い方を上の順位としました。前年も同額の場合はさらにその前年にさかのぼっていきます。       

       

選手名、推定年俸は一応校正しましたが、誤記が無いとは保証出来ません。ご了承下さい。       

このランク付けは、敗戦処理。が個人的に十二球団全選手の推定年俸のデータベースを持っているので推定年俸をもとに       
ランク付けしただけに過ぎません。このランクが必ずしもプロ野球選手のランク付けになるものではありません。

2006年5月 1日 (月)

「生」観戦した野球場(7)-ジャイアンツ球場

01_5 いろいろな野球場で日本のプロ野球を観てきました。その数40以上。だからどうしたと言われればそれまでですが。

このコーナーでは敗戦処理。がプロ野球の試合を観戦した野球場について順に書いていこうと思います。月に1~2球場の割合で書いていこうと思います。また、シーズン中に新たな球場に行ったら加筆していこうと思います。

第7回 ジャイアンツ球場 観戦球場ファイル-7-

ジャイアンツの二軍の本拠地、ジャイアンツ球場。前回紹介した多摩一本杉球場と同様に、敗戦処理。の家から誓い。ちなみにこの球場の所在地を稲城市と勘違いしている人がいるが、正確には川崎市。

敗戦処理。の世代だとジャイアンツの二軍というと多摩川グラウンドを思い浮かべるが、天下のジャイアンツが二軍の専用球場を自前で持っていないというのは情けないとばかりによみうりランドの端の方に作られた。近年はお客様から入場料を取るにふさわしい施設への変革を続け、オフごとに改良が進められている。

2001年                  一塁側に長椅子の観客席設置。

2002年                  三塁側に長椅子の観客席設置。

2003年                  センター後方のスコアボードに選手名を表示

2004年                  最寄り駅からのシャトルバス運行(土、日、祝日限定)

2005年          ネット裏に2,175席の観客席設置。

チームとしてはFAや即戦力選手の獲得ばかりに目が行き、二軍から選手を育成するという姿勢が乏しいように見受けられるが、ここ数年の球場のバージョンアップは目覚ましい。ファンとしてはありがたいが、何かバランスが悪いような<苦笑>

ちなみに今年は3月12日に教育リーグ観戦で訪れたが、昨年からのバージョンアップは特に見受けられなかった。

もっとも年々バージョンアップしているとはいえ、二軍の専用球場としての充実ぶりではまだまだシーレックスの横須賀スタジアム、ファイターズの鎌ヶ谷スタジアムには到底及ばない。また球場のリニューアルによって失われたものもある。ネット裏観客席の新設に伴い、ネット裏後方にあった「よみうりランド会館」が取り壊された。この建物は元々スキーのジャンプ台としてつくられ、札幌オリンピックの時代には日本代表の練習にも使われた由緒ある施設が取り壊されてしまったのだ。親子連れで球場に来ている観客がジャンプ台を観て子が親に「あれは何?」と聞き、親が子に説明するというシーンが無くなったのは若干淋しい。

もう一つ、この球場の最大の特徴といえば、最寄り駅である京王よみうりランド駅から、約三百段の階段を上らなければ球場にたどり着かないことである。先述したように日によってはシャトルバスも運行されているが、バスは大回りして行くので行きにせよ帰りにせよ、歩いても時間的には変わらないのである。過去には「スカイロード」という片道100円の有料エスカレーター?が存在したが、いつしかよみうりランド入口まで直行するゴンドラに取って代わられた。これに乗るとジャイアンツ球場に行くにはかえって時間がかかる。この辺が整備された時にこの球場のバージョンアップも完結と言えるのではないか。

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